あの日交わした約束を僕はずっと忘れない
【登場人物紹介】
主人公:狭山令二
地元を離れ一人暮らしをする高校一年生の男子。過去に抱えたトラウマが原因で引きこもりになる。
兄弟はなく、一人っ子。幼い頃は共働きの両親を家で待つ鍵っ子だった。
ヒロイン:寺田早紀
突然、主人公の前に現れた謎の少女。主人公のことをよく知っているようだが…。
※作品の核心部に関わるため詳細は伏せます。
登場人物は以上の二名になります。
一生懸命に生きることをカッコ悪いと勘違いし始めたのはいつの頃からだろう。
僕はいつの間にか一生懸命という言葉の意味を忘れてしまったのかもしれない。
頑張っている姿はカッコ悪い。
そんな幻想を抱いてしまったのは何故だろう。
本気の姿はとても…とても輝いているというのに。
人生は一度しかないというのに…。
僕はいつしか人前で泣かなくなった。
男の僕が人前で泣くことは恥ずかしいことだと思ったから。
でも、本当に悲しい時や嬉しい時は泣いたっていい。
気持ちを押し殺して自分を偽るのはカッコ悪いから。
最後に人前で泣いたのはいつだっただろう。
祖父さんが死んだ時も飼っていた猫が死んだ時も、僕は泣かなかった。
いや、泣けなかった。
人前で泣いてはいけないという楔が心に打ち込まれていたから。
ただ、その時は胸が締め付けられるような、脈が早くなり目眩がするような不快な感覚だけが残った。
何とも後味の悪い感情。
最後に残るのは胸につかえた吐き出しきれない感情の塊。
それを取り除けたらどれほど楽になるだろう。
きっと、今とは違う気持ちでいるはず。
そうすれば昔の無邪気な子供の頃のように、もっと…もっと笑顔で居られるのかな。
心の底から笑えるのかな。
目の前にいる大切なヤツを守っていける力が欲しい。
それが僕の今の願い。
神様が居るならお願いしよう。
僕を助けてくれるのなら…。
僕は夏は嫌いだ。
暑いのは苦手だし、何より思い出したくないトラウマがあるから。
十年前のあの夏。
ちょうど今日のような茹だるように暑い日。
僕は大切な友達を失った日。
呪われた人生を知ったあの日。
どうして、何故と今でも夢に見るあの光景。
横断歩道を渡っていた僕らへ飛び込んできた大型トラック、身代わりになった少女。
勝ち気で男勝り、快活を絵に描いたような元気な女の子。
肩まで伸びた栗色の髪と白い肌が綺麗だった。
事故現場で見た赤い光景。
時が過ぎても終わらない悪夢。
僕は一生それを背負って生きなければならない、そう思って今までを過ごしていた。
ただ、決して誉められるような人生は歩めてはいない。
第一志望だった高校の受験に失敗。
地元に居辛くなった僕は遠くの町で一人暮らしをしながら、志望校でもない滑り止めの学校に通い始めた。
それも続いたのは四月の終わりまで。
もうかれこれ三カ月近くは学校に通っていない。
学校での生活が肌に合わなかったわけでもないし、特別イジメられたわけでもない。
答えは簡単だった。
そこに居場所がないと気付いてしまったから。
そうして次の日には学校を休んだ。
初めは軽い気持ちだった。
誰かが心配してくれるだろう、そういう期待も少しばかりはあった。
でも、そんな幻想はやはり幻想で、叶うことはなかった。
担任も僕のことなど興味がないのか、それとも義務教育ではないからか、心配の連絡の一つもなかった。
それが今まで続いている。
僕は社会から忘れられてしまったのだろうか。
目を閉じれば闇があって、一人だと実感する。
そして今日も、アパートから出ることもなく時間だけが過ぎて行くのだろうと、生きる気力を失ったもう一人の僕が笑った。
ただし、今日はいつもと違っていた。
このアパートに移り住んで一度も鳴ったことのないチャイムが二回鳴り響いた。
不意に僕の心臓は高鳴っていた。
ワクワクではない心臓の高鳴りは、手や脇、額から嫌な汗が浮かぶ。
この三カ月、ろくに人とも話さなかったから、どう対応すればいいのだろう、そう思っていた。
笑顔など最後に浮かべたのはいつだっただろうか。
最後に話した言葉はなんだっただろうか。
言葉はちゃんと伝えられるだろうか。
何もかもがただ怖かった。
そうしている間にも、催促のチャイムが三回四回と鳴り響いた。
黙っていれば諦めて帰るだろうか。
僕を忘れていなかった誰かは、どうして僕を尋ねてきたのだろう。
少しの好奇心と救いを求め、意を決して玄関へと向かった。
声は出さず、息を殺して、無機質な鉄のドアに空いた小さなのぞき穴を覗き込む。
まだ居るとすれば顔が見られるはずだった。
しかし、そこには誰も居ない。
目を凝らすと、下の方に小さな頭が動いているのが見えた。
どこかで見たことのある動きをする、そんな頭。
「こんにちは~」
玄関の外で声が聞こえる。
見知らぬ女の子の声。
そして、コンコンと二回扉をノックする。
「あれ、お家間違えちゃったかな?標札もないし…。レーイージーく~ん」
その言葉に心は激しく動揺した。
何故、この少女は僕の名前を知ってるのか。
もちろん彼女の言葉の通り、標札は出していない。
何より、間延びした特徴のある呼び方には聞き覚えがあった。
僕は無意識に玄関の鍵を開け、ゆっくりと扉を開いていた。
「あ、いたいた。こんにちは、令二君」
「えっと…君は?」
「え~、私のこと忘れちゃったの?酷いな~」
言葉ではそういうものの、少女の表情はイタズラっ子のソレだ。
こんなやり取りを僕は知っている。
それが誰だったのかは、記憶にモヤがかかってハッキリとしない。
「ごめんね、お兄ちゃん分かんないや。人違いじゃないかな?」
「そんなことないよ。友紀は狭山令二君に会いに来たんだから」
その名前に記憶の中のモヤが晴れ、ある少女の顔が浮かんだ。
トラウマの少女、金谷友紀の顔。
僕を助けて赤に染まった最愛の友人。
「な、何言ってるんだ、友紀は…友紀はもういないだ」
「うん。金谷友紀はもういないよ。私はその生まれ変わり。ずっと、令二を探してたの。伝えたいことがあったから」
「生まれ…変わり?そんなわけ、あるはずない。そうか…お前、友紀の幽霊か何かだな。あぁ、きっと化けて出たに違いない。俺、暑さのせいでついに幻覚が見えるようになっちまったのか…」
頭の中はパニックだった。
記憶の中のトラウマは目の前に幻として、幽霊として現れたのだから。
僕は病んでいる、そう思わざるを得なかった。
「落ち着いて、令二。見て、ちゃんと足もあるの。ほら、令二に触れることだってできる。これで信じられないかな?」
そういって僕の手を取った。
小さくやわらかい手のひらからは温かい少女の体温が伝わってくる。
友紀もそういって僕の手を繋ぐのが好きだった。
僕の左側を歩いて、そしていつも一緒に遊びに出かける。
何気ない日常。
でも、戻らない日常。
友紀を失ったあの日から僕の中の時間は止まっている。
ココにいるのはただの抜け殻。
友紀の命を貰って卑下た人生の時間を浪費する抜け殻。
「…嘘だ。信じない」
「じゃあ、少しお話しようよ。上がらせてもらうね」
「ちょっ…!?」
少女は制止も聞かずに中へ入って行った。
こんな強引なところまで、友紀にそっくりなどとは、皮肉にもほどがある。
「…わ~、さすが男の子の一人暮らし。散らかってるね~。片付けが苦手のは変わってないな~」
「うるさい。幽霊に文句を言われたくない」
「あれ?まだ信じてないんだ。仕方ないよね。あの事故から今年で十年になるんだもんね」
「…軽々しく、事故の話はしないでくれ。なんて、幽霊だか幻覚だか分からないやつに話しても無駄か」
「も~幽霊でも幻覚じゃないんだってば。どうしたら信じてくれるのかな?」
頬を膨らませ怒った表情まで同じ。
僕は完全に病んでる。
明日、病院に行くべきなのだろう。
今はこの幻覚をとうにかしなければ、精神がどうにかなってしまいそうだ。
出来ることなら大声で叫びたい気分。
外へ飛び出してどこか知らない場所へ逃げ出してしまいたかった。
「…分かった。じゃあ、二人の合い言葉だ。これが言えたら信じてやる」
これは少し意地悪な質問だ。
僕らに合い言葉なんてありはしない。
仮に何かを答えようものなら、目の前に居るのは友紀の名を語る偽物。
そうなれば幽霊でも幻覚でもない。
さぁ、どう出る。
「うーん、令二は昔から少し意地悪なところがあるよね?二人の合い言葉、そんなのなかったよね?代わりに友紀が覚えてること、教えてあげる。令二の誕生日は十二月一日の射手座。おばさんの名前はメイコさんで、おじさんはイチロウさん。令二は一人っ子だから兄弟はいないよね。あと、おじさんたちは共働きで、令二は鍵っ子だったよね。そうそう、背中に生まれつき三日月形のアザもあったね。あってるかな?」
「…嘘だ。どうしてそんなことまで…」
「だーかーらー、初めから言ったでしょ?私は友紀の生まれ変わりなの。ちなみに、今の名前は寺田早紀、だよ?」
少し背筋が冷たくなるのを感じた。
最後に付け加えたアザの話は両親と一部の親しい友人しか知らない。
もちろん、その中に友紀も含まれている。
それに、誕生日や家族の話まですべてを知っているのは、よく家に遊びに来ていた友紀をおいて他には居ない。
認めたくない現実が目の前にあった。
「お前、本当に友紀…なのか?」
「も~最初からそう言ってるよ。でも、さっきよりは信じられるって顔になってきたかな?」
「まだ、完全に信じたわけじゃない。じゃあ…少し質問な。最初に言った、伝えたいことって…?」
「そう、それ!ごめんなさいを言いにきたの。近所の公園の砂場で、私たちがした約束、今でも覚えてる?象さんの滑り台がある公園だよ」
象の滑り台がある近所の公園は僕らがよく一緒に遊んだ場所。
二人で鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり。
日が暮れるまで遊んで、「また明日」をよく言った。
そこで交わした約束は今でも鮮明に覚えている。
「あぁ、大人になったら…友紀をお嫁さんにする…だろ」
「うん。正解。あれ?令二、泣いてるの?」
「え…あ…これは、その…」
胸が締め付けれ視界が霞んだ。
手で拭っても拭って、あふれ出す涙は止まらなかった。
「私のために泣いてくれたのかな。だったら、凄くうれしい。でも、本当にごめんなさい。令二が好きだった金谷友紀は、もうどこにも居ないの。だから、令二にごめんなさいを言いたくて、生まれ変わってずっとずっと探してたんだよ」
「…」
言葉は出なかった。
ただ、頬を流れる涙が冷たく感じ、嗚咽だけが漏れた。
不意に、小さな指が頬の涙を拭っていく。
「令二、泣かないで。令二が泣いたら、私も悲しくなっちゃうから。それでね、ずっと考えてたことがあったの。もう、金谷友紀は居ないけれど、私と新しく約束しようよ」
「え…?」
「砂場での約束、新しくもう一度作り直すの。どうかな?」
気がつくと友紀はその場で正座をして姿勢を正していた。
友紀が真剣な話をするときによくしていた姿。
見た目は変わっても中身は変わらないらしい。
不思議だけれど、この僅かな間にこの少女が友紀だと認識するようになっていた。
「約束、だよな」
「そう、約束。あ、でも、令二に彼女がいたらどうしよう…」
「いや、居ないから。…分かった、約束、決めたよ」
「何かな?」
「俺より先に死なないでくれ。それと、ずっと一緒に居たい。だ」
「えっと、それはプロポーズ?」
「ま、マセたこと言ってんじゃねぇよ!こ、言葉の通りだ。二度は…言わない…」
顔が熱かった。
きっと頬も耳たぶも赤くなっているんだろう。
そのことに気が付くと何故か照れくさくなって、久しぶりの笑みがこぼれた。
「うん、分かった。約束する。約束破りは針千本だからね」
「あぁ、約束だ」
小さな小指と僕の小指が絡まり、十年ぶりに指きりが交わした…。
最後まで読んでいただきありがとうございました。実はこの作品、別の投稿サイトにUPしたモノでしたが、少しリメイクを加えています。
実際に、物語のような奇跡はおきないでしょう。転生、黄泉還りがあればどれだけ人の価値観は変わるのか。
失ったものは元には戻りませんが、生きている限りやり直すことはできると思います。
まだ果たせていない約束があるのなら、それを叶えるために今を生きれたら、それはきっと素晴らしいこと。
きっと、筆者の“今”の気持ちを存分に投影した結果がこの作品という形になったのだと、今はそう思っています。
最後に、ご意見・ご感想などがあればお寄せください。今後の作品の糧にしたいと思います。
また、これとは違った長編のファンタジー小説もUPしていますので、興味がある方はよろしくお願いします。