Dream.15 造られた獏 〈3〉
日の出総家敷地内、東方。
「斬り裂け、燈!」
「帳を下ろして、明!」
灯子が燈の背の上で刀を振り下ろし朝力の一閃を放つと、盟莎が明の頭上で大きく両手を広げ夜力の壁を形成してその一閃を受けとめる。
明に押されて場所を移動した燈に何とか追いつくことの出来た灯子は、盟莎とろくに言葉を交わすこともなく戦闘に入っていた。
「私が誰かも、どうして日の出と私たちが争ってるかもわかってないくせに、よく普通に戦えるわね」
何を問うこともなく戦闘に入った灯子に、盟莎が少し呆れたような視線を送る。
「売られた喧嘩は買う主義だ」
呆れた様子の盟莎とは対照的に、いたって冷静に言葉を返す灯子。
「それに話し合って解決するとも思えない。だってお前、私が気に食わないんだろう?」
灯子の言葉に、盟莎が一瞬驚いたように目を見張る。
「どうして、そう思うの?」
「何となくだ。あんまり人に好かれる性格でもないが、会ったこともなかった奴に嫌われているのは不思議な感覚だな」
そう言って軽く頭を掻く灯子は、盟莎が灯子を嫌っていることなどまるで気にしていない様子だった。そのまったく興味のない灯子の様子に、盟莎がまた不満げに眉をひそめる。
「嫌いもするわよ、そりゃあ」
認めるようにはっきりと言い放つ盟莎に、灯子が少し視線を送る。
「あんた達のせいで、あんた達“日の出の獏”のせいで、お兄ちゃんも晃もすっごく悲しんだんだから!」
盟莎の強い叫びに答えるように明が大きく口を開き、開いた口から強い夜力の塊を放つ。
「“曙”!」
燈と自身の周りを強い朝力で包み込んで、盟莎の放った夜力を受けとめる灯子。
「“五段雷”!」
「あっ!」
そこへ上空から五つの朝力の塊が降り注ぐ。
「ううぅ……!」
包み込む朝力では同じ朝力を防ぐことが出来ずに、燈が両翼で背の上の灯子を庇うようにして盟莎の朝力を喰らう。燈の翼が傷つくと灯子も同じように両腕に傷を負い、その表情をしかめた。
「夜力と朝力両方使ってくるってのは、結構厄介なもんだな」
刀を振るって朝力を放ち燈の翼の傷を癒しながら、灯子が少し考え込むように眉をひそめる。
「どうしたの、その程度? 本物の日の出の獏の力は」
前方から聞こえてくる盟莎の声に、灯子がゆっくりと顔を上げる。
「本物、か」
妙に強調して放たれた盟莎のその言葉を、灯子が引っ掛かりを覚えるように繰り返す。
「あんたさえ居なくなれば、日の出の獏は存在しなくなる。そうなれば私達はもう、偽物じゃない」
そう言って強く拳を握り締める盟莎。
「偽物なんかじゃ、なくなるの!」
向かって来る盟莎と明を見つめながら、灯子は表情を鋭く変えた。
一方、水無月と硝子も、晃由を追ってやって来た他の獏飼いたちとの戦闘に入っていた。
「“三段雷”!」
「“彩煙柳”!」
「“飛遊星”!」
異形の獏が水無月に向けて次々と、それぞれに形の違う朝力の塊を放ってくる。
「夜よ、帳を下ろせ」
夜力で周囲を包み込んで、放たれた朝力をすべて受け止める水無月。水無月の夜力が完全に朝力を受け止めきったと思ったその時、朝力の塊の奥から夜力の黒光が溢れ出て来て、水無月が作った夜力の壁をあっさりと通り抜けた。
「あっ、うああああ!」
壁を抜けて来た夜力を浴び、水無月が勢いよく後方へと吹き飛ばされる。
「水無月君!」
地面に倒れ込んだ水無月へと慌てて駆け寄っていく硝子。
「大丈夫、水無月君!」
「浅見さん、危ないから出て来ちゃダメだよ」
傍へと寄って来た硝子に、水無月が怪我をした自身のことよりも心配するように言葉を向ける。その水無月の様子に苦しげに唇を噛み締める硝子。
「強いんだね、あの人たち」
「獏としての個々の力は大したことないと思うけど、朝力と夜力、両方使うっていうのが厄介かな」
不安げに言葉を向けた硝子に、水無月が少し困ったような表情を見せる。
「朝力はともかく、あの夜力を相手にするには、もっと強い夜力を使わないと……」
「もっと強い夜力?」
聞き返した硝子の方を水無月がじっと見つめる。その水無月の視線に気付き、戸惑うように首を傾げる硝子。
「いやっ」
しばらく硝子の方を見つめた後、水無月は何かを否定するように首を横に振って、硝子から視線を逸らした。
「とにかく、そう簡単には終わらせられそうにない。浅見さん、ここは僕に任せて浅見さんは仲河君を追っ」
「大したことねぇなぁ、月の出の神子ってのも」
水無月が硝子へ向ける言葉を遮るようにして聞こえてくるその声に、水無月が思わず言葉を止めて顔を上げる。
「いくら日の出の朝結界の中だからって、歯応えなさすぎだろ」
「まぁ神子ってのは本来、夢を操作する能力があるだけで、戦闘は獏飼いに任せっきりだからな」
「一人じゃ何も出来ないってわけだ」
「俺たち昼獣の方が神子よりもよっぽど強いってとこ、見せつけてやろうぜ」
「チっ……」
前方を囲い込むように並んだ獏飼いたちに、思わず舌を打ち鳴らす水無月。硝子だけでも先に進ませようと思ったが、この状況ではそれすら出来そうにない。
「どうしたら……」
「ごめんね、水無月君」
状況を打破するため考えを巡らせていた水無月が、申し訳なさそうに謝る硝子の方を振り向く。
「私に力があれば、水無月君だけに戦わせるんじゃなくて、二人で一緒に戦えたのに……」
苦しげに視線を落とす硝子を見つめ、水無月がそっと目を細める。
「君に力はあるよ」
「え?」
水無月のその言葉に、硝子がすぐに顔を上げる。
「君に力はある。僕は、君の中に眠るその力を目醒めさせることが出来る」
言葉を続けながら、今まで以上に険しい表情を見せる水無月。
「そして、君がその力に目醒めれば、僕はきっとあいつ等に勝てる」
水無月のその言葉はまったく揺るぎのない確信に満ちていた。
「水無月君、それって」
「怖くない?」
聞き返そうとした硝子の声を遮り、水無月が真剣な問いかけを硝子へと向ける。
「長い間、君を苦しめ続けてきたこの夜を纏うこと」
自分を指し示すように、水無月が自身の胸に手を当てる。
「嫌じゃない? あいつとは、日下部とは真逆の、人の夢を救うんじゃなくて、人の夢を呑み込むだけのこの力を使うこと」
水無月の真剣な問いかけに、硝子も同じように険しい表情を作る。今、水無月は硝子に選択肢をくれている。夢元世界では勝手に硝子の夜力を使った水無月だが、今はまったくそういった意志はないのだろう。硝子が夜力を否定すれば、水無月は恐らくずっと硝子の夜力を目醒めさせはしない。
水無月の考えが伝わった硝子は少し悩み込むように俯いた後、すぐにまた顔を上げた。
「怖くないよ。だって私はもう、一人きりで夜を恐れていた私じゃない」
はっきりと言い放った硝子が、水無月へと笑顔を見せる。
「嫌じゃないよ。例え人の夢を呑み込む力でも、私が呑み込もうと思わなければいいだけのことだから」
明るく笑った硝子が、傷ついた水無月の手をそっと握り締める。
「今、無力な自分を嘆かずに、前に進むことが出来るなら、私はどんな力でも受け入れてみせる」
水無月の手を握る硝子の手に、強い意志と共に力がこもる。
「だから、お願い。水無月君」
笑みを止めた硝子が、真剣な眼差しを水無月へと向ける。
「私をあなたの獏にして」
硝子のその願いに水無月はまだ答えを出していなかったが、水無月よりも先に応えるように水無月の額の月の出の印が強く輝き始める。その印の光りに共鳴するように、硝子の左肩にも月の出の紋が浮かび上がり、熱を持ち始めた。
「こんなことをして、後で浅見灯子にぶった斬られるんだろうね。僕」
「ぶった斬られそうになったら、私が守るよ」
穏やかに微笑み合って、硝子と水無月が同時に立ち上がる。
「この、夜力で!」
左腕の半袖シャツを捲り上げて左肩を露出した硝子が、そこに浮かび上がった月の出の紋に勢いよく右手を触れる。硝子の右手が紋に触れた途端、紋が強く輝き、その輝きが黒い光の塊となって上空へと溢れ出た。
「な、何だ!?」
様子をうかがっていた獏飼いたちが、飛び出したその光りを戸惑った様子で見上げる。
「果てなき夜の闇に目醒めよ、我が夜流の獏」
額の月の出の印を輝かせ、水無月が飛び出したその黒光へと右手を掲げる。水無月が全身から発する夜力に呼応するように、上空へと飛び出した夜力がどんどんと巨大化していく。
「さぁ呼んで、浅見さん」
振り向いた水無月の言葉に頷き、硝子がまっすぐに上空を見上げる。
「私に力を貸して、“宵”!」
硝子が勢いよく声を発した途端に、上空で膨れ上がった夜力の塊が弾けるような音を立てて、左右に巨大な翼を広げる。
「翼? 獏か?」
「違うだろ。どう見たって獣じゃねぇぜ、あれはっ」
現れた巨大な翼を見上げながら、困惑の表情を見せる獏飼いたち。硝子が放った夜力は何の獣の姿にもならずに、その獣の一部分なのか、ただ巨大な翼を形作るだけであった。
「獏にならない? 失敗しちゃったの?」
「日の出の朝結界の中だからね。いきなり完全な姿になるのは無理だったのかも知れない」
「そんなっ」
「大丈夫」
不安げな表情を見せる硝子に、水無月が安心させるように言葉を向ける。
「あれだけあれば十分だよ」
「水無月君?」
硝子が戸惑いの視線を送る中、水無月が再び額の月の出の印を明々と輝かせる。
「あんな翼気にすんな、やっちまえ! “五段雷”!」
「“彩煙柳”!」
「“飛遊星”!」
宵のことなど気にせずに、獏飼いたちが先程と同じようにそれぞれ別の形をした朝力の塊を放つ。その朝力の塊の内部に潜む夜力も、今度ははっきりと見ることが出来た。
迫り来る朝と夜の力の結集を前に、水無月は焦りの表情一つ見せずにそっと右手を掲げる。
「僕等の力を見せつけてやろう、宵」
水無月の言葉に応えるように、水無月の上空で宵がその翼を大きく広げる。
「“御夜棲魅”」
眠り人へと囁くようにそっと水無月が言葉を落とした途端、宵の両翼から今まで見たこともないほどに強い夜力が勢いよく放たれた。
まるで洪水のように降り注いだ夜力に、獏飼いたちの朝力は一瞬にして掻き消される。
「何て夜力だ!」
「朝力じゃもたない、夜力を最大限に使え!」
「無駄だよ」
自身の獏の夜力部分を強めていく獏飼いたちに、水無月はどこか冷たく言葉を向ける。
「夜の静寂に逝け」
獏飼いたちが纏った夜力を、水無月と宵の夜力が寄せ付けることなく凌駕していく。
『う、うあああああ!』
圧倒的な夜力に獏を掻き消されると、獏飼いたちは皆後方へと吹き飛ばされ、そのまま力なく地面に倒れ込んで気を失った。
戦いの音が止み、その場に夜の静寂が訪れる。
「ふぅ」
力なく息を吐いた水無月が額の印を消し、その場に膝をつく。
「水無月くっ……、うっ!」
膝をついた水無月へと駆け寄ろうとした硝子が、不意に苦しげに頭を押さえる。
「な、何っ……?」
痛みに堪えながら硝子が戸惑いの表情を見せるその頭上で、両翼の宵がまだ暴れ足りないかのように、大きく蠢き始める。蠢く宵を見上げ、眉をひそめる硝子。
「宵っ?」
「“御夜棲魅”」
すぐに水無月が再び印を光らせ言葉を発すると、宵の蠢きは止まり、宵はそのまま黒光の塊へと戻って硝子の体の中へと戻っていった。宵の光りがすべて体の中に納まると、先程まで硝子を襲っていた頭痛があっという間になくなる。
「今のは……」
「宵は他の獏よりもずっと、危険な力を秘めた獏」
立ち上がった水無月が硝子の方を振り返り、真剣な表情を見せる。
「だから十分に宵を操れるようになるまでは、僕が居る時しか宵の力は使わないで。どうか、一人で無茶はしないで」
水無月がどこか願うように硝子へと訴える。
「それが、神子としての僕の条件だよ。宵」
水無月の言葉の中から滲み出る優しさに、硝子が嬉しそうに笑みを零す。
「うん。ありがとう、水無月君」
硝子の笑顔を見ると、水無月もそっと笑みを浮かべた。




