Dream.03 睡眠欲vs食欲 〈4〉
翌日、昼休み。屋上。
晃由に慌てて連れ帰られたものの、特に眠った様子もなく未だひどい隈を目の下に作っている朝海は、硝子に呼ばれ屋上へと来ていた。
二人並んで柵越しに景色を眺めるが、これといった会話はなく気まずい空気が二人を包む。
謝る絶好の機会だと晃由に背中を押されてきた朝海であったが、包み込む空気の重たさに声を発することさえ億劫になる。だがこれ以上眠らない日々が続けば確実に死ぬ、と自分を焦らせた朝海は、意を決した表情で口を開いた。
「あ、あの……」
「折り畳み」
「え?」
硝子の発した単語に、折角覚悟を決めた言葉を止める朝海。
「雨の日は折り畳みで来てるんだ。折り畳み傘だと、持っても灯子に替わることはないから」
突然の硝子の言葉に、朝海が戸惑うような表情を見せる。
「台風とか風の凄い強い日だけは雨傘。日下部君の言う通り、登下校の時だけ灯子に替わってる」
それは先週の金曜日、犀の夢喰を倒した後で朝海が硝子へと向けた問いかけの答えだった。そのことに気付いた朝海が少し眉をひそめる。
「シャーペンとか歯ブラシとか日常でよく使う棒状の物は、持っても灯子に替わらない。どういう法則があるのかは、自分でも正直よくわからないんだけどね」
硝子が景色を眺めたまま、そっと笑みを零す。どこか自嘲するような笑みだった。
「棒状の物を持ったら入れ替わるのは前からだけど、灯子がなんで、あんな不思議な力を持ってるのかはわからない。だいたいの記憶は共有してるけど、お互いの全部を知ってるってわけじゃないから」
躊躇いながらも強く両手を握り締めて言葉を続けていく硝子の姿を、朝海がまっすぐに見つめる。
「ごめんね。あの時、こうやって普通に答えられれば良かったのに」
普通にとは言っているが、硝子にとってあの日の朝海の問いかけに答えることは相当に覚悟のいることだったのだろう。強張った表情や肩に入った力を見れば、容易に察することが出来た。
「灯子のこと、別に不快に思ってるとかじゃないんだけど、やっぱりその、普通ではないからその……」
「うん」
躊躇われた言葉を庇うように、朝海が頷きを落とす。
「わかる。俺も、普通ではないから」
「日下部君……」
空を見上げる朝海の横顔を見つめ、硝子が表情を曇らせる。
「わかるのに、わかっていたのに、つい聞いてしまった。君のことが知りたくて何の考えもなしに」
「えっ?」
朝海の発したその言葉に、硝子が少し驚いたように目を丸くする。
「傷つけることを言って、ごめん」
空に向けられていた朝海の視線が、ゆっくりと硝子に向けられる。
「本当にごめん」
「……うん」
向けられる視線をまっすぐに見つめ返して、少しの沈黙の後、そっと口元を綻ばせた硝子が受け止めるように頷く。
「二人共“ごめん”って言ったから、これで仲直りだね」
硝子が笑顔でそう言うと、朝海が眠たげで弱々しかった瞳をどこか嬉しそうに細める。
「やっと、目が合った」
「えっ?」
朝海が嬉しそうな笑顔を見せたのも束の間、朝海はすぐに瞳を閉じ、全身から力を抜いて長い体を前のめりに倒していく。
「ちょ、く、日下部君! 落ちる、落ちるって!」
柵を越えて下に落ちそうになる朝海の体を両手で必死に食い止める硝子。食い止めた反動で朝海の体は後方に倒れ込み、それに巻き込まれるようにして硝子もその場に座り込む。
「痛たたたっ」
捻るようにしてついた足を押さえながら、硝子が少し頭を掻く。
「日下部、君?」
「ぐぅー、ぐぅー」
「え、寝てる?」
硝子の膝の上に頭を乗せた朝海は深く目を閉じ、満足げな寝顔で鼾をかいていた。つい三十秒前まで会話をしていたというのに、もうすっかり起きそうにない朝海の様子を見下ろして少し呆れた表情を見せる硝子。
「本当に、不思議な人……」
困ったように笑みを零して、硝子が朝海の少し癖のついた髪を撫でる。
「いい夢が見られるといいね、日下部君」
硝子の囁きが耳に届いたのか、朝海は眠ったまま小さく笑みを零した。




