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Dream.15 造られた獏 〈4〉

 その頃、日の出総家第一邸。

「凄い夜力だったな」

 一瞬上空を支配した強い夜力の塊を、離れた第一邸の窓から見つめていた、旭の朝力の結界の中で身動きの取れない状態の朝海が思わず呟きを落とす。もうすでに夜力は掻き消えているが、まだ残存の夜が空を支配しているようであった。

「さっきの夜力、もしかして硝子が……」

 強い夜力の発生源を予測し、朝海がどこか浮かない表情で俯く。その時、朝海の居る広間の襖が勢いよく開き、朝海は結界の中で体の向きを変えてそちらを見た。

「眞岡盟治っ」

 襖の向こうから広間へと姿を見せたのは盟治であった。

 朝海は驚きの表情で盟治を見つめるが、盟治は特に朝海には興味なさそうにあっさりと横を通り抜け、広間のさらに奥へと進んでいく。広間の奥の襖を目指して歩を進める盟治。その襖の向こうには、朝海の曾祖父が眠っている。

 まっすぐに曾祖父の元へと向かっていく盟治に、焦りの表情となる朝海。

「ま、待て、眞岡盟治!」

 朝海が結界の中で必死に身を乗り出して、盟治へと言葉を掛ける。

「奥の部屋には大爺様が……!」

「手出しはしない。話がしたいだけだ」

「大爺様は老体なんだ! 話をするだけでも体に相当の負担が……!」

「二分で済む」

 必死に止める朝海の言葉も聞かずに、盟治は奥の襖を両手で勢いよく左右に開いた。奥の部屋の布団の上で眠りについていた大爺が、その襖の開く音に反応し、ゆっくりと瞳を開いていく。

「日下部 朝藤あさふじだな」

「……獏となりし子供、か」

 横目で盟治の姿を確認した大爺が、大した動揺も見せずにそっと言葉を発する。襖を閉じて朝海の視線を遮ると、盟治が朝藤の枕元にしゃがみ込んだ。

「あんたに一つ、聞きたいことがある」

 真剣な表情でそう言い放つ盟治に対し、朝藤は特に邪険に扱うこともなく静かにその言葉を待った。

「昼獣の元となった俺たちの夢喰に、朝力を与えて獏化させたのはあんただと聞いた」

「……いかにも」

 盟治の言葉を認めるように、朝藤がそっと言葉を落とす。

「ならば、あんたになら俺たちのこの獏を、元の夢喰の状態まで戻すことは可能か?」

 その問いかけに、朝藤が一瞬心の動きを示すように眉を動かす。

「……意外だったな。お前たちが獏からの解放を望んでいるとは」

「俺たちの中には獏を得て、満足してる奴も居る。これは俺の独断だ」

「そうまでして、獏からの解放を望むか」

「俺も別に、どうしても自分の獏を消したいって思ってるわけじゃない。だが」

 言葉を付け加えた盟治が何かを思い出すような表情を見せながら、胸の前で強く拳を握り締める。

「俺の獏が消えないと、苦しみから解放されない奴が居る」

 盟治のその言葉に何か思い当たることでもあった様子で、朝藤はそっと目を細めた。

「残念だが、お前たちの獏を元の夢喰に戻すことは、わしにも不可能だ」

 盟治から視線を逸らし、まっすぐに天井を見上げた朝藤がはっきりとそう言い放つ。

「お前たちの獏は昼力の名の通り、まさに朝力と夜力の融合体。わしの朝力だけでは最早、どうにも出来ぬ域に達している」

「……そうか」

 頷いた盟治が、わずかに表情をしかめる。

「そんな気はしていた。邪魔したな」

 盟治がすぐに枕元から立ち上がり、朝藤に背を向けて襖を開け、奥の和室の外へと出る。朝藤が物言いたげな視線を送るが、盟治はあっさりと襖を閉め直した。

「二分は少し過ぎたか」

 襖を閉めた盟治が、再び広間の入口に戻るべく歩を進め、結界の中の朝海とも距離を詰めていく。

「大爺様に何を」

「お前には関係のないことだ」

 朝海の問いかけをあっさりと拒否して、盟治が朝海の横を通り過ぎようとする。

「眞岡盟治!」

 朝海は珍しく声を張って、通り過ぎようとした盟治の足を止めた。

「何だ?」

 止めた足を畳の上で回転させて、朝海の方を振り返る盟治。

「こんな反乱に一体、何の意味がある?」

 旭の結界越しに、朝海が盟治へと真剣な表情を向ける。

「こんなことをしても、君たちの獏が消えるわけじゃないんだぞ」

 朝海のその言葉に、先程の朝藤の答えが思い出され、盟治が思わず表情をしかめる。朝海は朝藤の答えを聞いていないはずだが、聞いていないからこそ余計に深く、その言葉は盟治に響いた。

「なら、俺も問う」

 向けられる盟治の言葉に、眉をひそめる朝海。

「お前は何故、旭の獏にならなかった?」

 今更とも思えるその問いかけが予想外だったのか、朝海が少し驚いた表情を見せる。

「日の出の当主となれる神子は一人。お前の生まれから考えても、お前が神子になったところで当主となるのは旭。それは、あの時点で分かりきっていたはずだ」

 何の躊躇いもなく言葉を向けてくる盟治に、朝海が表情を曇らせる。

「なのに何故お前は、旭の獏ではなく、二人目の日の出の神子になることを選んだ?」

「それは……」

 答えに詰まった朝海が、言葉を選ぶように下を向く。


――――待っていて、“ショウ”――――


 思い出される遠い過去の記憶。

「獏を選べば、過去世を繰り返すだけだから」

「過去世?」

 突然出て来たその言葉に、盟治が戸惑った様子で眉をひそめる。

「俺は、過去世を繰り返さないために生まれ変わった。その為にどうしても力が欲しくて、だから力を求めて、獏じゃなく神子になる道を選んだんだ」

「……まったく意味がわからないな」

 真剣に主張する朝海を見て、呆れたように言葉を落とす盟治。朝海の言葉を疑っている様子はないが、聞き返さないところを見ると、それほど興味も持っていないのだろう。

「とりあえずは自分勝手な理由ということだな」

「ああ」

 簡単にまとめた盟治の言葉に、朝海があっさりと頷く。

「そのお前の勝手のせいで、俺たちは望んでもいない獏を与えられ、お前たち日の出に支配され続けた」

 急に口調を責めるように鋭く変える盟治に、少し表情をしかめる朝海。

「詫びる気はない」

「ハっ、傲慢なもんだな」

 何の悪びれもなく言い放つ朝海に、盟治が思わず笑みを零す。

「詫びてもそれは、何の報いにもならない」

 鼻で笑った盟治に、朝海は真剣に言葉を向け続ける。

「俺が君たちに報いることが出来るとすれば、それは日の出の神子として、一人でも多くの人の夢を守ることだけだ」

 迷うことなく自信を持ってそう言い放つ朝海に、盟治が不快そうに眉間に皺を寄せる。

「……お前のように開き直れれば良かったのにな。俺の神子も」

「え?」

 聞き取れなかった盟治の声に朝海が首を傾げていたその時、盟治が左腕に浮かび上がった日の出の紋に右手を触れた。

「“メイ”」

 紋から眩い金光が放たれると、次の瞬間、盟治の横に巨大な一匹の獣が姿を現した。キリンのように長い首を持ちながら、豹のように鋭い眼光と牙を持った、しなやかな肢体の異形の獣。首長竜のような金銀混ざり合った色の獣は、現れた途端に朝海へとその鋭い爪を振り下ろした。

「ううぅ……!」

 明の爪により高い音を立てて砕かれていく旭の結界に、朝海が思わず顔を伏せる。

 結界が砕け散ったことを確認すると、朝海はすぐに額に日の出の印を浮かび上がらせたが、朝海の体から朝力が発せられることはなかった。

「旭が朝結界を修復させた。お前の朝力は封じられた状態に逆戻りだ」

 盟治が告げる事実に表情をしかめながら、朝海が大人しく印を消す。

「日下部朝海」

 一層鋭い表情を見せた盟治が、改めて朝海の名を呼ぶ。

「お前が死ねば、新たな日の出の獏が生まれるのか?」

 長い牙を輝かせる明の前で、盟治が獲物を狙うかのように強く朝海を睨みつける。

「そうすれば解放されるのか? 俺も、あいつも」

 ゆっくりと振り上げられる明の前足に、朝海は覚悟を決めるように唇を噛み締めた。

「ん?」

 その時、盟治の袴のポケットの中で携帯電話が震える。盟治は一旦、明に足を下ろさせると、すぐにその電話に出た。

「俺だ。ちなみに俺は、オレオレ詐欺じゃない」

<本当に~? 実はオレオレ詐欺なんじゃないのぉ~?>

「晃っ」

 電話越しに聞こえてくる暢気で明るい聞き覚えのあるその声に、朝海が勢いよく顔を上げる。

「くだらないことを言うな、晃由。俺は俺であって、オレオレ詐欺じゃない」

 何度も俺という言葉を繰り返し、自身であることを強調する盟治。

「今、お前の神子だった男と取り込み中だ。用件があるなら、とっとと」

<んじゃあ本当にお前かどうか、確かめに行くとすっかなぁ~>

「何っ」

 晃由の言葉の意味がわからずに盟治が聞き返そうとしたその時、朝海と盟治のすぐ傍にある広間の大窓が勢いよく砕き割れた。ガラス片が畳に次々と突き刺さっていく中、割れた窓から風と共に一匹の獣が姿を現す。

「輝……!」

 思わず名を呼ぶ朝海。窓を割って広間へと侵入して来たのは金色の巨狼、輝であった。

「何故、輝がここに」

「ちっと夢屑配置し過ぎだぜ、盟治~」

 輝の背の上でゆっくりと立ち上がり、困惑の表情を見せた盟治へと声を掛ける晃由。その耳には今の今まで盟治と会話していた携帯電話が当てられている。

「晃由、お前っ」

「一掃すんのに結構骨折れちまったわぁ、ったく」

「一掃? まさかっ」

 険しい表情を見せた盟治がすぐさま割れた窓から屋敷の外を見る。第一邸の周囲を埋め尽くすように配置されていたはずの夢屑は、いつの間にか一匹残らず居なくなっていた。何の姿も見当たらない第一邸の周囲を見回し、盟治が一層表情をしかめる。

「晃由、お前……!」

「よっと」

 盟治が睨むように視線を送る中、晃由が輝の背から床へと飛び降りる。

「大丈夫か? 朝海」

 ゆっくりと歩を進めて朝海のすぐ前方まで行くと、晃由は床に座り込んだままの朝海へと右手を差し伸べた。

「色々やってて、すっかり来るのが遅くなっちまった。待たせて悪かったな、我が神子」

 そう言って笑顔を見せる晃由に、考え込むような表情を見せていた朝海もごく自然と笑顔を零した。

「君にしては早い方だよ。今回はシャンデリアちゃんの夢を見る暇すらなかったからな」

「そりゃ、ある意味残念だなぁ」

 穏やかに笑みを浮かべた朝海が、しっかりと晃由の手を取る。晃由が勢いよく手を引き上げると、朝海がその場から立ち上がる。

「晃由っ……」

 盟治の痛いほどの強い視線を感じ、晃由がゆっくりと盟治の方を振り返る。

「とっとと終わりにしようぜ、盟治」

 少し困ったように笑って、晃由が盟治へと言葉を向ける。

「俺たち造られた獏の、苦しみも悲しみも、もがきも足掻きも全部」

 晃由のその言葉に、盟治は何かを堪えるように強く唇を噛み締めた。




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