Dream.04 夢なんか見ない 〈2〉
「バナナ子、受け取って! うぅーん、違うなぁ。バナナ子、受け取って……、これじゃあ落ち着き過ぎかぁ」
衣装部屋にある大きな鏡の前に立ち、何度も台詞を放って自分の表情を確認しているのは麗華であった。控室では鏡が小さすぎて自分の全身像が確認出来ないため、ここへ移動してきたのである。
「バナナ子、受ケ取ッテクダサァ~イ! って、これじゃあ外人じゃない! もうっ」
煮詰まった麗華が自分に対する怒りをぶつけるように、持っていたステッキを鏡へと放り投げる。ステッキは鏡に当たり、跳ね返って衣装部屋の入口付近まで転がった。
「大事な小道具だろう? 乱暴に扱っていいのか?」
その時衣装部屋の扉が開き、そこから入って来た人物が転がったステッキを拾い上げる。
「それ試作品だもの。もう使わないやつ」
「そう言われてみると、バナナじゃなくて桃だ」
麗華の言葉にまじまじとステッキを見つめたのは、朝海であった。
先程の撮影時、麗華がシャンデリアへと渡そうとしていたステッキの先にはバナナ型の飾りがついていたが、今持っている朝海のステッキには桃がついている。
「バナナ子って、元は桃子の設定だったんですって。でもそれじゃあインパクトに欠けるからってバナナになったみたい」
「へぇ」
あまり興味なさそうに答えながら、朝海が麗華のもとへと歩み寄り拾ったステッキを手渡す。
「で、あんたはこんな所で何してるわけ? 愛しのシャンデリアはもう見飽きたの?」
「シャンデリアちゃんはグラビア撮影で夕方まで抜けるそうだ」
「あ、そう。それは残念ね」
朝海の答えに、麗華もまた興味のなさそうな声を返す。
「だからその間に寝ることにした」
「そうねぇ。何か益々隈も酷くなってるしって、ここで寝る気!?」
衣裳部屋の隅にシャンデリアのサイン入り枕を設置し何の躊躇いもなく寝転がる朝海に、麗華が思わず激しく突っ込みを入れる。
「他の場所で寝てよ、部屋ならいくらでもあるでしょうが!」
「ぐぅー」
「もう寝てるし!」
麗華の文句など耳に入れることもなく、瞬間的に心地よい寝息を繰り広げる朝海。
「ったく。あぁー、もう集中力切れちゃった。えぇーっと」
鏡を見ながら、麗華が再び自分の姿やステッキの持ち方などを確認していく。
「どうして、女優になろうと思ったんだ?」
「起きてんじゃないっ」
後方から聞こえてくる問いかけに、麗華が鋭く視線を向ける。だが麗華は朝海を追い出そうとはせず、もう特に朝海の存在は気にしていない様子で、自分の姿の確認を続けた。
「目立つのが好きだからよ」
「ああ、そんな感じだな」
枕を頭に寝転がったまま、朝海が麗華の後ろ姿をまっすぐに見つめる。
「歌って踊れる女優を目指すなんて言ってたけど、ただのグラビアアイドルに演技でも勝てないようじゃあねぇ」
鏡越しに見える麗華の表情が静かに曇った。力なく微笑んだ麗華の自分自身に呆れるようなその声に、朝海が少し視線を落とす。
「シャンデリアちゃんは小さい頃、ずっと子役として芸能活動をしていたんだ」
「へっ?」
朝海の言葉に、麗華が戸惑うように振り返る。
「子役としてはパっとしなくて、一度芸能活動を引退してからグラビアアイドルになったが、その間もずっと演技の勉強は続けて来たらしい」
「ふぅーん、そうなんだ」
全く知らなかったのか、麗華が興味深く頷く。
「やっぱ出来る人って見えない所で努力してんのねぇ。まぁ、努力は見せない方がカッコイイし、学校中の人間に努力アピールしてる時点で私の負けか」
「そうか?」
ポツリと落とされる朝海の声に、麗華がゆっくりと視線を向ける。
「君はさっきも“カッコ悪い”と言ったが、俺はこうして努力している君の姿を、カッコ悪いとはまったく思わないけど」
まっすぐに向けられる朝海の言葉に、麗華が少し驚いたように目を開く。どこか照れ臭そうに顔を俯けた麗華が、躊躇いながらも口を開く。
「あ、ありがっ」
「ぐぅー」
「礼くらい聞いてから寝なさいよ!」
再びすやすやと寝息を立て始める朝海に、麗華が勢いよく怒鳴りかける。だがその声にも朝海は起きず、深く目を閉じたままであった。今度は本当に眠ったようである。
「ったく変な奴」
呆れた様子で肩を落とす麗華であったが、その表情にはすぐに笑みが浮かんだ。
「ま、硝子が気にすんのも、ちょっとはわかるかも」
楽しげに笑みを大きくして、麗華が眠る朝海を見る。
「ありがとう」
穏やかな麗華のお礼の声は、眠る朝海に静かに降り注いだ。
「くっしゅん!」
大きくくしゃみをした硝子に、スタジオのスタッフの視線が一斉に向けられる。
「す、すみません……」
体を丸めながら小さくなって謝る硝子。不要な物音が入ってしまっては撮り直しになるため、本番中は見学者も気を遣うのである。
「硝子ちゃん風邪?」
「そんなことはないと思うんだけど」
硝子と晃由はスタジオに残り、撮影の見学を続けていた。シャンデリアがグラビア撮影で抜けているため、今はシャンデリア以外の出演者のシーンが撮られている。
「麗華ちゃんとこ行かなくていいの?」
「うぅーん、行っても何て声掛けたらいいか。私じゃ女優さんの気持ちはわからないし。仲河君は日下部君探さなくていいの?」
「あいつのことだからどっかで寝てんだろ」
問いかけ返した硝子に、晃由は勝手知った様子であっさりと答える。
「日下部君て、本当昼はいつも寝てるよね。夜中にドラマ観てるって言ってたし夜行性なのかな?」
「いっやぁ~、どっちかっつーと昼間の方が好きだと思うぜ」
言葉を続けながら晃由が少し悲しげに微笑む。
「だから安心して寝れんじゃねぇーかな」
「えっ……」
意味深な晃由の言葉に硝子が少し眉をひそめる。
「ま、シャンデリアちゃんが帰って来たら戻ってくんでしょ」
「ホント好きなんだねぇ、シャンデリアちゃん」
感心の笑みを零す硝子を見つめ、晃由が少し目つきを鋭くする。
「硝子ちゃんてさ、朝海と前にどっかで会ったことあんの?」
「えっ?」
突然の晃由の問いかけに、硝子が戸惑いの表情となる。
「なんで?」
「いや何となくなんだけどさぁ、朝海が会ったばっかの人間に興味示すのなんて珍しいし、何かちょっと思い入れでもあるような、んな気がしてさ」
「会ったこと……」
考えを巡らす中で硝子が思い当たったのは、毎夜見る夢であった。“待っていて”と告げる顔もわからない誰かは、初めて会った時から何故か朝海に重なる。
「うん、会ったことあるのかも知れない」
晃由の視線が向けられる中、硝子がゆっくりと頷く。
「ずっとずっと昔に」
「昔って」
晃由がさらに問いかけを向けようとしたその時、スタジオ内に次々と大きな音が響き渡り、硝子と晃由はすぐさまその音に気付いて振り向いた。
「何だ?」
二人が振り向くと、先程まで撮影を行っていたはずの役者やスタッフが全員、床に倒れ込み眠っていた。響いた音はスタッフたちが持っていた音響機材や照明板が床に落ちた音だったようだ。
「これは夢現空間」
晃由の横で険しい表情を見せた硝子が椅子から立ち上がる。
「どこかに夢喰が出たってことか」
硝子に続くように晃由も立ち上がりスタジオ内を見回すが、そこに夢喰らしき獣の姿は確認出来なかった。
「ここには居ねぇみたいだな」
「じゃあどこにっ……」
その時、硝子の疑問に答えるようにスタジオの外から、何かの破壊音が大きく響き渡った。その音を耳に入れ、硝子と晃由が険しい表情で目を合わせる。
「行こう」
「うん!」
しっかりと頷き合うと、硝子と晃由が駆け足でスタジオを飛び出していく。廊下に出て周囲を見回すが、そこにも夢喰の姿はない。
「どっか別の部屋に居るのかな? でもこれだけ部屋があったんじゃっ」
「ちょい待って」
硝子へと声を掛けその場で立ち止まった晃由が、素早く派手な黄色ブレザーの袖を捲り上げる。右手首が外気にさらされると、晃由はすぐにそこに日の出の印を浮かび上がらせた。そして光り輝く印に左手を当てる。
「輝!」
印から放たれた光が塊となり、やがてその場に巨大な耳長狼が姿を現す。
「夢喰の位置わかるか? 輝」
晃由の問いかけに、しっかりと頷きを返す輝。
「よっしゃ連れてってくれ。硝子ちゃんっ」
「うんっ」
輝の背中へと乗り込んだ晃由が背の上から手を伸ばし、硝子の腕を引っ張り上げて輝の背の上へと持ち上げる。二人を乗せると輝はすぐに長い両耳を翼のように広げ、狭い廊下を舞い上がった。壁を蹴るようにして角を曲がり、扉を鼻で押し開いて二人と共に輝がやって来たのは、今日は使っていないのか、まるで人気のない真っ暗なスタジオであった。
「ここに夢喰が……?」
輝の背の上から降りながら、硝子が真っ暗なスタジオを見回す。
「照らせ、輝」
晃由が背の上から指示を出すと、輝が大きく口を開き天井目がけて金光の塊を放つ。スタジオの遥か高い天井へと辿り着いたところで光が弾き飛ぶと、あっという間にスタジオ内は明るくなった。
明るくなったスタジオに浮かぶ一層黒色の目立つ巨大な影を見つけ、硝子が目を見張る。スタジオの中央部上空を大きく翼を広げ待っている、巨大な一羽の鳥。全身黒色のその鳥は一見カラスにも見えたが、翼の独特な模様には見覚えがあった。
「孔雀っ……」
「黒い孔雀ってのも新鮮なもんだな」
険しい表情を見せる硝子とは対照的に、晃由が暢気に孔雀を見上げる。
<私ガ一番ヨ>
孔雀が発する声に、硝子が眉をひそめる。
<私ガ一番! シャンデリアナンテ、目ジャナイワ!>
「私が一番って、まさかこの夢っ」
一つの可能性に辿り着き、硝子が険しい表情を見せる。
「麗華ちゃんの」
「違う」
あっさりと否定する声に硝子が振り向く。硝子が視線を送った先にあるスタジオ左方の扉から、姿を見せたのは朝海であった。朝海は午前中にどんどんと酷くなっていた隈が、少し薄れている。
「日下部君」
「朝海、お前どっから出て来てんだよ」
「衣裳部屋だ。さっきまでここで寝てた。相原麗華も」
朝海が扉を全開にし、衣裳部屋の中で眠る麗華の姿を硝子へと見せる。
「ここに居る」
「そっか、麗華ちゃんの夢じゃなかったんだ。良かった」
眠る麗華の姿を確認した硝子が、安心した様子でホッと胸を撫で下ろす。
「けど、じゃあ誰の夢だ?」
晃由がじっと目を凝らし、孔雀の額に埋め込まれた水晶体の中を見る。孔雀があまりにも上空に居るためはっきりとは見えないが、水晶体の中の人物は硝子たちと同じ女子の制服を身に付けていた。恐らくはバナナ子のドラマ出演者なのだろう。
「ん~よく見えねぇけど、あのショートカットとあのスリーサイズからして南澤エレナじゃねぇかな」
「南澤エレナ?」
「グラビアアイドルだ。シャンデリアちゃんと同じ時期にデビューしたが、シャンデリアちゃんがあまりにも売れたために、すっかり埋もれてしまっている」
「それで」
朝海の解説と先程の孔雀の言葉を照らし合わせ、硝子が納得するように頷く。
「俺は結構好きだけどなぁ~特集あったら雑誌買うし」
「スリーサイズで判別するくらいだもんね」
<私ガ一番ヨ!>
晃由のコメントに硝子が呆れた様子で言葉を放っている間に、孔雀は特徴的な模様の入った黒翼を広げ臨戦態勢を整える。
「シャンデリアちゃんが戻って来たら狙い撃ちされる可能性もある。とっとと終わらせるぞ、晃」
「あいよっ」
珍しく気合いの入った様子で額に日の出の印を浮かび上がらせる朝海。晃由も輝の背の上から鋭い瞳を上空の孔雀へと向ける。
「硝子ちゃんは隅っこに避難してて。今回は俺も朝海も元気だから、灯子ちゃんの助け借りることもねぇと思うし」
「う、うん」
晃由に促された硝子が大人しくスタジオの隅へと移動していく。
「今日は鶏肉! 肉食男子の名にかけて完食すんぜ、輝!」
気合いの入った晃由の声を合図にするように、輝が耳を広げ孔雀の元へと飛び上がっていく。孔雀と同じ高さまで舞い上がったところで牙を伸ばした輝が、早速喰らおうと孔雀に噛みつく。
だが孔雀は美しい黒翼を翻し、あっさりと飛びかかって来た輝を避けた。
「ありゃ? も、もう一回だ、輝!」
晃由の言葉通りもう一度飛びかかる輝だが、孔雀はまたあっさりと輝をかわした。
上下左右に何度も飛びかかる輝であったが、悉く孔雀に避けられていく。空中で素早さは孔雀の方が一歩上のようであった。
「あれじゃっ……」
後方から攻防を見守りながら、硝子が険しい表情を見せる。
「仕方ねぇ! ちょっと手荒だが爪で翼を押さえて動きを止めよう、輝!」
晃由の言葉に従い、輝が伸ばしていた牙を一旦引っ込め、今度は両前足の爪を鋭く伸ばす。伸びたばかりの爪を柔軟に動かし、輝が孔雀の両翼へと左右の爪をそれぞれ突き刺す。
「よっしゃ、輝! この隙に喰っ」
<シャンデリアナンテ目ジャナイ……>
動きの止まった孔雀が低く声を響かせる。
<私ガ、私ガ一番ヨ!>
「何っ!?」
大きく声をあげた瞬間、孔雀が翼から無数の羽根を輝目がけて飛ばす。
「うああああっ!」
刃のように飛んで来た無数の羽根を正面から受けた晃由と輝が、スタジオの壁際へと勢いよく吹き飛ばされる。その際に爪も外れ、孔雀はまた自由に翼を広げて舞い上がった。
壁に思いきりその巨体をぶつけた輝と背の上の晃由が、同じように痛みに表情を引きつる。
「仲河君!」
「羊の時と同じパターンだな。学習能力のない奴だ」
呆れたように言葉を落としながらも、傷ついた晃由に渡そうと朝力の塊を手の中に作り出す朝海。
その朝海の動きに気付いたのか、孔雀が鋭い嘴を朝海へと向ける。
<シャンデリアナンテ、目ジャナイ!>
大きく開いた嘴から黒い光の塊を朝海へ向けて放つ孔雀。
「朝海っ……!」
「“黎明”」
晃由が焦りの表情で身を乗り出す中、朝海は晃由に渡そうと作り出していた朝力の塊をそのまま、向かって来る黒光へと放ち、それをあっという間に相殺した。
「俺がシャンデリアちゃんファンなことがバレていたか」
「仲河君助けようとしてることがバレたんじゃないかな?」
大真面目に言い放つ朝海へと、硝子が呆れた視線を送る。
「でもこのままじゃっ、何とか灯子に」
硝子が隅からスタジオ中央へと駆け出し、何か棒状の物がないか探し始める。
そんな硝子へと広げられる孔雀の翼。
「動いちゃダメだ、硝子ちゃん!」
<私ガ一番ヨ……!>
晃由の叫びも遅く、孔雀が広げた翼から無数の羽根を硝子目がけて降り落とす。
「きゃあ!」
後方へと転がり込むようにして、何とか羽根を避ける硝子。まだ床に倒れ込んだままの硝子へと、孔雀はさらに嘴を開く。
「クッソ、お前の相手は俺だっての!」
攻め込まれる朝海と硝子に居ても立ってもいられなくなり傷も癒えていない中、晃由が輝と共に再び孔雀のもとへと飛び出していく。
だが傷を負った輝は先程よりも速度が落ち、翼を翻してスタジオ内を動き回る孔雀にはさらに追いつけなくなっていた。
「このままでは厳しいな」
冷静に晃由の戦い振りを分析する朝海。




