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Dream.24 消えていく夢 〈3〉

 その頃、地下牢。

「この感じ」

 地下牢の中で相変わらず勝手に入って来てしまった大吾と鯉のぼりで遊んでいた硝子が、何かに気付いたように顔を上げる。

「硝子お姉ちゃん?」

 大吾が不思議そうに首を傾げる中、壁際へと歩み寄って壁に手を触れる硝子。

「夢現空間?」

「ええ。どうやら外では幾つかの夢現空間が発生したようですね。それもとても強力な夢現空間です。この夜力を封じた地下牢にすら伝わるほどの」

 硝子と同じように気配を感じ取ったのか、小夜子が硝子の言葉に大きく頷いた。

「十二暦家の者たちが、戦闘を開始したのでしょう」

「戦闘って、じゃあ」

「恐らくは修夜や、日の出の神子たちがここへ来たのではないかと」

「日下部君、修夜君……」

 自分たちを助けるために乗り込んできたのであろう朝海や修夜のことを思い、硝子が不安げな表情を見せる。

「でもどうして戦闘だからって夢現空間を? あ、そういえば最初の時もっ……」

 小夜子の言葉から一つの疑問を抱く硝子。初めに硝子と小夜子が公園で襲われた時も、十二暦家の者が姿を見せる直前に夢現空間が現れた。夢現空間は夢喰ゆめばみが現れる際に発生するものであり、修夜や硝子が夜力を使う時には夢現空間は発生しない。

「あれ?」

 何か一つの考えに行き着きそうになり、硝子が思わず口元を手で覆う。

「小夜子さん、さっき言いましたよね」

 先程途切れてしまった疑問を再び浮かび上がらせて、硝子が小夜子の方を振り向く。

「大吾君や七緒さん、月の出の神子じゃない十二暦家の人たちが使っている力は、正式には夜力じゃないって」

「……ええ、言いました」

 少し躊躇うように間を置いた後、小夜子がそっと頷く。

「夜力じゃないなら彼等の力は、一体何の力なんですか?」

 険しい表情で問いかける硝子に、小夜子がローブの奥から瞳を光らせる。

「十二暦家の中で、夜力が使えるのは神子が巡って来た一つの家の者のみ。つまり現在は、水無月以外の十二暦家の者たちは、夜力は使えません。では彼等の使っている力は何なのか」

 硝子が息を呑んで、小夜子の言葉に耳を傾ける。

「彼等は自らを夢喰化し、その力を使って戦っているのです」

「なっ……!?」

 小夜子が伝える事実に、硝子が驚きの表情を見せる。

「だからこそ夢喰の力を最大限に発揮するため、彼等は戦闘の前には必ず周囲に夢現空間を発生させる」

「自らを夢喰化って、そんなことっ」

 受け止めきれない様子で、硝子がもう一度小夜子の言葉を繰り返す。

「日の出総家が生み出した、昼獣のような力ってことですか? 晃由君が使っているような」

「昼獣は、夢喰に朝力を与えることで強化したもの。朝力と夜力が合わさり合い生まれた昼力により動く彼等の獏は最早、夢喰とは程遠い存在です」

 硝子の考えを否定した小夜子の声が、どこか重い空気を纏う。

「ですが、彼等が使っている力はまさに夢喰の力。本来であれば獣化するはずの夢喰を体内に抱え込み、人間体のまま夢喰の力を自由な形で放つことが出来る」

 十二暦家の者たちの個々に異なる独特な力を思い返し、硝子が考え込むように俯く。

「夢喰の膨大な力を直接的に放つことの出来る十二暦家のその力は、昼獣や日の出や月の出の獏よりも強力と言ってもいいでしょう。ですがその分、代償も大きい」

「代償?」

 小夜子が発したその言葉に、硝子が戸惑うように顔を上げる。

「代償って?」

 聞き返した硝子に、小夜子がゆっくりと顔を俯ける。

「あなたもご存知の通り、夢喰の力は、その者の夢により生まれるもの」

 小夜子の言葉に、硝子が途端に表情を険しく変える。

「彼等が自らの夢喰の力を使えば使うほど、彼等の夢は消えていくのです」

「そんなっ!」

 小夜子の言葉にたまらなくなって、思わず声をあげる硝子。

「夢が、消えていくって……」

 硝子のすぐ傍には無邪気に鯉のぼりを振る大吾の姿があった。先程大吾が見せた力により、大吾の夢の一部が消えてしまったのかと思うと、どうしようもなく胸が締め付けられた。

「そんな、そんなの、そんなことってっ」

 なかなか言葉にならない声を、硝子が必死に繋げる。

「十二暦家の人たちは、そのことを知っているんですか!? 戦えば戦うほど、自分たちの夢が消えていっているってその事実を!」

「勿論、知っていますよ」

 硝子の力一杯の問いかけに冷静な答えを返したのは小夜子ではなく、牢の外に立つ七緒であった。硝子と小夜子が話し込んでいる間に、地下牢のあるこの部屋へと戻って来たようである。

「自分たちの使っている力の源が、何であるのかということくらいは」

「七緒さん」

 現れた七緒の方を振り返った硝子が、険しい表情で七緒を見つめる。

「知っているのなら、どうして!? このまま戦い続けたら自分の夢が消えてしまうのにっ、自分の夢が消えてしまってもいいんですか!?」

「私の夢は消えません」

 きっぱりと答える七緒に、硝子が戸惑うように首を傾げる。

「戦い続けて月の出が日の出の上に立てば、私の夢は叶います」

 七緒の言葉を聞いた硝子が、苦しげに唇を噛み締める。

「月の出の夢は叶うかも知れないけど、でもそれじゃあ、あなたや他の人たちの夢がっ」

「私たち十二暦家の夢は皆同じ。月の出が日の出よりも輝くこと。それだけです」

「本当に?」

 聞き返した硝子が見つめたのは、七緒ではなくすぐ傍に立つ自分よりも小さな大吾であった。

「本当に、それが夢? 君も?」

「お、姉ちゃん?」

 まっすぐに向けられる硝子の問いかけに、大吾は意味がわからない様子で少し困ったように首を傾げる。困惑した様子の大吾から目を逸らすと、硝子は再び七緒へと身を乗り出した。

「そんなの、おかしいです! そんなの絶対に夢じゃない!」

「あなたに何がわかるというのです。さぁ大吾、早く牢から出なさい」

「あ、うんっ」

 七緒からの指示に頷いた大吾が、牢の格子に向かってまだ小さな両手を差し出す。

「ダメ!」

 差し出した大吾の両手を掴み取り、大吾を後ろから抱き込むようにして、大吾の動きを止めたのは硝子であった。

「硝子お姉ちゃん?」

「ダメっ……。使わないで。そんなことの為に、使わないでっ」

 きつく大吾を抱き締めた硝子が、願うように発するその声を震わせる。

「自分の夢をっ……!」

「硝子さん……」

 大吾を必死に止める硝子のその姿に、小夜子もどこか苦しげに声を落とした。

「赤の他人の夢の為に泣くなんて、不思議な人ですね。あなたは」

 牢の中で大吾を抱き締める硝子をまっすぐに見つめ、七緒がそっと表情を曇らせる。

「硝子お姉ちゃん、大丈夫? 泣いてるの?」

 大吾が心配するように声を掛ける中、硝子がその瞳から透き通った涙を落とす。

「このままじゃ夢が、たくさんの夢が消えちゃう。消えちゃうよ」

 涙と共に震える声を落とす硝子。

「日下部君っ……」

 まるで助けを求めるように、硝子は朝海の名を呼んだ。




――――日下部君っ……――――


「硝子?」

 どこからか響いた硝子の声が耳に入ったような気がして、朝海がすぐに顔を上げる。周囲を見回すが見えるのは美しく咲き誇る桜ばかりで、硝子の姿は勿論見当たらなかった。

「余所見? 随分と余裕なのね、“雛霰”!」

「あっ」

 少し丘になっている芝生の上で右手を上げ、三奈が朝海へと再度黒い霰を降らせる。

「“あけぼの”」

 上空に朝力の壁を張り、朝海が三奈の攻撃を受け止める。

「朝力? どうして」

 奪ったはずの朝力を使う朝海に、三奈が眉をひそめる。

「朝海の朝力はここにあるはずなのに」

 懐にしまっていた大きなマシュマロのような塊を手に取る三奈。その中には確かに朝海の朝力を結晶化したものが包まれていた。首を傾げた三奈がじっくりと朝海を観察すると、朝力を使う朝海の額には、いつものように日の出の印は輝いておらず、代わりに右手のひらに黒い日の出の紋が浮かび上がっていた。

「そういえば神子と獏の混血児とかって情報があったっけ。あのもう一人の日の出の神子に力を分けてもらったってわけね」

 すぐに朝海の朝力の事情を察し、三奈が再び口元に笑みを浮かべる。

「そんな分け与えられただけの朝力で、私に勝てると思わないでよね。“菱餅ひしもち”!」

 上空から現れた桃、白、深緑の三色の巨大菱餅が朝海へと降り注ぐと、その柔らかさで包み込むようにして朝海の左手首、右手首と両足首をそれぞれに絡め取った。

「クっ!」

「“雛霰”!」

 菱餅により動きを封じられてしまった朝海へと、三奈が再び黒い霰を降らせる。

「“黎明れいめい”!」

 朝海が全身から強い朝力を放ち、菱餅を溶かして霰を避ける。

「ハァ、ハァ。やっぱり黎明を使うと、朝力の消費が早いな」

 胸を押さえ、自分の中に残った朝力を確認しながら、朝海が険しい表情を見せる。

「可愛い女の子を相手に本気になんかなりたくないけど、手加減する余裕もないか」

 丘の上に立つ三奈を見つめながら、朝海が少し眉をひそめる。

「硝子が呼んでる。悪いが、とっとと通らせてもらうぞ」

 手のひらの紋から朝力の金光を放って、朝海が三奈へと強く言葉を向ける。

「硝子? ああ、あの子か」

 先程地下牢へ会いに行ったばかりの硝子の姿を思い出し、三奈が少し表情を曇らせる。


――――弥生? 確かおばあちゃんの旧姓だったような……――――


 硝子が語ったその言葉が、そんなに時間も経っていないというのにもう何度も、三奈の頭の中を巡っていた。

「あなたがシャンデリアのファンになったのは、あなたの“運命の人”と同じ血が入ってたからかしら? ……だったら嫌だな」

「えっ?」

 三奈が落とした小さな声を耳に入れることが出来ずに、朝海が戸惑うように首を傾げる。

「“雪洞ぼんぼり”!」

 三奈が大きく声を張り上げると、三奈の右手の中にあった扇子が黒い光りに包まれてその姿を雪洞へと変える。三奈はまるで剣のように雪洞を勢いよく振り下ろした。

「“桃火とうか”!」

 包むように張られていた絹の壁を突き破り、中の火が朝海に向けて勢いよく放たれる。

「“曙”!」

 右手のひらを前へと突き出し、朝力の壁を張って火を受け止める朝海。三奈は雪洞を握り締める手に力を込め、朝海に向けた火をさらに強めた。

「後何回この力を使えば、私の夢は消えるのかな……」

 火の勢いを強めながら、三奈がどこか儚げに笑みを見せる。


――――私ね、女優になるのが夢なの!――――


 幼き日の自分の姿を、口にした夢を思い出し、三奈がそっと目を細める。

「いい。消えてもいい。私はもう十分、私の夢を楽しんだ」

 諦めきったようなその言葉は、まるで自分に言い聞かせているようであった。

「後は、弥生の汚名を晴らすだけ」

 力強く言葉を落として、三奈が瞳を鋭く光らせる。

「その為にも、私があなたを倒すわ!」

「グっ……!」

 一層強まった火に朝力の壁が耐え切れずに砕けると、朝海はすぐにその場を飛び上がって避けたが火の一部が右腕を掠めた。制服のシャツが焦げて肌に火傷が刻まれると、朝海が思わず顔をしかめる。

「強い力だ。旭から分けてもらった朝力だけじゃ、厳しいかもな」

 負った火傷を見下ろしながら、朝海が険しい表情を見せる。

「シャンデリアちゃんに力を返してもらえれば、何とかなるんだけど」

「さぁ勝負よ、日下部朝海!」

 三奈の抱えた事情を何も知らぬまま、朝海は三奈と向き合った。




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