我一番なり
ある大学にある男がいた。そしてある女がいた。ある男はある女を見て一目ぼれをした。ある男はなんとかある女の連絡先を本人から聞き出した。これはそのある男とある女が初めて、喫茶店でデートをした時の話である。
ある男が先に喫茶店に着き、座席に着く。ある女はある男が到着してから五分後にやってきた。
男「よく来ていただきました。お待ちしていました。」
ある男は一目ぼれした相手に直接、連絡先を聞き出すぐらいだから度胸がある。今日のデートでは緊張をしたそぶりを見せないでいるつもりだが、内心は心臓が破裂しそうなくらいに緊張していた。
女「いや、たまたま用事が空いていたし全然構わないわ。それよりその丁寧な口調を辞めて、もっとくだけた感じでいいわよ。」
実はある女の方もある男に対して抱く感情はまんざらではなかったようだ。とりあえず今日のデートによってこれから先のことを考えていこうと思っていた。
男「そうだよな、なんでこんな口調なんだよな、はははっ。」
ここである女とある男は軽い自己紹介を交わした。しかし、その軽い自己紹介でお互いの口から語られることがなかったお互いの性格があった。性格というよりも欠点であろうか。比較的もてるであろう両者に恋人がいないのはこの理由からであった。会話は自己紹介から続いていく。
男「趣味はなに?」
女「テニスかな、長いことやってきたわ。」
男「実は俺もテニスは長いことやってきたんだよね。中学生からかな。」
女「あらっ、私も中学生からずっとやってきてるわ。中一の途中から習い始めたわよ。」
男「俺の方がちょっとだけテニス暦が長いな。俺は中一の最初から習い始めてたね。」
女「そんなちょっとの経歴の差なんて一緒だわ・・・。」
ある女は少しだけ気分が悪くなったようだったが、ある男はそれにあまり気づかないようだった。
男(俺の素晴らしいテニス経歴でも語ってやるかな・・・。これで俺にほれるはず・・・。)
男「それで中学生の時は県大会を制覇したんだよね。その先の関東大会では準優勝で惜しかったんだよな〜。」
男は浅はかであった。こんな自慢でひっかかる女性などいるのだろうか。しかし、ある女はそれに対して上手にでる。
女「私の場合、県大会はもちろん、関東大会も優勝したわよ。まあ、全国ではベスト8ぐらいだったかしら。まあ、今となってはあの時より腕は衰えたかもしれませんね。」
女(何が関東大会かしら、私の方がもっと上よ)
男(高飛車な女だ。だけど、その経歴といい、その容姿といい俺にぴったりの女性だ。ますます惚れるぜ。まあ、ここは素直に俺が引き下がるか。)
男「それはすごい経歴だな〜、俺もそれぐらいいけたんだよな〜。俺ってさ、実力はあっても運がなくて大会前にはきまって何かしら怪我しちゃっていたんだよね〜。」
女(何を言い訳をしてるのかしら。だけど、そんな必死な姿もカワイイ気がする。まあ、私の尻にしかせとくにはちょうどいいかもしれない。)
女「それは、それは、残念でしたわね。今度勝負でもしましょうか?でも、また怪我をしてしまうかもしれませんね・・・。あははっ。冗談ですよ、ははっ。」
男(なんだこの高飛車な女は・・・。その鼻をへし折ってやる。)
もう言うまでもない。両者は会話に夢中で気づいていないだろうが、賢い読者諸君は二人の性格がわかっただろう。会話は続いてく。我が、我の方が上なんだと示すがために。
男「テニスの話ばっかりしててもあれなんで・・・。あ、でも俺の場合、部活と勉強を両方頑張ってたんだよな。というより、勉強の方ができたかな〜。」
女(うまく逃げたわね。だけど、私だって勉強も優秀だったわ。)
女「あら、それは凄いですわね。私、勉強はちょっとできなかったかしら・・・。最低、学年五位だったと思いますわ。」
女(まあ、私の方が上かしらね。おほほっ。)
男「へえ、勉強のほうはまあまあだったんだね。俺は最低でも上位三位だったね。」
男(へへへ、参ったか。)
気づけば、二人はお互いのことを皮肉で批判していた。これが初めてのデートでの会話だと周りの客にはわかるはずがなかった。むしろ、その会話の口調ぶりには別れ際のカップルのようにも見えた。二人にとってデートにきていることは頭に残っていなかった。
男「#$%&@、いや、俺の方が・・・。」
女「#$%&@、いや、私の方が・・・。」
自分の自慢ばっかりをして相手より上に立とうとしているあまり、ついにはこのような話までもが出てしまう。
男「俺の親は○○商事の社長で・・・、#$%&、母親も#$%&・・・。」
女「私の親だって・・・、#$%&・・・。」
親の自慢話だ。ここまで来てしまえば収集がつかない。しかし、なんだかんだ言っても三時間以上にわたって語り合った二人であった。
結局最後はどちらが喫茶店の勘定を払うかということで言い争いをしたが、二人が折れて割り勘で払うということになった。そこでこの先を暗示するかのような、この先を左右するような些細な出来事が起きた。
男「えっと、千五十円の半分だから五百二十五円だね。」
女(やばい、五百二十円しかないわ・・・。五円ないかしら、五円・・・。)
ある女は五円という細かい小銭を持っていなかった。これでは、ある男に負けてしまうという普通の人にはよくわからない感情が女には生まれていた。幸いにある男は靴紐を結んでおり、その慌てぶりを見られていることはないだろうと思っていた。しかし、その事実も言い出せずにいたある女。ある男がある女に話し掛けようとしていた。
女(やばい、こんなことでこの男に負けるなんて・・・。五円ごときで・・・。)
男「あれ、五円玉が落ちているけれど、あなたが落としたんじゃないの?」
女(えっ・・・、本当だ・・・。助かったわ・・・。)
女「あらっ、私が落としたのかしら。」
その落ちた五円玉を拾い、ぴったり五百二十五円をある男に手渡すある女。
女「はい、ぴったり五百二十五円ですよっと。」
男「はい、確かに受け取りましたよっと。」
女(だけど、私が財布を見たときには絶対に五円玉はなかったわ・・・。落としたわけでもないわ・・・。あっ・・・。)
何かにきづいたある女。あの落ちていた五円玉は一体誰のものであったのかがわかったのである。確かにある女は5円玉を持っていなかった。と、なると誰かが落としたものであるのだが、その誰かが一体誰なのだろうか。ある女はその誰かを一人に絞り込んでいた。そう、それはある男であると。ある男がある女の慌てぶりをみて五円玉だけ足りないことにきづいたのだ。そこで、ある男は靴紐を結ぶふりをしている間に五円玉を落としておいた。
散々、いいあいをしていた二人だが、ある男は最初からある女に惚れていたわけだから、ある女を好きだったのだ。また、ある女はこのやさしさに気づいてある男に惚れてしまった。
これで日本一、いや、世界一言い争いの多いカップルが生まれたのである。言い争いばっかりしていて仲が悪いように見えるこのカップルだが、仲が悪いのは上辺だけである。心は常に繋がっている。このカップルが夫婦になるのも時間の問題ではないだろうか、と著者は予測している。
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