第38話 決めるのが、怖い
レンバート冒険者ギルドの空気は、少しだけ変わっていた。
騒がしいわけではない。
だが、報告書を書く手が、皆どこか慎重だ。
「……仮判断、か」
若い冒険者が、紙を前に唸っていた。
「書けばいいだけだろ?」
仲間が軽く言う。
「間違っても修正できるって」
「それは、分かってる」
冒険者は、ペンを止めたまま続ける。
「でもさ。
“判断した”って残るだろ」
誰も、すぐには答えられなかった。
---
問題の現場は、小さな橋だった。
壊れてはいない。
だが、雨が降ると滑りやすい。
「……どうする?」
「板を足す?」
「いや、重さが増えると危ないかも」
「じゃあ、滑り止め?」
話し合いは続く。
だが、結論が出ない。
結局、彼らはこう書いた。
【調査完了】
【判断:保留】
---
夕方。
ギルドで、ハロルドが報告書を確認していた。
「……保留?」
眉が、わずかに動く。
「はい」
冒険者は、少し身構えながら答える。
「仮判断は、
どう書いていいか分からなくて」
ハロルドは、しばらく黙った。
「では、質問します」
「?」
「あなたは、
この橋を今夜渡りますか?」
「……渡ります」
「慎重に?」
「はい」
「それが、判断です」
冒険者は、目を見開いた。
「それを、
書けばいい」
---
後日。
別の冒険者が、その橋を渡りながら言った。
「……あれ?
前より、気をつけるようになったな」
橋は変わっていない。
だが、注意書きが増えていた。
【雨天時注意/滑りやすい】
小さな変化。
だが、転倒は減った。
---
その話を、ミアがアレンに伝える。
「聞いた?」
「はい」
「誰も直してないのに、
事故が減ったって」
「判断が、共有されたんですね」
「……あなた、本当に」
一拍置く。
「世界を“少し考えさせる”のが得意ね」
アレンは、少し困ったように言った。
「怖いですよね。
決めるの」
「怖いわよ」
ミアは、即答した。
「でもね」
少しだけ、声を落とす。
「決めない方が、
もっと怖いって、
皆分かり始めてる」
---
一方。
別の街の宿で、
ガルドは紙を睨んでいた。
「……仮判断を出せ」
そう書かれた依頼。
「間違ってもいい、か」
エリスが言う。
「それが、できないから、
今まで詰んでたんじゃない?」
ガルドは、返事をしなかった。
ペンを持ち、
止め、
また置く。
“決める”という行為が、
これほど重いとは、
思っていなかった。
---
レンバートの夜。
アレンは、宿の灯りを消しながら思う。
判断は、怖い。
だから、人は避ける。
だが。
**怖いまま、進む方法**が、
少しずつ、世界に広がっている。
それでいい。
正解でなくても。
完璧でなくても。
歩かなくても、
世界は前に進める。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




