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Dream.06 体育祭で自己主張 〈3〉

 呼びに来た晃由と共に朝海、硝子がグランドへと戻ると、先程まで賑やかに勝負を繰り広げていた生徒たちは皆倒れ込み、深く目を閉じて眠り込んでいた。


「皆がっ……!」

「夢喰はどこに……痛たた」


 焦る硝子の隣で、朝海は寝違えた首を押さえながら周囲を見回し夢喰の姿を探す。


「あ、居た!」


 晃由の声に朝海と硝子が同時に振り向く。晃由が指差したのはグランドの中央に描かれたトラックの周りを、物凄い勢いで駆け抜けている一頭の馬の姿が見えた。


「馬か」

「馬だね」


 朝海と硝子が駆け抜ける馬を目で追いながら短く言葉を交わす。目にも留まらぬ速さでトラックを駆け回っているためじっくりと見ることは出来ないが、普通の馬よりも二回り程大きく、全身黒一色で瞳は赤く鋭い。額に水晶体が埋め込まれていることも何とか確認出来た。


<俺ダッテ、足ノ速イ奴ニ生マレタカッタ>


 馬が発するその声に硝子たちが耳を傾ける。


<俺ダッテ、誰ヨリモ速ク走レルヨウニナリタイ!>

「成程、それで馬か」

「でも一体、誰の夢なんだろう?」


 馬の言葉に納得した様子で頷く朝海の横で、硝子が必死に目を凝らし水晶体の中に眠る人物を見つめる。


「赤いハチマキは見えるんだけど」

「ありゃあウチのクラスの雨宮クンだな」


 硝子と同じように目を凝らして水晶体を見つめながら、同じ赤色のハチマキをした晃由が中に居る人物を断定する。


「雨宮?」

「ああ。足遅いのにジャンケン負けて混合リレーの選手になっちまったもんだから、相当落ち込んでたなぁ。そういえば」

「それで速く走れるようになりたい、か」


 晃由から雨宮の話を聞いた朝海が、もう一度納得した様子で頷く。


「大一番のリレーも控えてっし、とにかくとっとと喰っちまうかぁ、輝!」


 左腕に浮かび上がった日の出の印に右手を触れ、晃由が輝を出現させる。


「ちょっと待って、仲河君!」


 早速輝の背に乗りトラックを駆け抜けている馬へと向かっていこうとする晃由に、硝子が止めるように声を掛ける。


「こんなに皆が寝てる中で馬さんと戦ったりしたら、怪我人が出ちゃうよ!」

「あ、そっか」


 冷静な分析を行う硝子とは対照的に、今気付いたとばかりに手を叩く晃由。


「朝海、どうする? どっか移動すっか?」

「あんな暴れ馬、移動させるだけでも怪我人が出る」


 晃由の問いかけに朝海が落ち着き払った声を返しながら、額に赤々と輝く日の出の印を浮かび上がらせる。まだ動きの鈍い首を左右に振りまっすぐに伸ばして真剣な表情を見せると、朝海は全身に眩いばかりの金色の光を纏い、その光を両腕に集約させた。


「“あけぼの”」


 朝海が光を纏った両手を突き上げると、光は一気に空へと駆け上がりまるで花火のように勢いよく砕け散った。散った光がグランドで眠っている生徒一人ひとりに落ち、誰も余すことなく全員を優しく包み込む。


「凄い。一瞬で全員を」

「さっすが」


 感心する硝子の横で、晃由が嬉しそうな笑顔を見せる。


「あまり長い間はもたない。早く喰ってくれ、晃」

「あいよ!」


 朝海の言葉に大きく頷き、晃由が輝と共に馬の元へと駆け抜けていく。


「私もっ」


 鋭い表情を作って周囲を見回す硝子。刀の代わりとなるものを探す硝子の目に入ったのは、グランドに落ちている順位を示す番号の入った旗であった。すぐにその旗に目をつけ、硝子が旗の元へと駆けていく。


「馬肉喰らうぜぇ~、輝!」


 長い耳を左右に大きく広げ、半分浮き上がるような状態で一気に馬の元へと駆けていく輝。晃由の言葉に応えるように大きく口を開き、輝が馬へと牙を長く伸ばす。


<足ノ速イ奴ニ、足ノ遅イ奴ノ気持チガワカッテタマルカァー!>

「ありっ?」


 自棄にも聞こえる叫び声をあげながら、一気に駆け抜ける速度を上げる馬の予想外の動きに、伸ばした輝の牙が空を切る。空振りした輝の牙がグランドへと突き刺さり前のめりの態勢となると、晃由が振り落とされないように必死に輝の背に掴まりながら少し間の抜けた声を漏らす。


<ワカッテタマルカァー!>

「いや、今は十分に足速いと思うけど」


 あっという間に遠ざかっていく馬の背を見送りながら、晃由が思わず呟きを落とす。


「あれくらい追い付けなくてどうする」

「んあ?」


 上から降りてくる声に、晃由が顔を上げる。上空から晃由の元へと舞い降りてきたのは、右手に金光を纏った刀を持った灯子であった。


「灯子ちゃん、上からの登場ならスカートの時にしてくれればいいのに」

「くだらないことを言うな」


 残念がる晃由の横へと、冷ややかな視線を向けながら降りて来る、体育祭のため今日は体操着姿の灯子。


「思いっきり牙を抜け、輝」


 灯子がまるで主人のように偉そうに輝へと指示を送る。輝もまたその指示に素直に従い、グランドに突き刺さった牙を勢いよく抜く。その反動で反り上がった輝の背の上から、刀を構えた灯子が後方へと飛び出していく。

 灯子が飛んだその先へと、丁度トラックを回って来た馬が突っ込んでくる。


「速いんなら止めればいいだけの話だ」


 トラック上へと着地した灯子が刀を横へと構え、駆け込んでくる馬の右足を狙って勢いよく刀を振り切る。灯子のことなど気にせずにそのまま突っ込んできた馬の右足が、灯子の振り切った刀と正面からぶつかり合う。

 だがぶつかった瞬間、刀に重く圧し掛かる力にすぐに灯子の表情が歪む。


<負ケルクライナラ、恥ヲカククライナラ、体育祭ナンテブッ潰シテヤルゥー!>

「うあっ!」


 勢いよく声を張り上げた馬に押され、灯子がトラック内へと弾き飛ばされる。


「灯子ちゃん!」


 晃由が輝と共に回り込み、弾き飛ばされた灯子を大きなその背で受け止める。


「大丈夫? 灯子ちゃん」


 背の上に倒れ込んだ灯子へと手を貸しながら、晃由が心配そうに声を掛ける。


「悪い」


 晃由の手を借りて起き上がりながら、短く礼を言う灯子。その灯子の言葉に、晃由が目を丸くして何度も大きく瞬きをする。


「灯子ちゃんてお礼とか言えるんだ」

「お前から斬ってやろうか……?」


 感心したように言う晃由に、灯子が睨みつけるような視線を送る。


<足ノ速イ奴ナンテ嫌イダァー! 体育祭ナンテブッ潰シテヤルゥー!>

「しっかし、さすが馬。すっごい脚力だよなぁ」

「だが何とかして捕まえないと」


 灯子に止められることなく引き続きトラックを駆け回っている馬を目で追いながら、晃由と灯子が厳しい表情を見せる。今は綺麗にトラックを辿っているが、馬がグランド内を全速力で駆け抜ければ、グランドに倒れている皆が吹き飛ばされてしまう。


「晃」


 朝海の呼ぶ声に、晃由がすぐに振り向く。

 晃由が振り向くと、そこには晃由に向けて右手を伸ばし、その手に金光を集約させている朝海の姿があった。向けられた朝海の手に、晃由が戸惑うように首を傾げる。


「え、俺? 別に怪我とかしてねぇから朝力の補給ならいらねぇけどぉ?」

「違う」

「へ?」


 否定する灯子の声に晃由がまた首を傾げる。


「一発勝負だ。角度を間違えるなよ、輝」


 朝海の考えを知った様子で輝に言葉を掛ける灯子。輝もまた灯子の言葉を理解した様子で鋭く頷く。


「あれ? 何、この俺だけわかってない感じ」


 一人蚊帳の外状態の晃由が少し寂しげに言葉を落とす。


「行くぞ、“黎明れいめい”」


 晃由が理解していない状態のまま、特に気にすることもなく朝海が輝に向かって金光の塊を放つ。朝海から放たれた朝力の塊はいつものように輝に朝力を補給することなく、そのまま輝に衝突し輝の体を勢いよく押し出した。


「うお!」


 一気に前方へと押し出される輝の体に、背の上に乗っていた晃由が思わずバランスを崩しかける。


「成程、そういうことね」


 態勢を整え直しながら、やっと作戦を理解した様子で笑みを零す晃由。


「輝!」


 晃由が呼びかけると輝が長い耳を一層長く大きく伸ばし、前方へと移動しながらその耳を左右に限界まで振り上げる。


「準備はいい? 灯子ちゃん」

「いつでも来い」


 輝の背の上から頭の上へと移動した灯子が、晃由の呼びかけに堂々と答える。


「んじゃあ、思いっきり行くぞ! 輝!」


 灯子の答えを確認した晃由が、大きく右手を振り上げる。

 その晃由の右腕の動きに合わせるように、輝が左右に限界まで伸ばしていた耳を一気に頭部側へと戻すと、巻き起こった風に乗り、輝の頭の上から灯子が飛び出していく。

 弾丸のように飛び出した灯子の向かう先へと、トラックを回りながら駆けて来る馬。馬へと鋭い視線を送りながら、灯子が刀を握る右手に力を込める。


「全力で行くぞ、“トウ”!」


 灯子の呼びかけに刀が一層の金光を放つ。勢いよく駆け込んでくる馬へと、灯子が恐れることなく正面から突っ込んでいく。


<体育祭ナンテェェー!>


 がむしゃらに叫び声を発している馬の右足へと、先程と同じように刀を振り切る灯子。だが先程とは違い、今度は力負けすることなく灯子の刀が馬の右足を押し切った。

 バランスを崩した馬がトラックの丁度角の辺りで、勢いよくグランドに倒れ込む。


「ク……!」


 馬は倒した灯子であったが、自分の勢いを殺すことが出来ずにそのまま滑り込むようにしてグランドへと倒れ込む。その際に刀が灯子の右手から落ちる。


「あっ」


 ハッとした表情となって灯子から戻る硝子。硝子のすぐ傍には刀から戻った旗が、ボロボロに折れて地面に落ちていた。


<俺ハ、俺ハ体育祭ヲ……!>

「ハイハイ、逃がさないよぉ」


 立ち上がろうとした馬の上へと馬乗りになって、馬の動きを止める晃由と輝。


<負ケルクライナラ、恥ヲカククライナラ、体育祭ナンテブッ潰スンダァー!>

「シャンデリアちゃんのポスターが懸かってんのに、縁起でもねぇこと言うなよ。まだA組が負けるなんて決まってねぇだろ?」

<足ノ速イ奴ニ俺ノ気持チナンテ、ワカラナインダァー!>

「そりゃあ俺はクラスでもスバ抜けて足速いけどさぁ」


 嘆きのような叫びを繰り返す馬に、晃由が困ったように頭を掻く。


「どうせ潰すなら本当に負けて、本当に恥をかいてからにしたらどうだ?」

「朝海」


 晃由が困っていると、そこへまだ痛いのか首を押さえながらゆっくりと朝海が歩み寄って来た。


<足ノ遅イ奴ノ気持チナンテ……!>

「足が遅いことよりも」


 馬の叫びに重ねるように、朝海が落ち着いた声を発する。


「皆で頑張ろうとしている勝負を一人で勝手に諦めることの方が、よっぽど恥ずべき行為だと思うけど」

「……っ」


 朝海のその言葉を少し離れた場所で聞いていた硝子が、思い当たるところがあるように険しい表情を見せる。

 馬にもまた朝海のその言葉が強く響いたのか、馬はそれ以上叫ぶことも暴れることもせず大人しく項垂れるように俯いた。


「晃」

「ああ。喰らえ、輝!」


 朝海の言葉に頷いた晃由が輝へと呼びかけると、輝は鋭く牙を伸ばし、その牙を下方にある馬の背へと垂直に突き刺した。馬の体がどんどんと黒い煙と化し、その煙を欠片も残すことなく輝が喰らっていく。

 そして残った雨宮を捕らえた水晶体の前に、静かに朝海が立った。


「悪しき夜に呑まれし夢よ、今再び、朝の光の中に目醒めよ」


 左右の腕に金光の針を浮かび上がらせた朝海が、ゆっくりとその針を回していく。


「“御破夜宇おはよう”」


 朝海の放った針が水晶体へとぶつかると、水晶体は大きくヒビ割れ砕け散った。水晶体の中から解放された雨宮が力なくグランドに倒れ込む。

 夢現空間が終わり、輝が牙を突き刺したことにより出来たグランド上の穴や、馬が何周も駆け回ったせいですっかり乱れてしまっていたトラックの白線がすべて元通りに戻った。


「あれ? もうこんな時間?」

「進行時間二十分も遅れちゃってる。急いで大玉転がしの準備しないと!」


 朝海による朝力の防御壁が掻き消えると、夢現空間から解放され眠りから覚めた生徒や教師たちが次々に起き上がり、いつの間にか進んだ時に焦りの表情で各自動き始める。


「ん、俺……」


 ゆっくりと瞳を開いた雨宮が、どこか戸惑った表情で周囲を見回す。


「あれ? 俺、水道場に居たはずじゃ」

「雨宮クン!」

「仲河」


 起き上がったばかりの雨宮へと駆け寄ったのは、すでに輝を消し去った様子の晃由であった。


「もうすぐリレーだし、一緒に準備体操しようぜぇ~!」

「え、でも俺っ」


 晃由に手を貸され立ち上がった雨宮が、少し困惑した表情で晃由を見る。


「急に走って足攣っても困るだろ? まずは完走第一! な?」

「あ、ああ」


 晃由の満面の笑顔に逆らう気力も起きなかったのか、雨宮は素直に頷くと晃由と共にA組の仲間の待つ場所へと駆けていった。

 その背を見送り、朝海がどこかホッとしたように肩を落とす。


「ありがとう」


 朝海の横へとやって来た硝子が、笑みを浮かべて雨宮の背を見送りながら朝海へと礼を向ける。その言葉に戸惑いの表情を見せる朝海。


「何か礼を言われるようなことをしたか?」


 振り向いた朝海を見つめ、また少し口元を綻ばせる硝子。


「私も私の勝手な事情のせいで、皆の勝負を一人で諦めるとこだった」


 先程朝海が雨宮へと向けた言葉と重ね合わせるように、硝子が言葉を放つ。


「私走るから、一緒に優勝目指して頑張ろう。日下部君」

「ああ」


 晴れやかな笑顔を見せる硝子に、朝海は安心したように笑みを浮かべて頷いた。




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