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Dream.01 春眠の転校生 〈1〉 

どうも、千風です。

新しいお話を始めました。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。

では、どうぞ。



――――きっと、逢いに行くから。

 どれほど時が流れても、きっと逢いに行くから。

 だから、“ショウ”。

 どうか僕を、待っていて――――




  ※※※




「遅刻、遅刻!」


 見慣れた路地を急いで曲がる。曲がった先にある大きな一本道に、いつも居るこの道の先にある高校へと向か学生の集団は見当たらない。それもそのはず、現在時刻は八時二十四分。その高校の正門が閉まる時刻まで、後一分を切っているのだ。


「変な夢見たせいで寝坊しちゃったよ!」


 まだ少し眠たげな目を必死に擦り、額に汗を滲ませながら一本道を必死に駆け抜ける一人の少女。

 肩ほどまで伸びた黒色の髪は寝癖で毛先が少しはね、柔らかい毛質なのか風に大きくなびいている。その柔らかな髪を抑えるためか、両耳の上に星形の銀製のピンをしていた。黒目の深い大きな瞳に小さな鼻と口は、美人ではないがどこか小動物のような愛らしさがある。背は並み程だが体のラインのメリハリは十分にある体型のその少女は、制服であろう紺色のブレザーに薄い灰色のスカート、膝上まで来る白いソックスを履いていた。首元の赤いリボンは急いで付けたのか、大きく右に曲がっている。

 少女の名は“浅見あさみ硝子しょうこ”。

 この一本道の先にある赤槻あかつき高校の二年生である。


「最近なんで、あの夢ばっかり見るんだろう? って、そんなこと考えてる場合じゃないか!」


 考えようとした内容を振り払うように大きく首を横に振り、硝子はさらに足を急がせる。目指すは一本道の先。桜の花びらの降り落ちる中、今まさに男性教師の手によって閉まりかけている黒い鉄製の正門だ。


「間に合えぇぇー!」


 祈るように声を張り上げ、必死に手を振り足を前に出す。

 その祈りの声が届いたのか、硝子の細身の体は正門が閉まる寸前のところで正門の間を潜り抜け、硝子は無事に校内へと滑り込んだ。


「ま、間に合った……」


 正門を潜ったことを確認すると、硝子がその場で深く身を屈める。全力疾走からいきなり足を止めたからか、両膝はわずかに震えていた。


「ふぅー」

「間に合って良かったね」


 乱れた呼吸を整えようと深く息を吐いていた硝子が、前方からかけられる爽やかな声に顔を上げる。


水無月みなづき君!」


 硝子が顔を上げたその先で清々しい笑顔を見せているのは、まっすぐ艶やかな黒髪の少年であった。

 優しげで知的な黒目に、すっと小高い鼻に笑顔の魅力的な口元。その辺りのアイドルよりも余程、目を引く整った顔立ちの少年だ。硝子と同じ紺色のブレザーに薄い灰色のズボン、赤いネクタイは少しも曲がることなくまっすぐに締められている。

 水無月と呼んだ少年に微笑みかけられると、硝子はまだ呼吸が整っていないにも関わらず、瞬時に笑顔を見せた。


「どうして水無月君が? 水無月君も遅刻、なわけないか」

「うん、僕は風紀委員の仕事中。四月は遅刻取締月間だから」

「あ、風紀委員」


 水無月が右腕にしている“風紀”と書かれた緑色の腕章を見て、硝子が納得した様子で頷く。


「珍しいね。浅見さんが遅刻ギリギリなんて」

「寝坊しちゃって。何か最近、夢見が悪いんだ」

「夢?」


 硝子の言葉に興味を持ったのか、水無月が二度ほど瞳を瞬かせる。


「どんな夢?」

「よくわからないんだけど、毎日顔も見えない誰かに“待っていて”って言われるんだよね」

「ふぅーん。“待っていて”、か」


 少し考えるように首を捻りながら、水無月が硝子の言葉を繰り返す。


「毎日出てきて一方的に“待っていて”なんて、結構勝手な人の夢だね」

「アハハ、確かにそうかも」


 少し困ったような口調で言い放つ水無月に、硝子が吹き出すように笑みを見せる。どんな些細なことにも親身になって話を聞いてくれる性格は、彼の魅力の一つであった。


「こら、西口! お前また遅刻か、これで三日連続だぞ!」


 響いてくる男性教師の声に、硝子と水無月が同時に振り返る。

 すでに正門は閉められており、その横の人一人が通るので精一杯な横幅の通用口から、大きな欠伸をした男子生徒が校内へと入って来た。


「だって眠いんだもん」

「だってじゃない! 放課後、生活指導室に来い!」

「げぇ~」


 教師の言葉に、西口と呼ばれた男子生徒が大きく表情を歪める。


「だりぃ。ったく、朝なんて来なけりゃいいのになぁ」


 寝癖だらけでボサボサの髪を掻き回しながら、ぼやくように呟いて、西口が硝子と水無月のすぐ横を通り過ぎていく。


「浅見さんだけじゃなくて、最近遅刻する人多いんだよ。やっぱり春だからかな?」

「“春眠暁を覚えず”って言うもんね」

「確かに春の眠りは快適だけど、新学期なんだからしっかりしてもらわないと」


 厳しく言葉を放ちながら水無月が硝子へと両手を伸ばし、右に大きく曲がっていた硝子の首元のリボンをまっすぐになるように動かす。


「ね?」

「あ、ありがとう」


 水無月に輝かしい笑顔を向けられ、硝子がわずかに頬を赤く染めながら礼を返す。


「僕はまだ委員の仕事があるから、浅見さんは先に教室行ってて。今日はうちのクラスに転入生が来るらしいから、早めに行った方がいいよ」

「え、転入生?」


 水無月の言葉に、硝子が目を丸くする。


「始業式から三日も経ってるのに?」

「家の都合で引越しが遅れたんだって。どんな子かな? 楽しみだね。じゃあっ」


 硝子へと笑顔で手を振り上げると、水無月は硝子のもとから去り、生活指導担当の教師や他の風紀委員の生徒集まる輪の中へと入っていった。そのままその場に居ても仕方ないので水無月の背を数秒見た後、硝子は正門に背を向け、校舎に向かって歩き出していく。


「転入生、か」


 “仲良くなれるといいな”と考えつつ、硝子は教室へと足を急がせた。






 本校舎二階、二年D組。


「遅かったわね、硝子」

「麗華ちゃん」


 硝子が後ろの扉を開けて教室に入った途端に、一番後ろの列の中央席に座っていた長い髪の女子生徒が立ち上がり、硝子へと親しげに声を掛けた。硝子の仲の良いクラスメイトの一人、麗華である。麗華はまだそう名は知られていないが女優の仕事をしている勝気な美人だ。


「寝坊しちゃって。でも遅刻は何とか免れたよ」

「良かったじゃない。遅刻だと、うちの担任うるさいし」

「うん」


 麗華に答えながら硝子が教室を進み、麗華の左隣の席へと座る。肩にかけていた黒い鞄を下ろし、机横のフックに掛けた。


「あれ?」


 自分の座る席の左、一番窓際の一番後ろに空席があることに気付き、硝子が首を傾げる。すでに時刻は八時半。ホームルームの開始を告げるチャイムも鳴り、硝子のすぐ後に教室に戻ってきた水無月も前方中央の自分の席へとついて、すべての机に生徒が着席している中、硝子の隣のその席だけが空いていた。


「ここって空きじゃなかったっけ?」


 昨日まで机などなかったはずのその場所を指差し、硝子が麗華へと問いかける。


「転入生の席だって。良かったわね、仲良くなるには特等席じゃない」

「ああ、転入生の」

「イケメンだといいわよねぇ~」

「麗華ちゃんてば、そればっか」


 麗華の言葉に硝子が苦い笑みを零していたその時、教室の前扉が開きガタイのいい色黒体育教師がジャージ姿で姿を現した。硝子たち二年D組の担任教師、花崎である。

 花崎が教壇に立つとクラス委員から号令がかかり、生徒たちが一斉に立ち上がって花崎に向かい、頭を下げる。そしてまた生徒たちが一斉に着席すると、花崎が口を開いた。


「おはよう、諸君。ああ、今日はぁ」

「先生、転入生はー?」

「今から紹介するから、大人しく待っとけ!」

「はぁーいっ」


 クラスのお調子者が一喝されると、教室から幾つかの笑い声が漏れた。


「入って来い」


 花崎が開いたままの前扉に呼びかけると、そこにクラス中の生徒の視線が集まる。


「あっ」


 硝子が思わず、声を漏らす。

 前扉から姿を見せたのは、皆と同じ制服を着た男子生徒。短めの茶色い髪はくせ毛なのか少し巻かれた感があり、歩くたびにふわふわと揺れる。細身だが背は高く小顔で、手足も長くモデルのような体型だった。

 だが、目を引いたのは彼のそのスタイルではない。

 彼の顔面。

 髪と同じく色素の薄い瞳のその下は黒々と染まり、頬も少し痩せこけ顔色は白く、まるで病人のようにげっそりとしていた。


「え? 病人?」

くま? 目の下のあれ、隈か?」

「何かすげぇな……」


 転入生のその姿、というよりは主に顔面を見て、生徒たちが一斉にざわつき始める。特別美形や不細工な転入生が入って来るよりも衝撃が大きかったかも知れない。その男子生徒は明らかに異質で、他の者たちとは違う存在であることを一瞬にして、全クラスメイトに理解させた。


「自己紹介を」

「はい」


 花崎に促され、男子生徒がゆっくりと教壇の前に立つ。その足取りは重く、声にも張りはなく、全体的に気だるげだ。


日下部くさかべ朝海あさみです」

「アサミ?」


 同じ名を名乗る少年に、硝子が少し驚いた表情を見せる。


「見た目はこんな状態ですが、体は至って健康ですのでご心配なく」

「転入生の挨拶とは思えないわね」


 朝海の言葉を聞いた麗華が、呆れた様子で肩を落とす。


「今日からどうぞ、宜しくお願いします」


 また気だるげな動きで、朝海が深々と頭を下げる。その存在に戸惑いを隠せないクラスメイトたちであったが、水無月が先陣を切るようにして拍手をすると、その拍手の波は教室全体に広がり、一番後ろの硝子もまた拍手で不思議な転入生を出迎えた。


「席は窓際の一番後ろだ」

「はい」


 花崎に促され、朝海がゆっくりと硝子の隣の席へと向かって来る。徐々に近付いてくる朝海のその表情を、硝子は何の遠慮もなくまっすぐに見つめた。注がれる視線に気づいたのか、自分の席のすぐ前に来たところで、朝海が硝子の方を振り向く。


「そんなに転入生が珍しい?」

「あ、ううんっ」


 急に掛けられる声に、硝子がすぐさま返答する。


「すっごい隈だなって思って見てただけ」

「攻めるわね、あんた」


 正直な感想を放つ硝子の横で、麗華が少し引きつった笑みを浮かべる。


「寝不足? あ、引越しの片付けが終わらなかったとか?」

「別に」


 人見知りする様子もなく馴れ馴れしく質問を向ける硝子から、あっさりと視線を逸らす朝海。


「眠るのは苦手だから」

「えっ……」


 朝海の意味深なその言葉が引っ掛かり、硝子が眉をひそめる。そんな硝子の反応を気にすることなく、朝海はゆっくりと自分の席へと腰かけた。


「ずぅー、ずぅー」

「寝た!? 言ってるそばから!?」


 席についた途端、机に顔を埋め鼾までかいて眠り出す朝海に、硝子が衝撃を走らせる。思わず張り上げてしまった硝子の大声にも起きる素振りはない。たったの数秒で深い眠りについてしまったようである。まったく起きる気配のない朝海の横顔をまじまじと見つめ、硝子はどこか唖然とした表情を作った。


「何か色々凄そうな転入生ね」

「うん……」


 麗華の言葉に思わず深々と頷いてしまう硝子であった。




 ※※※




 ホームルームの後、一時間目の現国の授業が開始されたが、その現国の授業の間も朝海は一瞬も目を覚まさなかった。隣の席だから教科書を見せてあげなければならないかも知れないと密かに思った硝子だが、そんな必要もなかったようだ。チャイムが鳴り休み時間を迎えたが、それでも朝海は起きなかった。

 結局その後の授業でも朝海は起きず、放課後、帰りのホームルームや教室の掃除が終わり、多くの生徒が部活や帰宅で教室を後にしても朝海が起きることはなかった。


「よく寝るなぁ」


 教室の騒々しさにも一切気付かない様子の朝海を見つめ、硝子が感心の声を漏らす。


「四日くらい徹夜してたんじゃない?」

「確かにそれくらいの寝っぷりではある」

「それより聞いた~? A組の転入生の話」

「転入生?」


 麗華の言葉に興味を引かれ、硝子がすぐさま聞き返す。


「なかなかのイケメンだったらしいわよ。転入生はあっちの方が当たりねぇ~。なんでこっちはクマ野郎なのかしら、A組に替わりたいくらい」

「麗華ちゃん……」


 本人が寝ているとはいえ容赦ない言葉を吐き捨てる麗華に、硝子が呆れた表情を見せる。麗華の言葉を聞きながらも、視線は自然と未だ眠ったままの朝海へと向けられた。

 始業式から三日遅れの転入生。違うクラスとはいえ、そんな転入生が同じ学年に二人も居るのは明らかに不自然である。朝海とそのA組の転入生に何か繋がりでもあるのだろうか。


「おぉーい、日下部。日下部っ」


 硝子が麗華とあれこれ会話している間にも、担任の花崎が朝海を起こそうと何度も声を掛け、机に突っ伏したままの朝海の体を揺らす。


「うぅーん、起きんなぁ」


 それでも起きない朝海に花崎が困ったように首を捻る。


「むぅーん。浅見、お前残って何とか起こしてやってくれ」

「え、私っ!?」


 掃除当番が終わり、帰り支度を整えていたところに急に花崎から指名され、硝子が焦った様子で声を引っくり返す。


「む、無理ですよ! 今日一日中、音楽の移動の時も、昼休みになっても起きなかったんですよ!?」

「先生、今から会議だから頼んだぞぉー」

「あっ!」


 硝子の訴えを聞き入れることなく、花崎はまるで逃げるように足早に教室を去っていった。


「押し付けられた」

「さっ、私もレッスン行こうっとぉ! 一日も早く歌って踊れる素敵な女優さんにならなくっちゃ~!」


 硝子が話しかける隙すら与えずに、鞄を持った麗華がスキップをしながら教室を出て行く。


「逃げたな……」


 まだ廊下に響く鼻歌のような麗華の声を聞きながら、硝子が恨むように言葉を落とす。


「起こすって言っても」


 朝海と二人残された教室で朝海の方を振り返り、深々と肩を落とす硝子。


「無理だよぉ~」


 その泣き言に、手を差し伸べる者は誰も居なかった。







「明日からは絶対に遅刻しないように!」

「へぇーい」


 教師の言葉にやる気のない返事をしながら、生活指導室から出て来る一人の男子生徒。今朝遅刻を風紀委員に取り締まられていた西口である。


「だりぃなぁ」


 張り切って上げる気にもならない足を何とか前に出して、西口が廊下を進み昇降口へと出る。下駄箱で上履きから革靴へと履き替えると、そのまま校舎を出た。


「はぁ~あ」


 深く溜め息を吐きながら色々な部の掛け声が混ざり合うグランドを横切り、西口が正門へと進んで行く。


「朝が一生来ない世界に行きたいぜ、マジで」

<イイネ、ソノ夢>

「へ?」


 どこからか響く甲高い声に、西口がふと足を止める。


「何っ……」

<ソノ夢、僕ガ叶エテアゲル>

「えっ……!?」


 高く響くその声が再び耳に届くと、夜のような漆黒の闇が西口の体を一瞬にして包み込む。


<“御夜棲魅オヤスミ”……>

「う、うわあああああっ!!」


 西口の体を包んだ闇から、西口の悲鳴のような叫び声が響き渡った。





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