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Dream.07 君はトモダチ 〈4〉 

「どうしよう、これ」

「砕けば消えるだろ、貸せ」


 刀を持ったまま、灯子が水晶体を拾い上げた晃由に左手を差し出す。


「こっち、に……」

「朝海?」


 聞こえてくる弱々しい声に、灯子と晃由が同時に振り向く。全身に汗を浮かべ、苦しげな表情を見せた朝海が茜にも支えられ、何とか上半身を起こして晃由に右手を出していた。


「そのぬいぐるみの夢はもう私が斬ったんだ。わざわざお前が起こす必要はっ」

「まぁまぁ、灯子ちゃん」


 灯子に宥めるように声を掛けると晃由は迷うことなく、灯子ではなく朝海のもとへと水晶体を持っていく。


「お前、大丈夫なのかよ?」

「悪しき夜に呑まれし夢よ」


 晃由に問いかけに答えることなく、水晶体を受け取った朝海が額に日の出の印を輝かせる。


「今再び、朝の光の中に目醒めよ。“御破夜宇おはよう”」


 大きく腕を回すことが出来ないため、親指と人差し指で小さく針を描いて、その金光で出来た針を水晶体へと向ける朝海。針が当たると水晶体が砕け、朝海の手の中に腕の千切れた熊のぬいぐるみが力なく落ちた。

 水晶体が割れたことで夢現空間が消え、あちこち壊れてしまっていた八雲の家が一瞬で修復される。先程まで木の上で眠っていた鳥たちも、いつの間にか雨の止んだ空へと一斉に飛び立った。


「はい……」


 朝海がぬいぐるみを丁寧に八雲に手渡す。朝海からぬいぐるみを受け取ると、八雲は愛おしそうにきつくぬいぐるみを抱き締めた。朝海が囚われた熊のぬいぐるみをわざわざ解放したのは恐らく、八雲のもとに返すためだろう。


「ごめんね。ありがとう、アベさん……」


 そう礼を落とすと、八雲はぬいぐるみを抱いたままその場に倒れ込み、深い眠りに落ちてしまった。


「ありゃりゃ、気失っちゃったか」

「いい加減、脳みそが許容量超えたんだろ」

「無理もねぇ。家の中まで運んでやって、輝」


 晃由の指示に頷いた輝が、耳で器用に八雲の体を掬い上げ背の上へと乗せると、八雲を家の玄関まで運んでいった。

 戻って来た輝の頭を撫でると、晃由が輝を掻き消す。


「あぁー、痛て。んでぇ、お前の調子はどうなわけよ? 朝海」

「別にどうともない」

「どうともないわけないでしょ!」


 しれっと答える朝海に、支えている茜が思わず声を荒げる。


「傷口から夜力が体内に染み込んでる! 速く除去しないと朝力が完全に復活しなくなっちゃうよ!?」

「マジか!」


 茜の説明を聞いた晃由が慌てて朝海に駆け寄る。確かに傷口から入り込んだ夜力の光が、朝海の手足の肌を青黒く染めていた。朝海を包んでいた大量の朝力も今は弱々しい、わずかな光を残しているだけである。

 このままではやがて朝海の体中に夜力が駆け巡り、朝海の中のすべての朝力を消し去ってしまうだろう。そんなことになれば、もう朝海は朝力を復活させることが出来ない。


「参ったなぁ~」

「ガキを庇って戦闘不能とは情けない奴だ」


 晃由の後方に立って、灯子が呆れたように言葉を吐き捨てる。


「何よ、その言い方!」

「まぁまぁ、茜。朝海は人の夢守ることに関しては見境ねぇんだよ。守るためなら何でもやっちまう」


 不満げに声を荒げた茜と灯子との間に割って入った晃由が、朝海をフォローするように言う。


「例え自分が死んでもか?」

「ああ」

「馬鹿げた奴っ」

「仕方ねぇよ。それが朝海の償いなんだから」

「償いっ……」


 かつて朝海の口からも聞いたその言葉に興味を引かれ、灯子が考え込むような表情を見せる。


「とにかく何とかしねぇとなぁ」

「何とかなるのか?」

「ん~、まぁ朝海の実家に戻れば何とか」

「嫌だ」

「嫌ってお前、この非常時にガキ臭いこと言うなよ」


 はっきりと拒否する朝海に、晃由が困ったように肩を落とす。


「どうすっかなぁ~。俺も灯子ちゃんも、もうほっとんど朝力残ってねぇし」

「私が治してあげましょうか?」

「へ?」


 あまり聞き馴染みのないその声に、晃由が戸惑うように振り返る。


「ね、姉さん!?」

「こんにちはぁ、灯ちゃん」


 その場に姿を見せたのは硝子と灯子の姉にして赤槻高校の保健教諭、曜子であった。驚く灯子に、曜子は暢気な笑顔で手を振る。


「誰かと思えば、ウチの学校の美人先生じゃん。あれ、灯子ちゃんのお姉ちゃんだったの?」

「まぁ一応な……」


 今まで知らなかった様子で問いかける晃由に、灯子がどこか浮かない表情で頷く。


「なんで姉さんがここに?」

「ん? 何かね、私のご主人様がそろそろ出番だろうから行ってあげた方がいいって」

「ご主人、様?」


 姉の言葉の意味が理解出来ず、灯子が困惑の表情を見せる。そんな灯子の横を通り過ぎ、ゆっくりと朝海の横にしゃがみ込む曜子。


「誰のことだ? それは」

「まぁ、結構たくさん夜力を浴びたわねぇ」

「無視か!」


 曜子がまるで診察するように、朝海の手や足を確認していく。すっかり無視されてしまった灯子は、不満げに表情を歪めた。


「あなたは治せるのか?」

「ええ」


 訝しげに問いかけた朝海に、曜子が自信を持って頷く。


「日の出の総家には戻りたくないんでしょう? なら、私に任せて」


 事情を知った様子で話す曜子に、朝海が少し警戒するように眉をひそめる。


「さっすが保健の先生、頼りになんぜぇ~!」

「ま、待て!」


 あまり深く考え込まずに嬉しそうに笑顔を見せる晃由の横から、灯子が必死に止めるように声を挟む。


「姉はただの怪我の治療でも下手くそなんだぞ!? 夜力の治療なんて出来るはずがっ」

「大丈夫よぉ~、灯ちゃん」

「灯ちゃん言うなっ」

「治療するのは私じゃないから」

「はっ?」


 表情をしかめていた灯子が、曜子のその言葉に首を傾げる。


「私じゃないって」

「さぁ、出ていらっしゃい」


 おもむろに白衣を広げ、胸元を見せる曜子。白衣の上からではわからなかった豊満な胸元に朝海と晃由が瞳を輝かせる中、曜子の胸元に皆もよく見覚えのある日の出の黒印が浮かび上がる。


「あれは……!」

「俺たちと同じ、日の出の印」

「“ヨウ”」


 皆が驚きの表情で見つめる中、曜子が自分とよく似た名を呼ぶ。その名に反応するように曜子の胸元の印が強く輝くと、その印から金光が飛び出し、飛び出した金光がどんどんと形を変えて獣の姿になっていく。

 姿を見せたのは何とも縁起の良さそうな金色の亀であった。だがただの亀ではなく、その舌はまるでカメレオンのように長く、尾はワニのように逞しく大きい。体長も普通の亀と比べて相当に大きく、盛り上がった甲羅の上に五人は乗れてしまいそうである。


「亀? 亀ワニ? いや、亀レオン?」

「今日もとっても可愛いわね、陽」


 晃由が種族に悩み首を傾げる中、曜子が緩んだ笑顔で陽と呼んだ亀の頭を撫でる。


「可愛くはない」

「うん、可愛くはない」


 灯子の言葉に同意するように深々と頷く茜。


「さぁ、彼を癒してあげて。陽」


 曜子の言葉に頷くと、陽は長い舌をさらに伸ばしてベロベロと朝海の全身を舐め始めた。


「げぇ~」


 舐め回す陽の気持ち悪さに、晃由が思わず顔を引きつる。


「昔からよく言うでしょう? 傷は舐めとけばいいって」

「まぁ言うけど、あんなので本当に夜力の傷が……」

「あっ」


 呆れた表情を見せる灯子の横で、朝海を見つめていた茜が何かに気付いた様子で声を発する。

 朝海の体の陽が舐め回した箇所から徐々に朝力の金光が強まり始め、朝海の体の中に入った夜力を消し去り、さらには朝海の体の傷をも癒し始めていた。


「気持ちい……」


 やがては全身を強い金色の光に包み込んで、余程リラックスしてきたのか朝海が眠たげに瞳を薄めていく。


「うわぁ、マジで治ってるし。すっげぇ」

「陽は治癒能力にとっても優れた獏なのよ。あなたの傷も治してあげましょうか?」

「いや、俺の傷は朝力戻れば自然に消えるんで大丈夫っス」


 曜子の申し出を必死に首を振って拒否する晃由。いくら傷が治るとはいえ、亀だか何だかよくわからない気持ち悪い生き物に体中舐め回されるのは御免であった。


「っていうか、獏飼いだったんだな」


 灯子が鋭い視線を曜子へと向ける。


「ええ、そうよ」

「私たちに言ってくれれば良かったのに」

「言ったって、どうにもしてあげられないのに?」


 穏やかな笑顔で聞き返す曜子に、灯子がどこか苦しげに俯く。


「それはそうと日下部君」


 灯子が俯いたことを確認したところで、曜子が再び朝海の方へと視線を移す。


「今日みたいにあんまり無茶しちゃダメよ。あなたは日の出の神子なんだから、従者の獏飼いのためにも自分の身を守ることを優先させなくちゃ」


 教師らしく助言するように、曜子が優しく言葉を向ける。


「私のご主人様も、あなたをとっても心配してる」


 曜子の言葉を聞いた朝海が、少し眉をひそめる。


「そうか。あなたはあの人の……」


 何かに気付いた様子で、まっすぐに曜子の方を見る朝海。


「でも俺は、人の夢を守るためにここに居る、から……」


 眠たげな朝海の瞳が、ゆっくりと閉じられていく。


「これが俺の、償い、だから……」


 その言葉を最後に朝海は完全に瞳を閉じ、亀にベロベロと全身を舐められた状態のまま静かに眠りについた。


「こんなに深く傷ついて、一体、誰に対しての償いなのかしらねぇ」


 困ったような笑みを浮かべる曜子の後ろで、右手に持っていた木の枝を落とし灯子が硝子に戻る。


「“償い”……」


 朝海が再び発したその言葉を繰り返し、硝子はそっと表情を曇らせた。




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