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Dream.17 旭と盟治 〈2〉

 旭の祖父、朝之あさゆきに連れられ、盟治が朝之と共にやって来たのは第二邸の北部に造られた大きな中庭であった。庭に設けられた池には鮮やかな赤い模様の鯉が数匹、優雅に泳いでいる。その他にも朝之の趣味なのだろう盆栽なども並んでいるが、そこは至って普通の庭で、盟治を獏から解放させるような特別な何かがあるようには見えなかった。

 庭の芝生の上に立ち、周囲を見回した盟治が少し眉をひそめて、まだ屋敷の廊下を降りたところに居る朝之の方を振り返る。

「本当にこんなところに、獏からの解放方法があるのか?」

「勿論」

 得意げに笑みを見せる朝之に、盟治が表情をしかめる。

「まぁいい」

 力を抜くように肩を落とした盟治が、左腕の紋に触れて自身の後方にキリンのように首長な金銀色の豹、メイを目覚めさせる。

「下手な真似をしてみろ、すぐに明で食い千切ってやる」

「まったく物騒な獣じゃ」

 盟治の後方に現れた明を見上げ、朝之が困ったように首を横に振る。

「では望み通り、とっとと始めるとするかのぉ!」

「何っ……!?」

 声を張り上げた朝之の額に浮かぶ日の出の印を見て、盟治が表情を険しく変える。朝之は額の印を輝かせ、骨ばった右手を勢いよく上空へと掲げた。

「目醒めよ、我が朝。“御破夜宇おはよう”!」

 朝之の言葉に呼応するように金色に輝き出したのは、まるで魔法陣のように芝生に刻まれた大きな日の出の紋様であった。足元で輝く日の出の印の上に乗っていた盟治と明が、印が発する朝力の光りにあっという間に包み込まれる。

 光りに包み込まれた途端、明はどこか苦しげにその長い首を振り回した。

「明……!」

 苦しむ明を振り返り見て、心配するような表情を見せる盟治。高濃度の朝力に包まれ、混合獣である明の夜力部分が痛み出したのだろう。

 盟治は明を日の出の印の上から出そうとするが、印から突き上げた金光が強力な壁となってそれを阻んだ。完全に朝力の中に閉じ込められた盟治が、険しい表情で再び朝之の方を見る。

「何故だ? 何故、貴様が朝力を使える? 貴様の朝力は確かに封じたはずっ……!」

「単純な話じゃよ。わしの朝力は旭やあの疫病神とは違い、最初から封じられてはいなかった」

「最初から? まさかっ」

 一つの考えに辿り着いた盟治が、一層険しい表情となる。

「そうだ。私だよ、盟治」

「……っ!」

 盟治にとってはよく聞き覚えのある声を響かせて、屋敷の奥から朝之の後方へと姿を現したのは盟治の父、才治であった。

「父上っ……」

 現れた父をまっすぐ睨みつけるように見つめ、盟治が拳を力一杯握り締める。

「朝力封じの連中の中に、私の息のかかった者を数名紛れ込ませておいてな。朝之様の朝力だけは封じずにおいたんだよ」

 才治がそっと周囲を見ると、才治の周りに数名の昼力使いが姿を見せる。全員、朝結界を夜力で掻き消して日の出の神子の朝力を封じるために連れて来た者たちであった。朝之だけが朝力封じを逃れるためには、朝之との入念な打ち合わせが必要になる。恐らくもう随分と前から、朝之は盟治たちが反乱を起こそうとしていることを知っていたのだろう。

「また……、また俺たちを売ったのか!? あんたは!」

 朝之に反乱の事実を告げ口したのが間違いなく父の才治であることを察し、盟治が責めるように声を荒げる。

「安心しろ。もう売ることもない」

 睨みつける息子に対し、才治はいやらしく笑みを零す。

「最早お前には、売る価値すらないからな」

「クっ……!」

 才治の言葉に大きく表情を歪めた盟治が、才治を攻撃すべく右手を振り上げる。

「無駄じゃ」

「ううぅあああ……!」

 持っている昼力を全開にしようとした盟治であったが、盟治と明を包む朝之の金光が一層強さを増すと、明が苦しげにその場に倒れ込み、痛みが明と連動する盟治もまたその場に膝をついた。

「父親にすら見捨てられた、哀れな偽物の獏よ。わしが今からお前の望み通り、お前を本物の獏にしてやろう」

「本物の、獏?」

 俯けていた顔を上げ、盟治が戸惑うように朝之の言葉を聞き返す。相当痛みが強いのか、盟治の顔や体は汗で滲んでいた。

「どういう意味だ?」

「お前に今から、わしの朝力を与える」

 聞き返した盟治の元へと歩を進めながら、朝之が楽しげな笑みを浮かべる。

「高濃度の朝力を大量に浴びれば、お前の昼獣の夜力部分は消え失せ、お前は完全な朝獣、つまりは本物の日の出の獏になるというわけじゃよ」

「そんな単純な方法で、上手くいくはずがっ」

「やってみなければ、わからんじゃろう?」

 否定しようとした盟治の言葉を、朝之がすぐに抑え込む。

「未知なる挑戦に危険は付き物じゃ。それに成功すれば、お前は今度こそ完全な日の出の獏になれるのじゃぞ?」

 まるで誘惑するように問いかける朝之。

「いつまでも、あの疫病神の代わり扱いされるのは、お前さんとて嫌じゃろう?」

「言ったはずだ」

 笑みを向けてくる朝之をはっきりと拒絶するように言葉を放って、盟治が朝之を睨み上げる。

「俺の望みは獏からの解放。本物の日の出の獏になることなど、望んでいない!」

 強く言い放つ盟治に、朝之がそっと表情をひそめる。

「使えぬ奴じゃ」

「ううああああ!」

 朝之が盟治を包み込む朝力の光りを増させると、盟治が一層苦しんだ様子で激しく叫び声をあげる。

「う、ううぅっ」

 光りが一旦収まると、盟治は力なくその場に両膝をついて座り込んだ。

「本物の獏になるよりも、獏からの解放を望むとは。それほど、ただの人間に焦がれるか。とんだ腰抜けじゃな、お前の息子は」

「申し訳ありません」

 鋭い表情で振り向いた朝之に、才治が深々と頭を下げる。

「ただの人間に、戻りたいわけじゃないっ……」

 俯いた盟治が、朝之にも才治にも聞こえない小さな声を漏らす。

「俺は、ただ……」


――――貴方が、盟治?――――


「ただ、旭をっ……」

 あどけない少女の笑顔を思い出し、盟治がきつく拳を握り締める。

「では処分ついでに、朝力だけは与えてみることにしようかのぉ。良いか? 才治」

「勿論構いませんよ」

 何の迷いもなくあっさりと頷く父親に、盟治がまた表情をしかめる。

「では、そうするとしよう。例え失敗したとしても、旭には新たな獏を与えればいいだけの話じゃからな」

「新たな、獏?」

 戸惑いの表情で顔を上げた盟治を高々と見下ろし、朝之は口角を吊り上げる。

「旭により質の高い獏を授けるため、お前の父の協力のもと、第二回獏化試験の準備が進行中じゃ」

「何、だとっ……!?」

 朝之が告げる事実に、盟治が一瞬にして顔色を変える。

「また獏化試験をやるというのか!? あんな愚かなことを……!」

 痛む体を堪えながら必死に身を乗り出して、歩み寄って来た朝之へと言葉を投げかける盟治。

「仕方あるまい。すべてはあの疫病神のせいじゃ」

 朝之が一気に表情をしかめ、疎ましそうに言葉を落とす。

「旭があの厄病神よりも日の出の当主に相応しくなるためには、より強き獏が必要なのだからな」

「旭のため、旭のためって、そうやってまた旭を苦しめる気かっ?」

 一層険しい表情を見せて、盟治が必死に言葉を向ける。

「また獏化した者たちの悲しみをすべて、旭に背負わせる気か!? そんなことをしても旭を苦しめるだけだということが、どうしてわからない!?」

「……随分と偉そうな口を叩くものだな、たかだか偽物の獏が」

 どんどんと言葉を浴びせる盟治を見つめ、少し間を置いた朝之がその表情から笑みを消し去る。

「本物の旭の獏にでもなったつもりでいるのかのぉ? 随分と調子に乗ったものだ」

 嫌味のように向けられる朝之の言葉に、盟治がきつく唇を噛み締める。

「そんなつもりになど、なるはずがないっ……」

 俯いた盟治が力なく声を落とす。

「ならば口を出すな。神子と獏とはいえ、お前と旭は遠き存在」

 額の印を輝かせた朝之が、朝力に包まれた右手を盟治へと向ける。

「さらばじゃ、中途半端な獣よ」

 集約され放たれる強い光りに、盟治は悔しげに瞳を閉じた。

「相変わらず、ろくなことをなさいませんね。あなたは」

「……っ」

 聞こえてくるその声に、盟治がすぐに瞳を開いて顔を上げる。

「あまりにもお変わりないので、本当に安心しますよ。クソ爺様」

「日下部、朝海……?」

 盟治と朝之の間に、盟治を庇うようにして立ちはだかったのは朝海であった。目の前に現れた朝海の背を見上げ、盟治が戸惑うように声を漏らす。

 同じように現れた朝海を見つめ、朝之はあからさまに表情をしかめた。

「何をしに来た? 疫病神」

「勿論、あなたのくだらない行動を止めに」

 顔色一つ変えずに嫌味を返してくる朝海に、朝之がまた眉をひそめる。

「どういうことじゃ、眞岡。何故、わしの屋敷に厄病神がおる?」

「も、申し訳ありません! 屋敷内には大量の夢屑を配置しておったはずなのですがっ」

「大量の夢屑なら、俺が全部お掃除させてもらったよぉ~ん」

 場にそぐわない明るい声を発しながら、中庭の上空から輝の背に乗って舞い降りたのは晃由であった。晃由のすぐ横には旭の姿もある。

「晃由、旭っ……」

「盟治……!」

 旭が輝の背の上から飛び降り、皆のいる地面へと降り立つ。

「どういう、どういうことです!? 爺様!」

 朝力に包み込まれた盟治と明の様子を見て、旭が責めるように朝之の方を振り向く。

「私はただ、盟治を日の出から解放してほしいと、総家から追放してほしいと、そうお願いしただけです!」

「俺を?」

 旭が発したその言葉に、膝をついたままの盟治が驚きの表情を見せる。

「解放? 旭も?」

「“も”?」

 盟治が発したその言葉が引っ掛かり、朝海が少し盟治の方を振り返る。

「なのに何故、このようなことをっ……!」

「わしはただ、こやつを本物の獏にしてやろうと思っただけじゃよ」

「本物の、獏?」

「そうじゃ。高濃度の朝力を大量に浴びせれば、そやつの昼獣の夜力部分が消え失せ、完全な朝獣になるかと思ってなぁ」

「そんなことっ……」

 朝之の言葉を聞いた旭が、険しい表情で拳を握り締める。

「そんなことをしたら、盟治の体にどんな影響が出るかもわからないのにっ……!」

「失敗は想定してある」

「想定?」

「再び獏化試験を行う気なんだ。そいつ等は……」

「獏化試験を?」

 声を挟んだ盟治の言葉に、旭が益々険しい表情を見せる。

「あんな試験、二度と行わせません!」

「ならば、どうするのだ? そなたの獏は」

 強く主張する旭に対し、まるで試すように問いかける朝之。

「こやつでは獏として力不足と、そう感じたからこそ、そなたはわしにこやつを追放するよう頼んだのだろう? 旭」

「それはっ」

 朝之の問いかけに、旭が思わず答えを詰まらせる。

「盟治は力不足ではありません! ただ私がこれ以上、私のせいで彼を苦しめたくないだけです!」

「旭……」

 初めて聞く旭の心情に、盟治がそっと目を細める。

「そなたにそのような感情を抱かせた時点で、こやつはそなたの獏失格なのじゃよ。旭」

 朝之の言葉に旭が少し戸惑ったような表情を見せる。

「そなたのその言葉、まるでどこかの疫病神の母親のようじゃないか。汚らわしい」

 朝之から向けられる冷たい視線に、朝海が思わず表情をしかめる。

「神子に余計な考えを持たせた時点で、獏など、存在の意義すらないのじゃよ!」

「うあああああ!」

「盟治……!」

 朝之が盟治を包み込む朝力を強めると、盟治が再び激しく苦しみ始める。苦しげな叫びをあげる盟治に、思わず身を乗り出す旭。

 すぐに額に日の出の印を浮かび上がらせた旭が、盟治を包み込む朝之の力へと右手を向ける。

「“黎明れいめい”!」

 旭が盟治を包み込む朝力の壁に向かって、自身の朝力の塊を放つ。旭の朝力は壁に直撃するが、壁は少しのヒビも入ることなく、あっさりと旭の朝力を弾き飛ばした。

「あっ」

「無駄じゃ。そなたの朝力では、わしには勝てん」

 余裕に満ちた言葉を放つ朝之に、旭が悔しげに唇を噛み締める。

「旭」

 朝海に名を呼ばれ、旭が朝之から視線を動かす。

「さっき俺から奪った朝力、返してもらえるか?」

「えっ?」

 突然のその言葉に、眉をひそめる旭。

「ですが朝海、あの程度のわずかな朝力ではとても爺様の力にはっ」

「大丈夫だから、早く」

 急かすように手を差し出す朝海に、旭はそれ以上反論はせずに、朝力を纏った右手を今度は朝海へと向けた。

「“黎明”!」

 放たれた朝力の塊が、差し出した朝海の右手へと当たると朝力は右手から朝海の全身へと広がる。わずかだが確かな朝力が戻ると、朝海はすぐさま額に日の出の印を輝かせた。

「その程度の朝力では、わしには到底勝てぬぞ? 疫病神」

 朝之の皮肉の言葉が飛ぶ中、朝海はまるで耳に入っていないように落ち着き払った表情で、ゆっくりとその右手を上空へと伸ばした。

「悪しき夜に呑まれし空よ、今再び朝の光りの中に目醒めよ」

 空へと伸ばされた朝海の右手の中に、どんどんと朝力の金光が集約されていく。

「“御破夜宇おはよう”」

 集約した光りが、まるで打ち上げ花火のように星一つない暗闇の空へと打ち込まれる。

 その瞬間。


――――パァァァン!


「んなっ……!?」

 真っ暗だった空に朝海の朝力が消えたその瞬間、見る見るうちに暗闇が消え、光りの打ち込まれた部分からどんどんと真っ青な空が広がっていく。

 一瞬にして色を変える空に、朝之や才治、皆が驚きの表情を見せた。

「俺が必死に考えまくった昼結界を、あっさりと破ってくれちゃって」

 輝の背の上に乗りながら、晃由が明るくなっていく空を見上げて思わず笑みを零す。

「さっすがは俺の神子だぜっ」

 笑顔を見せた晃由は、どこか得意げに自身の鼻先を撫でた。

「あんな少しの朝力で……、朝海、貴方は一体どこまで強く……」

 圧倒された表情で旭が見つめる中、昼結界が解けたことで朝海が完全に自身の朝力を取り戻していく。全身から朝力の金光を溢れ出させた朝海は、盟治を包み込む朝之の作った壁へと右手を当てた。

「“黎明”」

 朝海が強い金光の塊を放ち、盟治たちを包み込んでいた朝之の朝力をあっさりと砕き割る。

「さぁ」

 朝之の朝力を砕き、盟治を解放した朝海が改めて朝之と向き直る。

「反省会といきましょうか。クソ爺様」

「グっ」

 脆く崩れ落ちていく自らの力と、その前に立ちはだかる朝海の姿に、思わず表情をしかめる朝之。

「う、ううぅ」

「盟治!」

 強い朝力の中からようやく解放された盟治が、力尽きたのかその場に仰向けに倒れ込む。倒れ込んでしまった盟治に旭は慌てて駆け寄り、支えるようにして盟治の上半身を起こした。

「盟治っ」

「あさ、ひ……」

 呼びかけに盟治が答えると、旭が嬉しそうな笑顔を見せる。

「離れ、ろ……」

「えっ? ああ!」

 盟治の言葉に旭が首を傾げていたその時、盟治が旭の手を勢いよく引き、朝海の方へと払い飛ばす。飛んで来た旭の両肩を咄嗟に掴むようにして、何とか受け止める朝海。

「盟治?」

「う、ううぅ、う……!」

 旭が戸惑いの表情で視線を向けた盟治の体から、噴き上げたのは黒い光りであった。

「あれは、夜力?」

「うあああああ!」

 朝海が目を見張る中、盟治から噴き上げた巨大な黒光はあっという間に周囲いっぱいに広がっていった。




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