Dream.25 裏切りと脱出 〈1〉
夢現空間“春”。修夜vs与四夫。
「あっちも派手に戦ってるみたいだな」
与四夫の言葉に丘の上へと視線を動かす修夜。姿は見えないが大きな戦闘音が何度も修夜の耳に届いていた。恐らくは先程移動していった朝海と三奈が激しい戦闘を繰り広げているのだろう。朝海というよりは三奈を思ってか、修夜が少し神妙な表情を見せる。
「こっちもとっとと始めるとしようか」
「ああ」
与四夫の言葉に頷いた修夜が、額の月の出の印を青白く輝かせる。
「俺はお前の右側を攻撃する」
そっと左手を挙げて宣言する与四夫に、修夜が戸惑いの表情を見せる。
「右側だ。いいな?」
「右だな。わかった」
もう一度繰り返す与四夫の言葉に素直に頷いて、あっさりと右を向く修夜。その修夜を見て、与四夫が楽しげに笑みを零す。
「まぁ嘘だけどね。“花篝”!」
与四夫が勢いよく右手を振り上げ、一気に振り下ろすと、与四夫の手から放たれた黒光が大きな一輪の花となって右を向いた修夜の背中へと向かっていく。修夜のすぐ手前で炎のように形を変えたその黒花は、ようやく左側を振り向いた修夜へとあっという間に襲いかかった。
「アッハッハ、ザマぁないね!」
黒い炎の中に包まれていった修夜の姿を見つめ、与四夫が満足げに笑い声を放つ。
「まさか月の出の神子を相手に、こんな楽に勝てるとは思わなかったな。ん?」
笑顔を見せていた与四夫が収まっていく炎の中から見えてくる人影に、すぐに表情を曇らせる。与四夫の放った炎が消えたその場所には、無傷の修夜が立っていた。
「お前、習わなかったのか?」
無傷の修夜がまるで射るような鋭い視線を与四夫へと向ける。
「箸を持つ方が右だ」
堂々と言い放つ修夜に、与四夫が思わず表情をしかめる。
「俺は左利きなんだよ。まぁ嘘だけ……」
「そうなのか。なら仕方ないな」
「あらっ」
相変わらずあっさりと嘘を受け入れる修夜に、与四夫がペースを乱された様子で肩を落とす。
「何か調子出ないな。まぁいいか」
自分の気持ちを切り替えるように、与四夫が何度か首を横に振って再び右手を掲げる。
「いいか? 次は上から攻撃するぞ」
「上だな。わかった」
何の疑いもなく頷いて、上方を見上げる修夜。
「まぁ嘘だけど。芽吹け、“花嵐”!」
与四夫が掲げた右手はそのままに、振り上げた左足を勢いよく地面につくと、修夜の足元から次々と多種多様だがすべて黒い花が咲き乱れた。どんどんと上へ伸びた花たちが修夜の全身を包み込むと、花はまた黒い炎へと変わり修夜を包み込んだ。
「よし、今度こそ……! あっ」
思わず笑顔で拳を握り締めた与四夫であったが、またしても収まっていく炎の中から見えてくる人影にその表情を曇らせる。消えていく炎のその中には先程同様、まるで無傷の修夜が立っていた。先程も今も与四夫は全力で攻撃をし、修夜はその攻撃を直に受けているというのにまったく効いた様子がない。修夜の姿を見つめた与四夫が、険しい表情で唇を噛み締める。
「お前、習わなかったのか?」
先程と同じ言葉を修夜が与四夫へと向ける。
「帽子を被る方が上だと」
「そんなの習ったことないよ! あ、思わず素直に答えてしまった」
瞬発的に答えた与四夫が、まるで自分の言葉を後悔するように手で口を押さえる。
「俺に嘘を吐くことすら忘れさせるとは……、恐るべき神子だ」
修夜へ妙な恐怖心を覚える与四夫。
「よ、よぉーし、今度は斜め左上から攻撃をするぞ! いいな?」
「わかった」
与四夫の言葉に素直に頷いた修夜だが、修夜は斜め左上を向くことなく、まっすぐに与四夫の方を見たままだった。動きのない修夜に与四夫が眉をひそめる。
「どうして斜め左上を見ないんだ?」
「お前は右も左も上も下もわかっていないようだからな。素直に聞いても意味はないと悟った」
「その前に嘘だと悟れよ……」
はっきりと主張する修夜に、与四夫が思わず呆れた表情となる。
「まぁいいや。今度はどこを向いていようが避けられない大技を見せてやる」
自信満々に言葉を放って、左右に大きく両手を広げる与四夫。
「大技? それは凄いな」
感心の声を漏らす修夜を見つめ、与四夫が不敵に笑う。
「言っとくけど、これは嘘じゃないよ!」
与四夫が両手から放った黒光が、空から修夜の背中側へと勢いよく下降してくる。黒光が修夜の両脇に引っ掛かるようにして止まると、光りは修夜の背中の上で姿を変えた。
「これは、ランドセル?」
大きく首を回して背中の物体を確認しながら、修夜が戸惑いの表情を見せる。黒光が形を変えて修夜に背負わせたのは、小学生たちが背負っている黒のランドセルだった。修夜が普通に背負えているところを見ると、通常のランドセルよりは大きいサイズなのだろう。
「四月といえばご入学だよ。さぁ、新一年生っ」
ランドセルを背負った修夜を見つめ、与四夫が楽しげに笑う。
「“御芽出討”!」
「あっ……!」
一瞬にして大きく弾け飛ぶランドセルに、修夜は避ける間もなく険しい表情を見せた。巻き起こる爆風の中に呑まれて姿を消す修夜。
「う、ううぅ」
爆風が収まると、今度こそ傷を負った修夜がその場に膝をついていた。手や足から血を流しながら、苦しげに息を乱している修夜に、与四夫が満足げな笑みを浮かべる。
「やっとだ。やっと」
ついに修夜に傷を負わせることが出来たからか、与四夫が達成感に満ちた言葉を吐く。
「あれだけ至近距離の攻撃じゃ、夜の帳も下ろせなかっただろう? わかってるんだよ。君の力はすべて把握出来てる」
「一つだけ、言っておく」
返って来る修夜の言葉に、与四夫が少し眉をひそめる。
「僕は、二年生だ」
「知らないよ」
真剣な表情で訴える修夜に、一気に呆れた表情となる与四夫。
「何年生相手だろうと、ご入学おめでとうになるんだよ。そういう技なんだ」
「そうなのか。今更ご入学はどうも納得出来ないな」
不満の残る表情を見せながら、修夜が立ち上がるために膝を立たせる。
「納得出来ないのは、こっちだよ。君たち水無月が神子になってから、月の出はロクなことがない」
まるで嘆くように、与四夫が言葉を吐き捨てる。
「だいたい水無月は、夏至を抱えた十二暦家で最も夜の時間が短い月。日寄りの月だ。君たちこそ、神子の資格を剥奪されて然るべきだったんだよ」
「そんなに神子になりたいのか?」
「そりゃあね。俺だって、君みたいに人間たちの夢を夢喰化して遊びたいよ。そりゃあもう、どんな嘘を吐くよりも楽しいんだろうなぁ」
羨むような与四夫のその声を聞きながら、修夜がそっと表情を曇らせる。
「夢喰化して遊ぶ、か……」
――――強くなりたいな――――
――――そんなの友達じゃないよ!――――
朝海を苦しめるために、硝子を夜に陥れるために、自身が夢喰へと変えてきた何の関係もなかった人たちの純粋な夢を思い返しながら、修夜がゆっくりとその場に立ち上がる。
「そうだな。僕に、神子で在る資格なんてない。最低なことをいっぱいして来たんだから」
まるで自分自身を律するように、立ち上がった修夜が厳しく声を発する。
「随分と素直じゃないか。そう思うのなら、とっとと宵の力を俺たちに渡して神子の権利を放棄しっ」
「でも、お前たち十二暦家に神子の力を渡す気はない」
修夜が与四夫の言葉を力強く遮る。
「お前たちにはもっと、その資格が無いから」
はっきりと言い放つ修夜に、与四夫が勢いよく表情をしかめる。
「嘘でも笑い飛ばせないくらい、気に喰わないなぁ!」
眉間に深く皺を刻んだ与四夫が右手を高々と振り上げて黒光を放出すると、黒光がまた修夜の背中に張り付いてランドセルの形となる。
「これ以上話しても不快になるだけだし、とっとと終わりにするよ! ご入学っ」
先程と同じように声を張り上げる与四夫に対し、修夜は至って冷静な表情を見せていた。
「“御芽出討”!」
「……“月影”」
与四夫と同時に、修夜が小さく声を落とす。
「えっ!?」
次の瞬間、修夜が背負っていたはずのランドセルが消え、代わりに与四夫の背中に現れた。
「な、何っ……!」
与四夫が疑問を口にする間もなく、ランドセルは激しく弾け飛んだ。
「うあああああ!」
爆発をもろに喰らった与四夫が、苦しげな叫び声をあげながら前方に倒れ込む。
「何、だっ……。今の、は」
「“月影”。自分と相手の形勢を入れ替える技だ」
まだ状況を把握できていない様子で呟きを落とす与四夫に、修夜が丁寧な解説を向ける。
「“君の力はすべて把握出来ている”、あの言葉は嘘だったみたいだな」
「クっ……!」
皮肉めいた修夜の言葉に大きく表情を歪めながら、与四夫が傷を負った体を必死に奮い立たせる。
「今度こそ、今度こそ、俺の最大の技で仕留めてやる!」
「またランドセルか? 僕は二年生だからご入学は遠慮したいな」
「ランドセルなんかとは、桁が違うよ。舞い散れ、“黒桜”!」
与四夫が高々と右手を掲げると、周囲を舞い散る無数の桜の花びらが与四夫の放った黒光により黒く染め上げられて、修夜の八方から逃れる隙間なく包み込んでいく。
「折角綺麗な桜色だったのに、台無しだな」
黒く染まった桜の花びらを見回し、どこか残念そうに言葉を落とす修夜。
「今度こそ本当に終わりだよ、水無月修夜!」
黒く染まった無数の桜の花びらが与四夫の声を合図に小さな炎となって、一気に修夜へと襲いかかっていく。炎に囲まれた逃げ場もないその場所で、修夜は焦りの色一つ見せずにゆっくりと右手を掲げた。
「“月光”」
修夜が全身から発した強い青白の光りが、修夜へと向かって来ていた無数の黒火をあっという間に掻き消した。
「なっ……!?」
あまりにも一瞬で掻き消されてしまった自分の力に、与四夫が衝撃を走らせる。
「無断で桜を使うなよ。京都に失礼だろう?」
「グっ」
修夜が全身から発する青白く美しいその光りは、夢現空間に浮かぶ月よりももっと眩しく、もっと神々しい光りに見えた。その光りに気圧されるように、与四夫が強く唇を噛み締める。
「俺の、最強の大技だったのにっ」
「悔しがる必要はない。これは当然の結果だ」
噛み締めた唇から少し震えた声を漏らす与四夫へと、修夜がはっきりとした口調で言葉を向ける。
「お前と僕とじゃ、持っている夜が違い過ぎる」
「うあっ……!」
まっすぐに向けられる修夜の右手に、与四夫が怯えた声を発する。
「ち、違うんだ! 俺は神無月に適当に言いくるめられて、仕方なく戦わされてただけで、宵やお前たちに危害を加えるつもりなんてまるでなっ……!」
「そんなことは、どうでもいい。僕の行く手を阻んだ時点で、お前は僕の敵だ」
与四夫が並べた嘘に、修夜は今度は頷かなかった。
「夜の静寂に逝け、“御夜棲魅”」
「嘘だけども言わせてもらえないなんてっ……う、うあああああ!」
修夜の放った強い夜の光りに撃たれ、与四夫は遥か後方へと吹き飛ばされていった。
「感謝するよ。お前のお陰で、自分のして来たことが、どんなに最低なことだったのか再確認出来た」
地面に倒れ込んだまま与四夫が起き上がらないことを確認すると、修夜は全身から放っていた光りを止め、額に輝かせていた月の出の印も掻き消した。
「ふぅ」
戦いを終えて一息ついた修夜の耳にまた、遠くからの戦闘の音が入って来る。修夜があっさりと与四夫を倒したこともあってか、朝海と三奈の交戦の方が長く続いているようであった。
「加勢に行く義理もないか」
すぐにその戦闘音に背を向けて、修夜がそっと右手を伸ばす。すると伸ばした手の先に、夢現空間から脱出するための出口が出来上がった。
「先に行くぞ、日下部」
そう言うと、修夜はあっさりと夢現空間を去っていった。




