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Dream.06 体育祭で自己主張 〈2〉

 その後、実行委員の頑張りもあってか、体育祭はプログラム通りに順調に進んだ。昼休みに一瞬だけ起きた朝海は無事にトモが届けた弁当を食べ切り、またすぐ午後の眠りについた。

 そして午後の競技もどんどんと進み、二年の競技も後は大玉転がしと男女混合たすきリレーを残すのみとなっていた。


「うぅーん、残り二種目で得点差十六点かぁ」


 実行委員たちの待機テントの横に置かれた大きな掲示板に記された、各学年各クラスの現時点での得点を見て麗華が気難しげに首を捻る。硝子や麗華の二年D組は現在二位。総合得点わずか十六点差で二年A組に負けていた。


「凄く強いよね、A組」

「ええ、何か異常な盛り上がりを見せてるわ」

「よっしゃあ! 絶対優勝するぞ、A組! シャンデリアちゃんのポスターはA組のものだぁ!」


 A組の生徒たちの中央で大きく手を振り上げている晃由を見ながら、麗華が肩を落とす。


「すっかりムードメーカーだなぁ、仲河君。とても先月からの転入生には見えない」

「A組はともかく、問題はウチよ。この得点差を引っくり返すには、得点の高い混合リレーで何としても勝つ必要があるわ」

「何かやる気に満ちてるね、麗華ちゃん」


 いつになく真剣な表情を見せている麗華に、硝子が少し驚いた顔となる。


「そんなにシャンデリアちゃんのポスター欲しいの?」

「いるわけないでしょ、シャンデリアのポスターなんて! ポスターはいらないけど私負けず嫌いだから、このままあっさり負けるのは何か癪なのよね」

「確かに、ここまで来たんだし折角なら優勝したいよね」

「水無月君」


 その場へと現れたのは水無月や他のD組の生徒であった。皆、水無月の言葉に賛同するように大きく頷いている。


「よし、意地でも勝ちにいくわよ。花崎先生!」


 皆の賛同により一層やる気を漲らせた麗華が、横のテントで実行委員たちに指示を与えているD組の担任の体育教師花崎の元へと駆け寄っていく。


「何だ、相原」

「残り二種目の出場生徒を交替したいんですけど」

「ダメだダメだ。出場生徒の当日変更は体調不良でもない限り認められん」


 麗華の訴えを、花崎があっさりと首を横に振って退ける。花崎の返答はある程度予想していたのか、特に言い返す素振りもなく、麗華はそのまますぐ横の救護テントで待機している硝子の姉、曜子の元へと歩み寄っていく。


「あら、相原さん」

「曜子先生、お願いがあるんですけど」


 おっとりとした笑顔を見せた曜子の耳元で、何やらこそこそと呟きを落とす麗華。その言葉に大きく頷くと、曜子が立ち上がり花崎の元へと向かっていく。


「花崎先生」

「よ、曜子先生!」


 曜子が笑顔で声を掛けると、花崎が背筋を伸ばし、緩い笑顔で一気に色めき立つ。


「もしD組が優勝したら是非、賞品のタダ券で一緒にお食事させて下さい」

「も、勿論であります!」


 ただ奢りを要求しているだけの曜子の言葉に、花崎は何とも嬉しそうな笑顔で敬礼して見せる。


「二年D組諸君、全力で優勝を狙いに行くぞぉー!」


 今まで見せたこともないやる気を漲らせ、花崎が拳を突き上げる。


「出場生徒の交替を認める。相原、何が何でも勝ちに行け」

「了解っ」


 花崎の指示に、麗華が自信満々にピースサインを向ける。


「さぁーて、担任の許可も出たことだし、何が何でも優勝獲りに行くわよー」

「麗華ちゃん……」


 姉まで利用した麗華の強かさに、硝子が思わず表情を引きつる。


「でも勝ちに行くってどうするの? 日下部君をアンカーから外すとか?」

「あいつはアンカーのままでいいわ。大玉転がし出る男子に足速そうな奴はいないし、シャンデリア使えば全力で走りそうだし。それよりも」


 麗華が集まって来た生徒の中から、化粧の分厚いジャージ姿の似合っていない女子生徒を指差す。


「あんた、確かリレーの第四走者だったわよね? 硝子と競技入れ代わりなさい」

「えっ……」

「ええぇー!?」


 硝子よりも先に、その化粧の濃い女子が不満げな声をあげた。


「嫌よぉ。大玉転がしなんてダサいしぃ、それに私、水無月君と一緒にリレー走って終わった後にハイタッチしたいしぃ」

「大丈夫」


 色々と不満を並べる化粧の濃い女子へと、麗華が力強く言葉を向ける。


「大玉転がし頑張ったら、水無月が熱い抱擁してくれるって。ねっ?」

「えっ」


 あまりの無茶振りに思わず表情を引きつる水無月であったが、麗華のその有無を言わさぬ視線が拒むことを許さなかった。


「う、うん。いい、よ」

「マジぃ~? ならウチ、超頑張って大玉転がすしぃ~!」

「よしっ」


 笑顔でウキウキと腰をくねらせる化粧の濃い女子を見て、麗華が小さくガッツポーズを見せる。


「というわけで頼んだわよ、硝子」

「というわけでって、麗華ちゃん!」


 振り向いた麗華に硝子が批判的な声をあげる。


「ダメだよ、私なんて。もっと他にもリレー走りたい人がっ」

「あんたがクラスの女子で一番足速いんだから、勝ちに行くにはあんたが走るのが一番でしょうが」

「けどっ」

「これはあんたの希望じゃない。クラス全員の希望なの」


 険しい表情を見せる硝子の肩を、麗華が力強く叩く。


「だから頼んだわよ、硝子」


 もう一度同じ言葉を繰り返した麗華に、硝子は頷きを返すことが出来なかった。




 ※※※




「はぁ、どうしよ」


 結局麗華にはっきりと言えぬまま、麗華が編み出した適当な理由により硝子は大玉転がしから混合リレーへと出場が変更となった。実行委員の仕事があるためその場を一旦離れ、ライン引きを倉庫へと戻しに行った帰り道、倉庫から前庭を通って再びグランドへと向かいながら、硝子が深々と溜息をつく。


「私の希望なんて通っちゃいけないのに」


 俯いた硝子がどこか思い詰めた表情を見せる。


――――硝子は行きたい! 絶対今日行くの!――――


「私は希望なんて、持っちゃいけないのに……」


 子供の頃の自身の言葉を思い出し、硝子はそっと目を閉じる。


「ん? あれ?」


 ゆっくりと瞳を開いた硝子が、前方に校舎の壁にもたれかかるようにして眠っている朝海の姿を見つけ、戸惑いながらもすぐに朝海の方へと駆け寄っていく。


「日下部君? なんでこんなところに。まさか落ちた、とか?」


 朝海の眠るその場所の真上に二年D組の教室の窓があることに気付き、硝子が表情を引きつる。だが見たところ朝海は怪我をした様子もなく、いつも通りすやすやと心地よく眠っている。もう朝から随分と眠ったからか、目の下の隈は薄くなり始めていた。


「そろそろリレーだから起こさないと」


 眠る朝海の前にしゃがみ込み、視線を合わせるようにして硝子がまじまじと朝海を見つめる。


「“償い”……」


 朝海が発した言葉を思い返し、硝子がまた表情を曇らせる。


「そうだ。これは、私の償い」


 自分を戒めるようにそう言って、硝子が自身の胸へと手を当てる。


「やっぱり大玉転がしに戻してもらおう。リレー走りたい人がいるのに、私が走るなんてダメだよ」


 麗華の元へと向かうべく、硝子がその場で再び立ち上がろうとする。


「なんで?」

「え?」


 踏み出されようとしていた硝子の足は、眠っていたはずの朝海が発した短い問いかけにより止まった。戸惑った表情で硝子が振り返ると、いつの間にか目を覚ました朝海がまっすぐに硝子を見上げていた。


「日下部、君」

「なんで他の人間の希望は通って、君の希望は通ったらいけないんだ?」

「それ、は……」


 答えに詰まり、硝子が思わず俯く。


「彼が言ってたな。それが君のいいところだって」


 ゆっくりとその場で立ち上がりながら朝海が言葉を発する。それは先週、水無月が硝子へと向けた言葉だった。


「あの時、起きてたの?」

「夢の中で聞いた、ような気がする」


 驚いた様子で聞き返す硝子に、朝海が何となく曖昧な答えを返す。


「でも俺は、それは君のいいところじゃないと思う」


 はっきりと否定する朝海に、硝子が眉をひそめる。


「俺は、自分の希望より他人の希望を優先する人間よりも、自分の希望をはっきりと口にして、それをやり通すことの出来る人間の方がよっぽど魅力的だと思う」


 どこか強く力を持って主張される朝海の言葉を耳に入れ、硝子が気難しげな表情でそっと俯く。朝海の言葉の通りだと思うからこそ、硝子は何も言うことが出来なかった。


「あの」

「それはさておき」


 重なるようにして聞こえてくる朝海の声に、硝子が顔を上げる。


「さっきから、すごい勢いで首が痛いんだが」

「えっ、まさか本当に教室から落ちたの!?」


 動きの鈍い首をゆっくりと左右に動かす朝海に、一気に焦りの表情となる硝子。


「大変! お姉ちゃん呼んでくるから、ちょっとここで待ってて!」


 朝海にそう告げると、硝子はすぐさまその場を駆け出していった。


「本当に足速いんだな」


 あっという間に小さくなっていく硝子の背中を見送りながら、朝海は暢気に呟いた。






 その頃、グランド横の水道場。


「はぁ、何だって、足のすっげぇー遅い俺がリレーの走者なんだよ」


 特に汚れている様子もない手を何度も洗いながら、赤いハチマキをした眼鏡の青年が憂鬱そうに言葉を落とす。


「ジャンケンで負けただけだってのに、このプレッシャー半端ねぇだろ。俺のせいで優勝逃したとか言われたら、どうしてくれんだよ」


 水の流れる音に混じって、次々と憂鬱な言葉を落としていく青年。


「はぁ~あ。何で俺、運動音痴のくせに、こんな無駄に体育祭の多い学校入っちまったんだろ」


 ようやく水を止め、青年が水に濡れた手を何度も振って水を払う。


「はぁ~あ。体育祭なんてぶっ潰れてくれればいいのに」

<イイネ、ソノ夢>

「へ?」


 どこからともなく聞こえてくるその声に、青年が顔を上げ周囲を見回す。だが水道場には青年の他に人の姿はなかった。


「気のせい、か」

<ソノ夢、僕ガ叶エテアゲル>

「うっ……!」


 再び聞こえてくる声と共に、青年の体から黒い光が噴き上げる。


<“御夜棲魅オヤスミ”>

「う、うあああああ!」


 水道場に青年の叫び声が大きく響き渡った。




 ※※※




「うぅーん、これは寝違えね」

「寝違え?」


 朝海の首を両手で触りながら冷静にそう診断する曜子に、硝子が思わず首を傾げる。


「鞭打ちとかじゃなくて?」

「うん、違うと思うわ」

「本当に?」

「大丈夫よぉ。お姉ちゃん、治療は下手だけど診察は得意だから」


 疑いの視線を向ける硝子に、曜子が相変わらずおっとりとした笑顔を見せる。


「だ、だって二階から落ちたんだよ? そんなただの寝違えで済むはずっ」

「俺は別に落ちてないぞ」

「へ?」


 まだ鈍い動きで首を振りながら、朝海が硝子へと言葉を向ける。


「え、でも落ちてないなら、なんでこんなところで寝てたの?」

「グランドに行こうとしたら、途中で眠気に耐えられなくなっただけだ」

「何だ、良かったぁ」


 朝海の答えを聞いた途端、安心したように硝子が胸を撫で下ろす。


「少ししたら治るわよ。リレーも十分走れると思うわ」

「そっか」


 曜子の言葉に硝子が嬉しそうな笑みを見せる。


「私もようやく起きてる日下部君を見られて良かった」

「え?」


 笑顔の曜子に視線を向けられ、朝海が不思議そうに首を傾げる。以前、水無月の蹴ったサッカーボールが顔面に炸裂した際に朝海は曜子の治療を受けているのだが、その時はすっかり眠りこけていたため、朝海は曜子のことを覚えていない様子であった。


「朝海、硝子ちゃん!」

「晃?」


 そこへグランドの方から、焦りの表情を見せた晃由が勢いよく駆け込んで来る。


「グランドの皆が急に眠っちまった、夢現空間だ! 誰かが夢喰ゆめばみに夢を喰われたらしい!」


 晃由の言葉に同時に険しい表情を見せる朝海と硝子。すぐに朝海と硝子は目を合わせ、真剣な表情で頷き合う。


「行こう」

「うん!」


 短く言葉を交わすと、朝海と硝子が晃由の元へと駆け出していく。


「痛たたたっ」

「だ、大丈夫?」


 走りながら寝違えた首を押さえる朝海を、硝子がどこか不安げに見つめる。

 遠ざかっていく二人の背を見送りながら、そっと笑みを零す曜子。夢現空間が出たというのに、曜子は眠りにつく気配がない。


「頑張ってね、“日の出の神子”さん」


 そう呟きを落とし、曜子はどこか楽しげな笑みを浮かべた。




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