episode 1
異変に気づいたのは今日が初めてではなかった
遅い朝食をすませると、彼はいつもの作業に取りかかる
部品の発注書に一通り目を通し、昨日の続きに取りかかった
消耗した部品を新しいものに交換し、最終の点検の後、特殊合金でコーティングされた胸部を閉じる
「ふう」
戦争で傷ついたアンドロイドの修理、というのが今の彼の仕事であった
大気汚染が深刻化して以来、人類は巨大なシェルター内での生活を余儀なくされていた
この時代、国という概念は崩壊し、無数の自治政府同士が、資源を巡って争いを繰り広げる構造が出来上がっていた
シェルターの外で繰り広げられる戦争の演者は、人間からロボットへと完全に移行していた
代理戦争の成れの果ての姿は、性能の近い機械同士のいつ終わるとも知れない無益な争いであった
彼は、善悪の定義や、戦争の理由などに興味は無かった
ただ生活のために修理をする、それだけだった
いやあるいは、それが唯一の自己確認の手段だったのかもしれない
教育は、恣意的な操作によって、ただの没個性的な人間の管理化された社会を形作るようになっていたし、昔がどうだったとかを語る者ももういなくなっていた
毎日同じことの繰り返し、技術者という唯一の肩書きが、今の彼を支えていた
「よお、どんな感じだぁい?」見るからに陽気そうな小太りの男がやってきた
「やあ、ザック。ちょうど今1体終わったとこだよ。まだまだいるけどね」缶コーヒーを口に含みながら彼が答える
「君んとこもたいへんだねぇ。僕んとこもひっきりなしに担ぎ込まれてくるよぉ」
「ああ、お互い様だな。まあこの時代、仕事がなくならないだけ幸運だと思うしかないよ。」
彼とザックは専門学校時代の同級生で、当時から気が合い、頻繁にこうして会っては、互いの近況を報告し合っている
ザックもまた、個人経営の修理工房を切り盛りしている
「またどっかと戦争始めるらしいよぅ。今度は東の方だってぇ」ザックが仕入れたての情報を伝える
「どうでもいいことさ。結果は目に見えてるだろ?どうせまたいっぱい壊れて帰ってくるんだ」
「仕方ないさぁ。人間は戦争しないからねぇ」
「ロボットは戦争の為に存在してる訳じゃねーだろ、また壊れるって分かってんのになんで修理してんだろ、俺たち」
「おいおい。そんなこといったら、MQにマークされるよぉ」
「ああ、そうだったな」
アンドロイド法で、ロボットに対して特別な感情を持つことや、擁護するような発言は禁じられている
また同時に、個人の行動も著しく制限されていた
「ったく息の詰まる世界になったな」
「そうだねぇ」
そう言って二人の会話は止まり、視線は「空」と呼ばれる遥か上のシェルターの天井へと向けられた
二人は生まれてからずっと、本物の空を見たことが無い
*MQ=この時代の司法や警察の複合機関