Dream.04 夢なんか見ない 〈3〉
「日下部君、その部屋に何か棒状の物ない?」
起き上がった硝子が、晃由が孔雀の気を引いている間に衣裳部屋の扉付近に立つ朝海へと小さく声を掛ける。硝子が灯子に替わろうとしていることを察し、朝海がすぐに部屋の方を振り返る。
「何か……、あっ」
振り返った朝海が目にしたのは、眠る麗華が手にしている桃の飾りのついたステッキであった。ステッキを渡す演技の練習をしている時に夢現空間が発生したため、そのまま寝てしまったのだろう。
「これなら十分か」
ステッキの長さを確認した朝海が、麗華からステッキを取ろうと手を伸ばす。だが余程しっかりと握り締めているのか、なかなかステッキは麗華の手から離れなかった。
「しつこい女だな」
ステッキを離そうとしない麗華に、朝海が困った顔を見せる。
「うわあああ!」
「あ、仲河君!」
再び羽根の一斉攻撃を浴び、床へと叩き落される輝と晃由。
<私ガ一番……>
晃由を心配し思わず身を乗り出した硝子の声に反応し、孔雀がまた硝子へと嘴を開く。狙われていることに気付き、険しい表情を見せる硝子。倒れ込んだままの晃由はまだ起き上がる気配がない。
「マズイな」
その様子を見た朝海が険しい表情となり硝子のもとへと向かおうとするが、ふと思いついたような表情となり足を止める。
「そうだ」
眠る麗華のすぐ傍へとしゃがみ込んだ朝海が麗華の顔面へと右手をかざし、額の日の出の印を輝かせる。
「朝の光の中に目醒めろ、“御破夜宇”」
「んっ……」
朝海が放った金光に包まれると、眠っていたはずの麗華がゆっくりとその瞳を開く。
「私……」
「起きたか」
「え、クマ野郎?」
麗華が起き上がりながら、目の前にある朝海の顔を無遠慮に見つめる。隈の薄れた朝海の顔を見るのは、麗華にとって初めてのことであった。
「クマないと、そこそこイケメンじゃない」
「ううぅ!」
「え、硝子!?」
響く悲鳴に麗華が視線を扉の向こうのスタジオ内へと移す。スタジオ内には硝子が孔雀から向けられた黒光を必死に避けている姿があった。
「な、何よ。あの孔雀! どうなってんの。これ夢っ?」
ドラマの撮影以上に現実離れした目の前に広がる光景に、麗華が戸惑いの表情を見せる。
「う、ううぅ」
倒れ込み何とか起き上がろうとしている硝子へと、孔雀がさらに翼を広げる。翼を広げた孔雀を見上げ、一層険しい表情を見せる硝子。
「硝子っ」
「親友の危機だ」
険しい表情の硝子に思わず拳を握り締めた麗華へと、朝海が真剣な眼差しを向ける。
「全力でそれを投げろ」
「はっ?」
そう言って麗華の持つステッキを指差す朝海に、麗華が大きく表情をしかめる。
「何言ってんのよ。これはただの小道具よ? 投げたってドラマみたいに形勢逆転出来るわけじゃっ」
「大丈夫だ」
困惑する麗華へ、朝海が確信に満ちた声を向ける。
「俺の言葉と、君の親友を信じろ」
朝海が放ったその言葉は妙に圧があり、麗華はそれ以上何かを言い返すことはしなかった。
意を決した表情でステッキを握り直した麗華が、その場で立ち上がり衣裳部屋の扉を出てスタジオの中へと入っていく。孔雀が硝子へと無数の羽根を放つ中、緊張を押さえるように一つ息を吐いた麗華が、大きく口を開いた。
「硝子!」
スタジオ中に響き渡るその大きな声に、硝子や晃由、孔雀までもが一斉に麗華へと視線を向ける。
「麗華ちゃん?」
「硝子、受け取って!」
全力の大声で叫びあげ、麗華がステッキを硝子へと投げる。
「あれはっ」
こちらへと飛んで来るステッキに、硝子が思わず目を見開く。瞬時に自分のやるべきことを理解した硝子はすぐに立ち上がり、羽根を避けるのではなく飛んで来るステッキへと手を伸ばした。
ステッキを右手にしっかりと掴むと、硝子が目つきを鋭く変える。
「行くぞ、“燈”」
硝子から切り替わった灯子がすぐに太腿に日の出の印を浮かび上がらせ、今日は赤チェックのミニスカートを少し持ち上げて、その印にステッキを当てる。
印に触れたステッキは派手な桃色から、金光に包まれた刀へと姿を変えた。
「避けるまでもない」
降り注ぐ無数の羽根を見上げ、灯子が強気に言葉を発する。
「一枚残らず斬る!」
灯子が構えたばかりの刀を上方へ向けて勢いよく振り切ると、そこから放たれた金光の一閃が灯子の宣言通り、降り落ちて来た孔雀の羽根を一枚残らず斬り裂いた。
灯子の力に怯んだのか、孔雀が一瞬戸惑った動きを見せる。
「カッケェ、灯子ちゃん! 麗華ちゃんもナイスアシスト!」
晃由が輝の背の上で、まるで見物客のように嬉しそうに歓声をあげる。
「晃!」
孔雀が攻撃の手を止めているその隙に、朝力の塊を晃由へと向ける朝海。朝海の朝力を受け取ると晃由と輝の傷が癒え、輝は全快したことを示すように大きく両耳を広げた。
「おっし!」
「来い、晃由!」
回復したばかりの晃由を、灯子が刀を振り上げて偉そうに呼びつける。だが晃由は特に逆らうこともなく素直に灯子の元へと駆けつけた。駆けつけた輝の背の上へと灯子が飛び乗ると、輝はそのまま床を蹴り上げ上空に居る孔雀のもとへと舞い上がる。
空中で牙を伸ばし孔雀に飛び掛かろうとする輝であったが、孔雀は翼を広げ、また軽々と輝を避けた。あっさりと輝の攻撃をかわした孔雀が、得意げに翼をはためかせる。
「甘いんだよ」
輝の背の上から飛び上がった灯子が、孔雀の頭部のすぐ上へと姿を見せる。
孔雀が驚きの様子を見せる中、灯子は勢いよく刀を振り下ろし孔雀の頭部を叩いて、そのまま孔雀を床へと突き落とした。
<グウウゥ!>
床に叩き落された孔雀が苦しげに声を漏らす。
「やったぁ、硝子! 夢にしたってすっごぉーい!」
孔雀を圧倒した灯子の姿に、麗華が嬉しそうにその場で飛び跳ねる。床に倒れ込んだままの孔雀がゆっくりと首を動かし、麗華へと視線を向ける。
<アンタダッテ、同ジクセニ……>
「えっ?」
孔雀から向けられるその言葉に、麗華が戸惑いの表情を見せる。
<私ガ一番ダッテ……、シャンデリアナンカ目ジャナイッテ夢、見テルクセニ……、アンタダッテ私ト同ジクセニ!>
続く言葉を耳に入れ、意味を理解したのか麗華が表情を険しく変える。
「聞く耳を持つな」
孔雀を追うように輝に乗って床へと着地した灯子が、麗華へと鋭く言葉を送る。
「とっとと喰え、晃由」
「ハイハァ~イ!」
「下僕か、あいつは」
麗華のすぐ横に立った朝海が、灯子の言うことに緩みきった笑顔であっさりと頷いている晃由の姿を見ながら呆れた表情で肩を落とす。
「いっただっきまぁー!」
「待って!」
倒れたままの孔雀へと伸ばした牙を突き立てようとした輝を止めたのは、麗華であった。麗華の声に輝が大口を開けたまま動きを止める。
「相原麗華?」
「確かに私も思ってるわ。私が一番になるんだって、天井シャンデリアなんか目じゃないんだって」
朝海が少し首を傾げる中、麗華が孔雀へと恐れることなく言葉を向ける。
「でもそれは、私の夢じゃない。私は夢なんか見ない」
孔雀の視線が向けられる中、麗華が堂々と胸を張る。
「私が見ているのは、未来だけよ!」
自信満々に放たれるその言葉に、思わず笑みを零す朝海と晃由。
麗華の言葉に圧倒されたのか、孔雀はそれ以上麗華に言葉を向けることはなく、そのまま項垂れるように嘴を床についた。
「晃」
「ああ。じゃあ今度こそ、いただきます」
朝海に名を呼ばれ前へと出た晃由が、孔雀に向かってきちんと手を合わせる。そして輝が、倒れたまま起き上がろうともしない孔雀の背へと牙を突き立てた。黒い煙と化していく孔雀。輝は、その煙を一欠片残さず喰らい切った。
巨大孔雀が消え去ると、そこにエレナを捕らえた水晶体だけが残る。
「相原麗華」
名を呼ばれ、孔雀の最期を見守っていた麗華が朝海の方を振り向く。
「さっきの言葉、とてもいい言葉だった」
「えっ……」
向けられる朝海の笑顔に、麗華が戸惑うように目を丸くする。
「あ、あのっ、ううぅ!」
朝海に何か言葉を返そうとした麗華であったが、麗華のすぐ横へと歩を進めた灯子が麗華の腹部に拳を入れる。すると麗華はすぐに瞳を閉じ、力なくその場に倒れ込んだ。
「灯子ちゃん、麗華ちゃん相手に何しちゃってんのぉ!?」
「このまま起きていられたら困るだろうがっ」
晃由の非難の声に、灯子が冷たく答える。
「とっとと夢媒者を起こせ、日下部朝海」
「ああ」
催促のような灯子の言葉に頷くと、朝海は額の印を輝かせエレナを目覚めさせる準備を整えた。
「悪しき夜に呑まれし夢よ。今再び、朝の光の中に目醒めよ」
朝海が両手を動かし、描いた光の針をゆっくりと進めていく。
「“御破夜宇”」
進めた光の針が朝海の手を離れ水晶体へとぶつかると、水晶体は大きく音を立てながら粉々に砕け散った。水晶体の中から解放されたエレナが床に倒れ込む。
水晶体が砕け散ると同時に戦いで傷ついたスタジオ内は、きれいに元の姿に戻った。
「ん、んんっ、私……」
真っ暗で静かなスタジオの中で、エレナがゆっくりと目を開く。
「んん~」
エレナと同じように、エレナのすぐ傍で起き上がる麗華。
「痛たたた……あれ、私なんでこんなところに? ってか硝子たちはっ……!」
鈍く痛む腹を押さえていた麗華が、先程までの光景を思い出し慌てて顔を上げるが、そこに硝子の姿はなく、朝海や晃由の姿もなかった。
「あ、あれ?」
周囲を見回して辺りを探すが、やはり三人の姿はない。
「夢? あっ……」
首を傾げた麗華のすぐ手前には、ボロボロに傷ついた桃ステッキが置かれていた。
※※※
その日、夕方。
「バナナ子!」
必死の表情で教室内へと駆け込んで来る麗華。
「受け取って、バニャーニャステッキよ!」
見ている方が思わず手に汗握ってしまうほどの力強さで、麗華がシャンデリアへとバナナの付いたステッキを手渡す。
「ありがとう、梨絵!」
麗華から無事ステッキを受け取ったシャンデリアが、笑顔で立ち上がる。
「さぁ、これで終わりよ。私の女子力見せつけてやるわ、悪霊女!」
「カット!」
シャンデリアがステッキを構え勇ましく台詞を放ったところで、監督からカットの声がかかる。
「うぅーん、すっごく良かったよ。麗華ちゃん」
「は、はい! ありがとうございます!」
監督からの賞賛の言葉に、麗華が嬉しそうな笑顔を見せる。
「本当、昼間とは別人みたいだったわ。お陰で私もすっごく入り込めた」
「シャンデリアっ」
シャンデリアもまた称えるように言いながら、麗華の元へと歩み寄って来る。
「良かったぁ~」
多くのスタッフに囲まれ笑顔を見せる麗華を後方から見守り、安心した様子で胸を撫で下ろす硝子。
「硝子ちゃんの実地研修が効いたのかな?」
「ううん、麗華ちゃんの実力だよ」
隣で笑顔を見せる晃由に、硝子がそっと首を横に振る。
硝子はそう言ったが、麗華が夢喰に襲われていた硝子へとステッキを投げて硝子のピンチを救ったことが、麗華の演技に生きていることは間違いないだろう。
「それにしても、シャンデリアちゃん帰って来たのに全然起きないね。日下部君」
振り返った硝子が、スタジオの隅でシャンデリアのサイン入り枕を頭に敷き、すやすやと眠り込んでいる朝海の方を見る。
「さっきので疲れたのかもなぁ。夢媒者起こすのって結構朝力使うらしいし」
「そうなんだ。大丈夫かな?」
「硝子!」
硝子が朝海を心配するように呟いていたそこへ、撮影を終えた麗華が駆け寄って来る。
「麗華ちゃん」
「見てた? 私の演技」
「うん、すっごい最高だったよ」
嬉々として感想を求める麗華に、硝子が満面の笑顔を向ける。
「ま、あれくらい私には出来て当然だけどねぇ~。シャンデリアも目じゃないって感じぃ?」
「アハハっ」
昼間のしおらしさは一転、得意げに胸を張る麗華に硝子が少し乾いた笑いを零す。
「麗華、次のシーンまでにメイク直すわよ」
「ええ」
平田に呼ばれた麗華がすぐに頷く。
「じゃあ」
「うん、頑張ってね」
「あ、そうだ。硝子」
その場を去ろうとした麗華がふと何か思い出したように体の向きを戻し、硝子の耳元へと口を寄せる。
「あんたの趣味、結構イイかも」
「へ?」
戸惑うように首を傾げる硝子に笑顔で手を振って、麗華がスタジオの出口へと足早に歩いていく。出口までのその道のりの中で、眠り込んでいる朝海のすぐ横を通り過ぎる麗華。
「ありがとっ」
過ぎ去る一瞬の間に、麗華が朝海へと声を落とす。
「……どう、いたしまして」
朝海は瞳を閉じたままそっと口元を緩め、麗華の言葉に答えた。




