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Dream.01 春眠の転校生 〈3〉

 その頃、教室を出た硝子は階段を駆け下り、一階の昇降口を目指し廊下を進んでいた。帰ろうとしていた生徒や、教室で部活動をしていた生徒などが、廊下に転がり深く瞳を閉じて眠っている。


「皆、寝てる……」


 硝子がふと足を止め、昇降口のすぐ手前にある職員室を覗き込む。職員室の中の教師も皆、机に顔を埋め、深く眠りについていた。


――――硝子ちゃん、なんで起きてんの?――――


「私以外……私たち以外、全員眠ってるんだ」


 漸くあの時の晃由の問いかけの意味が理解出来たような気がしていた。夢喰が現れた時、朝海や晃由にとって、他の人間が眠っていることは恐らく当たり前のことなのだ。そして、硝子が起きていることは想定外のことなのだろう。

 硝子がまた、強く拳を握り締める。


「早く、早く行かなきゃっ……!」


 再び廊下を駆け抜けた硝子が、上履きのまま昇降口を通り過ぎ、前庭へと続く扉を出る。


「うううぅぅ!」

「キャア!」


 硝子が前庭へと出たその瞬間、硝子の前へと吹き飛ばされてくる晃由と輝。


「仲河君!?」


 驚き顔を伏せた硝子であったが、目の前に傷だらけで倒れ込んだ晃由の姿を見つけ、すぐさま晃由のもとへと駆け寄っていく。


「大丈夫!?」

「硝子、ちゃん……、なんで……」


 額から血を流しながら、晃由が苦しげな表情で硝子を見る。


「晃……!」


 グランドから朝海が晃由の身を案じるような表情で、晃由と硝子の方に身を乗り出している。そんな二人に目を取られている朝海へと、体毛の形態を変えたばかりの羊が一直線に突進していく。


「あっ、日下部君……!」


 突進していく羊に気付き、硝子が焦ったように声をあげる。その声に促されるように羊の方を振り向く朝海であるが、すでにその全身の鋭い刃は朝海へと迫っていた。


「ああっ……!」

「大丈夫だ」


 焦る硝子の横で、晃由がそっと笑みを零す。


「あの程度の夢喰に、朝海は傷つけられねぇ」

「えっ……?」


 確信に満ちた晃由の言葉に戸惑いながらも、硝子が朝海へと視線を送る。


<朝ナンテ、来ナケレバイっ……! イっ……?>


 朝海へと突進していっていた羊が急に動かなくなった体に戸惑うように、発していた言葉も止める。動きの止まってしまった羊の前には、強い金色の光りに包まれた朝海の姿があった。朝海を包むその光が羊の刃のような毛を止め、突進する羊の巨体を止めたのであった。

 突き刺すような瞳でゆっくりと顔を上げた朝海のその額には、晃由が輝を出した時に右腕に浮かび上がらせたものと同じ、太陽を象ったような赤い紋様が刻まれていた。


「あれはっ」

「“”の印。朝力を操る日の出一族の証」

「日の出一族?」

「ああ。朝海は日の出一族の正統血筋。“日の出の神子みこ”だ」

「日の出の、神子っ……」


 聞き慣れない単語ばかりを耳に入れながら、硝子はまるで目を離すことを許されていないかのように、まっすぐに朝海のその姿を見つめた。


<永遠ニ、夜デイイ……! 朝ナンテ、来ナクテイイっ……!>

「そうかな」


 言葉を口にしながら、必死に体全体に力を込める羊。だが朝海を包む光は、羊の必死の猛攻にも一切揺らがなかった。


「俺は夜寝る時より」


 抑揚のない口調で言葉を放ちながら、朝海がゆっくりと右手を羊へと向ける。


「朝起きた時の方が、百万倍楽しくなるけどね」


 朝海が羊へと向けた右手から強い金光が放たれると、羊の巨体はその光に押されるようにしてグランドのネットを突き破り、前庭に倒れ込んだ。


「すっごい、これならっ……! あ、あれ?」


 思わず歓声をあげた硝子であったが、羊がまだ体を起こせない絶好の機会が巡って来ているというのにまったく次の攻撃の動きを取らない朝海に、その表情を曇らせる。


「なんで攻撃しないの?」

「しないんじゃない。出来ないんだ」


 すぐ横から聞こえてくる答えに、硝子が戸惑うように振り向く。


「出来ない?」

「ああ。神子である朝海は夢喰に手出し出来ない。夢喰に攻撃出来んのは獏だけだ」


 負った傷が痛むのか苦しげに表情を歪ませながら、晃由がその場で何とか立ち上がろうとする。


「だから俺がっ、ううぅ!」

「無理だよ、その傷じゃっ……!」


 立ち上がろうとして再び座り込んでしまう晃由の背を支え、硝子が制するように声を向ける。晃由の手や足から流れる血はまだ止まっておらず、無理に動けば傷口は余計に広がり、晃由の意識すら奪ってしまう状況だ。


「クっ……!」

「あっ!」


 戦おうとする晃由を必死に止めていた硝子が、もう一つ聞こえてくる苦しげな声に振り返ると、いつの間にか起き上がった羊から再び突進を受けた朝海が、体を包む金光で羊の動きを止めながらも険しい表情を見せていた。


「日下部君っ」

「朝海……! ううぅ」


 攻め込まれている朝海の元へ向かおうと身を乗り出した晃由であったが、すぐに表情を引きつり、その場に力なくしゃがみ込んでしまう。

 いくら朝海が羊の攻撃を防げるといっても、晃由がこの状態で朝海が羊を攻撃出来ない以上、羊を倒すことは出来ない。


「どうしたら……」


 困惑の表情で、硝子が誰にともなく言葉を向ける。


「どうしたら……!」


<“…………”>


「えっ……?」


 頭の中に直接響くその声に気付き、俯いていた硝子がゆっくりと顔を上げ周囲を見回す。だが周囲に硝子へと声を掛けるような人物の姿は見つからなかった。


「他の皆は寝てるんだし、誰かなんて居るはずが……あっ」


 視線を再び戻そうとした硝子の視界に入ったのは、すぐ近くの地面に落ちた一本のバットであった。グランドで練習していた野球部のものが、戦闘により起こった風で前庭まで運ばれてきたのだろうか。


「って、今はバットなんて気にしてる場合じゃっ」


<“替われ”……>


「うっ……!」


 再び頭の中を駆け抜けるその声に痛みを覚え、硝子が思わず頭を押さえる。


「な、何っ……、これっ」


 正体不明の痛みに、困惑よりも苦しげな表情を見せる硝子。


<“替われ”……!!>


「……っ!」


 一層強い声が響いたその瞬間、大きく目を見開いた硝子が地面に落ちていたバットを右手に持った。バットを構えた硝子はそのまま、衝突を続けている朝海と羊の元へと歩を進めていく。


「ちょちょちょ、硝子ちゃんっ!? 何する気?」


 その硝子の動きに気付き、晃由が焦った様子で声を掛ける。


「違う。私は硝子じゃない」


 振り返った硝子が、先程までの硝子とは思えない、鋭く射るような視線を晃由へと向ける。


「私は、“灯子とうこ”だ」

「はっ?」


 灯子と名乗った硝子のその言葉の意味がわからず、晃由が少し間の抜けた声を漏らす。

 だが灯子は戸惑う晃由の様子など気にすることなく、再び前方の朝海と羊の方へと視線を戻した。そしてバットを持った右手で、右太腿付近のスカートの裾を軽く持ち上げる。


「うおっ」


 際どく見え隠れする太腿に、思わず期待の声をあげる晃由。


「いっやぁ~、んないきなりサービスショットかまされても困っ……、ああっ!」


 困ったように頭を掻きながらもしっかりと視線は太腿を見つめていた晃由が、灯子の太腿に浮かび上がる見覚えのある紋様に気付き、目を見開く。


「あれは、日の出の印!?」


 灯子の右太腿に浮かび上がったのは、晃由の右腕や朝海の額に浮かび上がったものと同じ、太陽の形を模した黒い紋様であった。


「印があるってことは、硝子ちゃんも俺と同じ……」

「行くぞ」


 灯子が右手に持っていたバットを、浮かび上がったばかりの太腿の印へと当てる。


「“トウ”」


 印に触れたバットは強い光を放ったかと思うと次の瞬間、金色に輝く細身の刀へと姿を変えた。全体が強く輝いているため、どこからが柄なのかもよくわからないが、灯子はその光に満ちた刀を慣れた動きで素早く構えた。

 刀を構えた灯子は、まだ朝海と力比べをしている羊の元へと勢いよく駆け込んでいく。


「何っ?」


 羊の巨体を受け止めながら、こちらへと駆け込んでくる灯子の姿を目に入れた朝海が戸惑うように眉をひそめる。


「何を……!」

「来い、夢喰!」


 焦る朝海を気にすることなく、灯子が挑発するように高らかに羊へと声を掛ける。

 その挑発に乗ったのか羊は朝海を攻める体の向きを変え、その場で勢いよく回転し、こちらへと駆け込んで来ている灯子へと鋭い体毛を次々と飛ばした。


「逃げろ!」


 羊の突進から解放された朝海が、体毛を向けられた灯子の方へと身を乗り出し、必死に叫ぶ。だが灯子は朝海の言葉を聞く素振りもなく、まっすぐにやって来る体毛へと飛び込んでいく。

 険しい表情を見せた朝海であったが、その表情はすぐに驚きの表情へと変わる。

 朝海の忠告も聞かずに体毛の群れへと飛び込んだ灯子は、目で追うことも困難なほどの素早い身のこなしで一本として体に掠めさせることなく、どんどんと体毛を躱していった。


「なんて速さだ。輝よりもずっと速い」


 灯子の動きを見つめ、唖然とした表情を見せる晃由。

 その間にも灯子はすべての体毛を避け切り、羊の元へと辿り着く。


<朝ナンテ、来ナケレバイイ……! 永遠ニ夜デイイ……!>

「くだらない夢だ。本当の夜も知らないくせに」


 巨体を揺らして向かって来る羊を射るように見上げながら、灯子がどこか煩わしそうに声を落とす。


「そんな愚かしい夢、私が斬り裂いてやる」


 灯子がその場で高々と飛び上がり、真っ暗な上空から羊の元へと一気に降下していく。


「“燈”……!」


 羊の背中へと降り立った灯子が目にも留まらぬ速さで刀を振るい、羊を覆った刃のような鋭い体毛を次々とあっという間に斬り落としていく。

 その刀の動きは、まるで意志を持って獲物を狩る獣のようであった。


「すっげ……」


 どんどんと羊の全身の毛を斬り落としていく灯子を、呆然と見つめる晃由。


「終わりだ」

「あっ!」


 体を覆う毛を粗方斬り落とした灯子が、剥き出しになった羊の体へと刃を向ける。その様子に焦りの表情を見せる朝海。


「やめろ!」


 身を乗り出して叫んだ朝海の額の印が強く輝くと、それに共鳴するかのように灯子の太腿の印も強く光り、その光に促されるように刀の振りかぶった灯子の動きが止まった。

 灯子が何度かもがくように体を動かそうとするが、振りかぶった刀はまったく下りて来ない。


「印が主に逆らうことを拒んでいるのか……」


 刀を止められた灯子が、睨みつけるように朝海を見下ろす。


「夢喰一匹倒せない名ばかりの神子に、抗うことも出来ないとはな」


 朝海を見つめたまま不快そうに眉をひそめながらも、灯子がゆっくりと振りかぶっていた刀を下ろす。


「随分と凶暴な獏だな。テルとはえらい違いだ」


 灯子が刀を下ろしたことを確認すると朝海は額の印の輝きを収め、ホッとした様子で肩を落とした。すぐに再び目つきを鋭いものへと変えて、朝海が晃由の方を振り向く。


「晃!」


 灯子にすっかり目を奪われていた晃由が、朝海の呼ぶ声に漸く視線を動かす。


「今だ、喰え!」


 晃由へと伸ばされた朝海の右手から、金色の光の塊が晃由の元へとやって来る。その光を輝が大きく口を開いて喰らうと輝の体からまた光が発せられ、輝が負っていた傷がすべてきれいになくなった。輝の傷が癒えたと同時に、晃由が負っていた傷も消え去る。


「よっしゃ、全快!」


 傷がなくなり、すぐさま立ち上がった晃由が、癒えた体を強調するように軽々と飛び上がり、再び輝の背に乗り込む。


「行くぜ、輝!」


 晃由の声に輝が左右の耳を大きく広げ、その場を飛び出していく。


「硝子ちゃん!」


 上空へと舞い上がった輝の上から晃由が呼びかけると、羊の背中の上にいた灯子が軽々と身を翻して、羊の背の上から飛び降りる。


「今度こそ喰らい尽くすぜ、輝!」


 開いた口から鋭く牙を伸ばした輝が、灯子が毛を斬り落としたお陰で剥き出しとなった羊の背の皮膚へと思い切り咬みついた。


<グアアアアア……!!>


 輝に咬みつかれた羊は激しく叫び声をあげながら、どんどんとその巨体を黒い煙へと変えていく。羊から姿を変えた煙を、大口を開いた輝がどんどんと吸収していく。その姿はまさに喰らっているようであった。


「悪夢のみを喰らう“獏”、か」


 落ち着き払った表情で、灯子がまっすぐに輝を見つめる。


「ふぃー、満腹。ご馳走さんっ」


 すべての煙を喰らった輝の横で、晃由が満足げに腹を叩く。

 巨大羊が喰われた後に残ったのは、羊の額部分に埋め込まれていた西口が入った水晶体だけであった。グランドへと落ちたその水晶体へと、朝海が歩を進めていく。

 やがて水晶体のすぐ前に立つと、朝海はそっと右手を水晶体に触れた。


「悪しき夜に呑まれし夢よ」


 呪文のような言葉を口にすると、朝海の額に刻まれた刻印が強く輝く。

 額の印を輝かせた朝海が金光を帯びた両手をゆっくりと動かし、右手を上方、左手を下方へと伸ばす。すると朝海の胸の前から朝海の両手に沿うように、先の尖った針のような光が浮かび上がった。上に伸びた光の方がわずかに短く、まるで時計の長針と短針のようであった。


「今再び、朝の光りの中に目醒めよ」


 朝海が左右の手の上下を、円を描くようにして変えると、浮かび上がっていた光の針も同じように動いていく。まるで時間が進むように動く針。

 その針の示す時間が十一時半から六時へと変わるように動くと、針が放つ光は一層強くなった。


「“御破夜宇おはよう”」



――――パァァァン!



 朝海の描いた針状の光が刻みこまれるように水晶体に当たると、水晶体がひび割れ、一気に砕け散る。

 水晶体の砕け散る音が響いたかと思うと、そこから舞い上がった光が上空を突き刺し、空を覆っていた暗闇がどんどんと晴れていく。

 星一つ見えなかった暗闇が晴れると、そこには夕方を表す茜空が広がっていた。

 空が明るくなったその時には、羊と輝の攻防により荒れたはずのグランドも倒れたはずのネットも、きれいに元に戻っていた。


「ん、んんっ……」


 水晶体から解放され、グランドに倒れ込んでいた西口がゆっくりと目を開く。


「あれ? 俺、何でグランドに……」


 まだ少し眠たげな瞳で周囲を見回しながら、西口は戸惑うように声を零した。


「え、いつの間にか五時!?」

「一時間もストレッチしちまったぁ」

「どうなってんだぁ?」


 グランドで次々と起き上がった生徒たちが、いつの間にか進んだ時間を見て、皆で首を傾げる。その中で、あちこちと周囲を見回す野球部員が一人。


「あっれぇ〜? なぁ、俺のバット知らね?」

「知るか」

「あっれぇ〜?」


 他の部員に冷たくあしらわれながら、野球部員は大きく首を傾げた。





「ふぃ〜、間一髪」


 校舎裏に隠れ、起きた生徒たちの様子を眺めながら、晃由がホッとした様子で息を吐く。晃由のすぐ傍には朝海と灯子の姿もあったが、輝の姿はなくなっていた。


「夢現空間が消えて諸々元通りになって皆も起きたし、一件落着だな」

「ああ」


 晃由の言葉に素気なく頷く朝海。額に浮かび上がっていた日の出の印も消えている。


「んでぇ?」


 口角を吊り上げた晃由が、鋭く灯子の方を振り向く。


「君は一体、何者なのかなぁ~? 硝子ちゃっ」


 晃由の呼びかけを遮るように、灯子が右手に持っていた刀を勢いよく地面へと落とす。落ちた刀は元のバットの姿へと戻ったかと思うと、真っ二つに割れて砕けた。


「あ、あれ?」


 大きく瞳を瞬かせ、硝子が辺りを見回す。


「あ、あれ? 羊さんは? いつの間にか明るくなってるし、皆起きてるし、あれ?」


 困惑した様子で何度も周囲を見回す硝子を見つめ、晃由が唖然とした表情を見せる。先程まで灯子が持っていた張り詰めた空気は一瞬で掻き消え、そこには柔らかな雰囲気を纏った硝子が居た。


「逃げられたみたいだな」

「ええぇ~、マジで別人格なわけ?」


 肩を落とす朝海の横で、晃由が思わず表情を引きつる。理解し難いが、確かに今目の前に居る硝子は、先程までそこに居た灯子とは外見は同じでも、まるで別人に見えた。


「あ、あの、さっきの羊は? 二人が倒したの?」


 戸惑いの表情で問いかけてくる硝子を見つめ、朝海が少し眉をひそめる。


「羊? 何だ、それは」


 朝海が短く言葉を放つ。


「夢でも見たんじゃないのか?」

「えっ……」


 突き放すようなその言葉に、硝子がまた戸惑いの声を漏らす。


「朝海ぃ~、その設定はさっすがに無理あるんじゃねぇのぉ? 俺、制服とかボロボロだしさぁ」

「階段から落ちたことにしろ」

「しろって、もうすでにこの会話聞こえちゃってるからっ」

「帰るぞ、晃」

「あ、おい!」


 晃由の言葉もろくに聞かずに、朝海が足早にその場を去っていく。


「俺まだ鞄、教室だって! 待てよ、朝海! ん、んじゃあまたねっ、硝子ちゃん」

「あっ」


 硝子にそれ以上、問いかけることを許さないようにすぐさま、朝海と晃由がその場を去っていく。


「夢?」


 朝海の言葉を繰り返し、硝子が首を傾げる。


「どこからが夢……?」


――――待っていて……――――


「こんなにはっきりと、思い出せるのに……」


 耳に残るその言葉を反芻し、硝子はゆっくりとその場で俯いた。




 ※※※




 翌日。


「あら、今日は随分早いじゃない。硝子」

「うん。昨日遅刻になりそうだったから、今日は早起きしてみた」


 八時前、まだ数人しか居ない教室へと登校してきた麗華を、硝子が笑顔で出迎える。硝子は一番後ろの窓から、登校して来る皆の様子を見下ろしていた。


「あら、クマ野郎も居る」


 窓際の一番後ろの席ですでに机に埋もれ、眠っている朝海の姿を見つける麗華。その目元には今日もくっきりと黒い隈が刻まれていた。


「私より早く来てたよ」

「無駄に早起きするから、こんなに隈凄いんじゃなぁ~い? もうちょっと寝て、隈消してくればいいのにっ」


 眠っている朝海の顔を覗き込みながら、麗華が呆れたように肩を落とす。


「おっ、西口、今日は随分と早いじゃないか」


 下方から聞こえてくる教師の声を耳に入れ、硝子が窓の外へと視線を戻す。

 速い時間帯のため、まだそう登校する生徒も居ない中、校舎の入口付近で生活指導の教師に声を掛けられているのは、遅刻常習犯のはずの西口であった。


「いや何か、朝起きんのは夜寝るよりも百万倍楽しいって聞いたんで」

「はぁ? 何だ、それは」


 教師と西口の会話を聞きながら、硝子がそっと笑みを零す。


「何笑ってんの?」

「うん」


 麗華の問いかけに頷きながら、眠っている朝海へと視線を移す硝子。


「やっぱり夢じゃなかったなぁって思って」

「はぁ?」


 嬉しそうな笑みを見せる硝子の言葉の意味がわからず、麗華は大きく首を傾げた。




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