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Dream.03 睡眠欲vs食欲 〈2〉

 水無月に連れられ、硝子は屋上へとやって来た。屋上に人気はなく、二人きりで静まり返るその空間に、硝子は妙な緊張感を覚え鼓動を速まらせる。


「あの、水無月君?」

「浅見さん」

「は、はいっ」


 真剣な表情で振り返る水無月に、硝子が思わず背筋を伸ばす。


「犀、見なかった?」

「はっ?」


 予想していなかった問いかけに、間の抜けた声を返す硝子。


「ごめん、変なこと聞いて。けど何か僕、金曜の放課後の記憶が曖昧で。気付いたら裏庭に倒れ込んでたんだけど……」


 自分でも困惑した様子で頭を抱えながら、水無月が言葉を続ける。


「浅見さんと職員室前の廊下で会ったところまでは覚えてて、でもその後がうろ覚えで、何かやたらでっかい犀が壁を壊して突進してきたような気がしたんだけど」

「そっか。サイ子さんに夢中になってた時の記憶はないんだ」

「えっ?」

「あ、ううん」


 水無月に聞き返され、硝子がすぐに首を横に振る。


「気、気のせいじゃないかな? あの後すぐに分かれて、私は帰ったし。大きい犀も見てないよ?」


 本当のことを水無月に話すわけにもいかず、少し声を上ずらせながら硝子が上手くない嘘を白々しく並べる。


「そうだよね。廊下の壁に大穴もあいてなかったし、普通に考えてそんな巨大な犀が学校に居るはずがないもんね」

「う、うん。そうだよ」


 引きつった笑顔で、硝子が大きく頷く。


「ありがとう、浅見さん。何かちょっとすっきりしたよ。おかしなこと聞いちゃってごめんね。じゃあ」


 先程まではずっと深刻そうだったその表情をいつもの爽やかな笑顔へと変えて、水無月が軽く手を振り上げて屋上から去っていく。

 そんな水無月を笑顔で見送り、屋上の戸が閉まってその場に一人になると、硝子はゆっくりと肩を落とした。


「ごめんね、水無月君」


 嘘を吐いたことに対し、硝子が水無月には届かない謝罪を漏らす。


「でもきっと、言わない方がいいこともある……」


 意味深に言葉を落としながら、硝子はどこか悲しげに顔を俯けた。




 ※※※




 結局その日、朝海は最後まで授業中に眠ることはなかった。昼休みが終わった辺りからさらに隈を濃くしていった朝海に、クラスの皆は不安げな視線を送るも関わりを持とうとはせず、硝子もまた朝海に声を掛けることはしなかった。何度か話しかけようと試みていた様子の朝海から視線を逸らし、わざと朝海を避けた。

 そしてそのまま一日の授業がすべて終わり、朝海は晃由と共に帰り道を歩いていた。


「ったく何だって俺が抱えて帰んなきゃなんねぇんだよっ」


 不満げに唇を尖らせた晃由が、朝海に肩を貸し、ほとんど動いていない朝海の体を支えるようにして、非常にゆっくりとした足取りで道を進んでいる。


「あぁー、だんだん川が見えてきた」

「それ三途の川じゃん。眠いっていうより死ぬじゃん」


 力ない声を発する朝海に、晃由が焦りの表情を見せる。


「俺が死んだら、遺骨はシャンデリアちゃんの部屋に埋めてくれ」

「百パー嫌がられるわっ」


 朝海の無茶な願いに思わず突っ込みを入れる晃由。


「結局今日も硝子ちゃんに謝れなかったんだろぉ? どうすんだよ? これ以上寝なかったらリアルに死ぬぜぇ?」

「大丈夫。五日までなら寝ずに過ごしたことがある。その後一週間、気を失ったけど」

「それのどこが大丈夫なんだよっ」


 朝海に貸した肩を、晃由が深々と落とす。


「あんま心配かけたら、アカネちゃんに怒られんぞぉ?」

「あいつはいつも怒ってるだろう」


 晃由の言葉に答えながらも、朝海が眠たそうに隈のある目元を擦る。


「しゃあねぇなぁ、明日は俺も謝れるように協力してやるよ」

「協力って例えば?」

「え? んん~、まぁ明日考えようぜぇ」

「期待出来そうにないな……」


 特に案の思い浮かんでなさそうな晃由に、朝海がうなだれるように顔を俯ける。


「とにかくとっとと寝てくれねぇと、こんな状態のまんま夢喰に襲われでもしたらマジ絶体絶命でぇっ」

<食ベタイ……!>

「へ?」


 人のものとは思えない低く重い聞き覚えのあるその声に、晃由が振り向く。


<モット、モット、この世ノスベテヲ食ベ尽クシタイっ……!>


 晃由が振り向いた先にある公園の中央で巨大な黒い豚が座り込み、周りの木をむしゃむしゃと食らっていた。豚の額の水晶体には、まだ二十代半ばくらいの肥満の男性が眠りについている。

 公園や近くの道に居る他の人間は朝海と晃由以外皆、地面に倒れ込み眠っていた。


「うわっちゃー、絶体絶命?」

「かもな……」


 晃由の言葉に頷きながら、朝海は眠たげなその表情をわずかにしかめた。





 その頃、硝子もまた麗華と共に学校からの帰り道を歩いていた。


「そういえば麗華ちゃん、今日は歌のレッスンないの?」

「うん。しばらくお休みもらうことにしたんだ」

「休み? なんで?」

「へへっ、実は今度ドラマの仕事が入ってさ」

「ええ!? 凄い!」


 得意げな笑顔を見せる麗華に、硝子もまた笑顔を作る。


「ま、いつも通り端役だけどねぇー。でも今回はなかなか重要な台詞があるんだ。だから撮影まで気合い入れて演技練習しようと思って」

「うわぁー、楽しみだなぁ。早く観たいよ」

「放送は来月だから、まだちょっと先かな」

「録画して百回は観るよ、私」

「それ観過ぎでしょっ」


 呆れたように言葉を向けながらも、麗華が嬉しそうな笑みを見せる。


「凄いなぁー、麗華ちゃんは。着々と夢を叶えていってる感じ」

「硝子も何か始めてみれば?」

「えっ?」


 麗華から投げかけられたその言葉に、硝子がふと足を止める。硝子に合わせるように硝子の少し手前で麗華が足を止め、硝子の方を振り返る。


「硝子って運動神経いいし何でも器用にこなすのに、何の部にも入ってないじゃない?」

「うち親居ないしお姉ちゃんも働いてるから、色々家事とかしなきゃいけなくて」

「それはわかってるけど、それにしたって趣味とか好きな物の話も聞いたことないしさぁ」


 少し苦い笑みを見せた硝子に、麗華がどこか心配するような視線を送る。


「何か、好きなものがないっていうより、好きなものを探してないって感じ」


 麗華の言葉に、硝子の笑みが止まる。


「見てて勿体ない気しちゃうんだよねぇ、何となく」


 そう言って硝子に背を向け、再び麗華が前方へと歩き始める。だが硝子はすぐには歩を進められず、じっと地面を見下ろしたまま立ち尽くしていた。


「だって私は、私だけじゃないし……」

「硝子?」


 いつまでも追いかけて来ない硝子に気付き、麗華が再び足を止めて振り返る。


「どうしっ……」

「え、麗華ちゃんっ?」


 問いかけの途中で突然地面に倒れ込む麗華に、硝子が慌てて駆け寄る。


「麗華ちゃんっ……! あっ」


 麗華の体を仰向けに変えた硝子が、すぐさまその表情を曇らせる。


「寝てる」


 深く瞳を閉じた麗華は心地よく寝息を立てていた。会話の途中で突然眠ってしまうことなど、そうあることではない。硝子はすぐに一つの可能性に辿り着く。


「夢現、空間……」


 険しい表情を見せた硝子はゆっくりと空を見上げた。






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