一目惚れ3
春の暖かい日差しの中、ジョンはキャサリンと馬車に乗っていた。
2人は密かに手を繋いでおり、仲睦まじかった。
太陽が嫉妬するほどで、馬車の行く手を照らしてくれる。
「わあ、気持ちがいい!!」
キャサリンは嬉しそうにジョンを見、笑ってくる。
今日は青空を思わせる水色のドレスで、レースやリボンがついていた。
ー可愛いな。
ジョンはふふと笑い、キャサリンに声をかける。
「もう少しで着くよ。そうしたら、もっとわくわくする」
「ええ。楽しみですわ!!」
キャサリンの髪が頬にかかり、彼女が手で取ろうとするのを止め、唇で取ろうと試みる。
「じ、ジョン様ったら…!!」
「ふふ。嬉しいだろう? 私の可愛い人」
軽く口づけると、キャサリンは自分の唇に触れる。
「も、もう…!! その、初めての、その、キスですわ」
「そうなのかい? それは良かった。1番の男になりたいからね」
頭を撫でると、キャサリンが目を細めてくる。
どうやら触れられるのは嫌ではなく、むしろジョンに構われたいようだった。
ジョンはそれならばと、ゆっくりとキャサリンの顎を取る。
ゆっくりと、ぷくりとした唇を奪おうとしたその時。
「ー着きましたよ、ジョン様」
御者が声をかけてきたので、ジョンは悔しそうに手を放す。
キャサリンも息を吐いたので、期待していたのだろうかと思ったのだが、横を向いてしまう。
多分、赤い顔を見られたくないのだろうが、ジョンはそこが可愛いと思い直し、繋いだ手に力を込める。
「よし、降りよう。キャサリン」
「は、はい」
先にジョンが馬車から降り、キャサリンに手を差し出す。
キャサリンは小さくて可愛らしい手を前に出すと、ジョンが力を込める。
「ー愛しているよ、キャサリン」
「ま、まあ…!! もうジョン様ったら」
「本当のことだもの。…ほら、青空も君のドレスに敵わない」
キャサリンは馬車を降り、青空を見つめる。
浮かぶ雲は柔らかく、レースのような美しさのあるものや、翼のあるものを集めたかのような迫力のあるものもあった。
「私のほうじゃなくて、ジョン様も素敵ですわ」
黒のモーニングにチョッキ、トップハット姿は、ジョンも気に入っており、キャサリンを引き寄せる。
2人は見つめ合うと、無言の時を過ごす。
それは心地の良いもので、身体がリラックスしてくる。
「ーあ、バスケット」
キャサリンが慌てて手に持つと、ジョンは少し不満に思いつつも、聞いてみる。
「そのバスケット、何が入っているんだい?」
「内緒ですわ。後のお楽しみにしてくださいませ」
キャサリンが意味深に笑うので、ジョンは期待することにした。
「お前は少しここで待っていろ」
御者に命じると、彼は静かに礼をしてきたのだった。
「じゃあ行こうか。私のお姫様」
「お姫様…!! では、ジョン様は王子様ですわね」
「ありがとう」
どう見ても仲の良い2人に見え、周りが霞んで見えるほどだった。
2人は腕を組んで歩いていくと、アーチが見えてくる。
そこには「いらっしゃいませ。ようこそフラワーショーへ」と書かれている。
そう、2人の目的は花を愛でることだった。
キャサリンを楽しませたくて、ジョンが招いたものである。
「わ。私達の他にも、たくさんのお客様がいらっしゃいますね」
「そうだね。皆、春を楽しみにしていたからね。まあ、冬は冬で楽しいのだけれど」
ジョンがそう言うと、キャサリンに確かめる。
「足の速さはこれでいい?」
「十分ですわ。行きましょう」
キャサリンは興奮しているらしく、声が明るかった。
ー良かった。誘って。
そう思うと、フラワーショーへ入って行く。
すると水仙が咲いており、2人を出迎える。
水仙はラッパ水仙と呼ばれ、春を告げる花の1つだった。
「まあ!! 黄色が可愛らしい!! 香りをかいでも?」
「いいよ。ほら、楽しんで」
手を放すのは淋しかったが、キャサリンが嬉しそうに、水仙に顔を近づける姿は美しかった。
ー周りの人間がちらちら見ているから、気をつけなければ。
ジョンは気を引き締めると、キャサリンの側に立ち、守るつもりだった、
キャサリンはそんなことは知らず、ジョンを呼ぶ。
「ジョン様、良い香りがしますわ!! ほら」
腕を引っ張られたので、ジョンは一緒になって匂いを嗅ぐ。
香水よりは弱いが、好意を与えてくれる香りで、ジョンも微笑む。
「いい香りだね。うーん、キャサリンだと思って、えい」
ジョンが軽く水仙にキスすると、キャサリンが「きゃ」と声を上げる。
「どう? 嬉しい?」
「も、もう!! ジョン様ったら…!!」
行こうとするキャサリンを掴まえ、頬にキスをする。
「花とキスはいかがかな、キャサリン?」
「し、知りませんわ!! もう私はその…」
「はは。固まった君はとても可愛らしくて、楽しい」
「もう!! 私は心臓が止まりそうですわ」
キャサリンが頬を膨らませたので、ジョンは彼女の手を取り、先へと促す。
「次へ行こう。えっと、ああ、バラのアーチだ」
ジョンが指差すと、キャサリンがバラを見つめる。
ピンクに赤と色んな色があるのだが、キャサリンはピンクのバラに触れてみる。
「綺麗ですわ。まるで太陽のように華やかで、1輪1輪が目立つというか…。でもトゲで守ろうとしているので、実際は弱い花なのかもしれません」
「面白い解釈だ。キャサリンは詩人になれるね」
「そうですか? 私、変なことを言ってます…?」
「いや、言ってない。大丈夫だ」
ジョンがバラを指で弾くと、ふわりと香りが漂ってくる。
キャサリンは目を輝かせながら、道を進んでいく。
「絵を描きたくなりますわ」
「絵か…。キャンバスを持ってくれば良かったかな?」
「そうですわね…。でも胸に焼き付けるので、大丈夫ですわ」
キャサリンは上機嫌で、足取りが軽やかになっていく。
ジョンはその姿に微笑み、バラのアーチを進んでいく。
「あら!! まあ!! ミモザですわ」
黄色い花は1つずつ小粒なのだが、それが集まって咲いており、風に揺られて気持ちが良さそうだった。
「ジョン様、ミモザは綺麗ですわね」
「綺麗なのはキャサリンだよ。私を枝と例えると、キャサリンは満開の花かな」
「まあ!! ジョン様こそ詩人じゃないですの」
キャサリンの指摘に、ジョンは肩を竦める。
「そんなことはないよ。純粋に言ったまでだ」
「純粋に…。…その、私、花よりも綺麗でしょうか?」
「何を言っているんだ。キャサリンはいつも美しい」
引き寄せて髪にキスすると、キャサリンの頬が赤くなる。
「あの、他の御方が見ていますので」
「関係ない。必要なのはキャサリンだけ。私の心臓はキャサリンでできているんだよ」
「そうですの!! じゃあ私がしっかりしませんと」
「いや、今のままでいい。可愛らしいから」
「もう…。その、ジョン様も頼もしい御方ですわ」
「そう? ありがとう、キャサリン」
軽く持ち上げると、キャサリンが短い悲鳴を上げた。
周りは何事かと見てきたが、ジョンは構わなかった。
「お許しくださいませ」
「嫌だね。私を好きだと言ったら、放そう」
「意地悪ですわ。私は、その、ジョン様のことを好いていますのに」
「やっと言ったな。良かった」
満足そうにしつつ放すと、キャサリンは安堵したような、淋しいような複雑な表情となる。
ジョンは少しやり過ぎたかと思い、話をはぐらかせることにした。
「ーそれ。バスケットの中身は何?」
「ああ、そうですわね。そろそろお見せしませんと」
キャサリンはまだ顔が赤いまま、バスケットを開く。
ジョンが興味津々に覗くと、「わお」と声を上げる。
「パン!! しかも…レーズンパン?」
「そうですの。私が作りまして…その、ジョン様に食べてもらおうと思いまして」
「食べる。もちろん食べる。今すぐ!!」
「え、今すぐ!? あの、でもテーブルが…」
「そんなものはいらない。私の目にはキャサリンしか映ってないから。1個くれないか?」
「ーはい、どうぞ」
恥ずかしそうにキャサリンがパンを渡すと、ジョンはちぎって一口含む。
噛んだ瞬間、パンの甘味とレーズンの甘さが口の中に広がり、良い香りが鼻から出ていく。
「美味しい!! 美味しいよ、キャサリン!!」
「ありがとうございます。これ全部、ジョン様にあげようと思って持ってきましたの」
「もらう!! もちろんさ!! ああ、美味しい」
パンを全部口に入れると、ジョンはキャサリンの肩を叩く。
「自信を持っていい。キャサリンは私のお嫁さんにふさわしい。めでたい、めでたい!!」
「もうオーバーですわ」
そう言ったが、キャサリンは嬉しそうだった。
ジョンは手をハンカチで拭くと、キャサリンと手を繋ぐ。
「ーキャサリン、君は最高だよ。今日はゆっくり楽しもう!!」
「はい!! フラワーショー、楽しいですわ」
「まだ色んな花があるみたいだからね。疲れたら休んで、パンを食べよう」
「そうしましょう。ほほ」
キャサリンの笑い声は星の輝きよりも美しく、ジョンは素早く唇にキスをする。
「ま、まあ…」
「いいの。婚約者なんだから」
そう言うと、ジョンはキャサリンの手を握りしめ、太陽を指差す。
「ほら、太陽も君を歓迎している。フラワーショーじゃなくて、キャサリンショーと言ってもいいかもしれない」
「恥ずかしいですわ」
キャサリンはバスケットを上げると、ジョンはそれを受け止めながら言ってくる。
「これからよろしく、キャサリン」
「こちらこそ。お願いいたしますわ」
2人は笑い合うと、花のアーチを進んでいくのだった。




