七月空
いぇあ!
もしそこから見える世界が、偽善だらけだとしたら、あなたはどうしますか?
もしそこにある未来が、幻想の様に消えてしまったら、あなたはどうしますか?
虚空に消えないように、その身をゆだねますか?
さて、話はここから。
珍しく夕焼けが見える。階下に見える生徒の姿を見ながら、屋上の風は何処へ吹く?迫る夜闇の時間。だが、少年は動かない。
世界の外が知りたくて、少年は空を飛んだ。鳥の気持ちが知りたくて、少年は羽ばたいた。
そんな少年を、人は滑稽だと笑う。誰もが彼を蔑み、嘲笑し、罵倒する。少年の無邪気は、人々の精神には合わないようだ。無論、この小さな島国からでたら、きっと賛同者もいるに違いない。だが、そんな彼は今やかごの鳥。追い詰められた彼は、ただ籠の中央で這いつくばるだけ。明かりはさしこむ。食物も与えられる。人々からは手を差し伸べられる。傍から見たら、それは素晴らしい生活。だが、好奇心という魔物は、彼の心を徐々に蝕んでいく。
そして、彼は決意した。籠から脱出すると。全てをなげうって、ここから逃げ出すと。
だが、彼にはどこからどこまでが壁なのかが分からない。そんな彼が選んだ道。
目の前のフェンスを越えること。そして、同時に彼の願望も達成する。
目前にある死を受け入れること。それが少年の目標なのだ。そして、死後の世界を満喫することができる。そう考え、彼はここに立つ。階下に見える、少年たちを嘲笑いながら。
なんと滑稽なんだろう?見ていて吐き気がするほど。
あの少年の無知さには開いた口がふさがらない。何がしたいんだ?この世界で何を求めているんだ?この世界というシステムの前に、自分がどれだけ愚かなのか、なぜ気づかないのだ?
少女は悟りきった表情で、屋上を見上げる。視線の先には、一人の少年。彼からは負の気配を感じない。ただそこにあるのは、好奇心だけ。
かのAdamとEveのように。ただ、目の前につるされたニンジンが食べたくて駆けまわる馬の様に。
必要以上の好奇心が彼を動かす。いや、人間は皆そうなのかもしれない。
だが、少女は好奇心を持たない。世界でも数少ない、世の中に絶望したものだ。
生きるのも価値が分からない、死ぬ価値も分からない。そうやって漠然と生きている人間。
与えられたものだけを吸収し、与えられないものには見向きもしない。そうすることで、欲望の潮流からは逃れてしまう。
少女はもう一度少年に視線をやると、ゆっくりと立ち去った。だから彼女は、そのあと彼がどうなったか知らない。知りようもないし、知ろうとも思わない。
偽善に満ちた世界は嫌いだが、それすらもない世界は嫌いだ。だから常に、人というもののテリトリーの中心に存在する。そのためか、人を渡り歩く力を得ることができた。
大人は皆そう思っている。だから、好奇心旺盛な少年も、積極的無関心の少女も嘲笑する。可能性は有限。無限とは言わない。だが、それを見い出すのはその個人なのだ。
所詮は80年しか生きられない小さな生物なのだ。そんなに深刻に考える意味がない。
そうやって、歩いていた男は少年を見上げ、少女を一瞥すると、繁華街へ立ち去って行った。
少年は俯いた。
やがて来る日を予想して。
又来る日はいつだろう?
探せど見えない、七月空