第37話 仮判断という名前
レンバート冒険者ギルドの会議室は、朝から静かだった。
声を荒げる者はいない。
だが、全員が同じ資料を見ている。
「……“仮判断制度”か」
支部長が、ゆっくりと口にした。
机の中央には、一枚の紙。
新しくまとめられた、簡易的な運用指針だった。
「判断を避けない。
ただし、確定させない」
ハロルドが補足する。
「調査後、必ず“仮の判断”を記載する。
間違っていてもいい。
後から修正する前提で」
誰かが、小さく息を吐いた。
「……楽にはならないな」
「ええ」
ハロルドは、正直にうなずく。
「でも、“待つ理由”は消えます」
沈黙。
それは、全員が一度は見てきた光景だった。
──あの人が来るまで、様子見。
それが、どれほど楽で、どれほど危険か。
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会議室の外。
アレンとミアは、その様子を遠くから見ていた。
「……始まったわね」
ミアが、小さく言う。
「はい」
アレンは、静かに答える。
「“あなた基準”を、
ギルドが引き受けた」
「重いわよ?」
「はい」
それでも、アレンの表情は変わらない。
「でも、必要です」
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午後。
掲示板の端に、新しい紙が貼られた。
【新運用】
・現地調査後は、必ず仮判断を記載すること
・判断は後日修正可
・“判断しない”は不可
派手さはない。
だが、足を止める冒険者は多かった。
「……仮、か」
「間違ってもいいってことだよな」
「責任、軽くならない?」
「逆だろ」
誰かが、ぽつりと言った。
「考えないといけなくなる」
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その日の夕方。
一件の報告が、ギルドに届いた。
「旧街道のぬかるみについて、
仮判断:部分的な排水整備が妥当」
ハロルドは、報告書を読み、うなずいた。
「……いい」
完璧ではない。
だが、“決めている”。
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宿への帰り道。
「ねえ、アレン」
「はい」
「もう、あなたがいなくても」
「はい」
「“あなたっぽい判断”は、
勝手に生まれるわね」
アレンは、少し考えてから言った。
「それなら」
「?」
「僕は、
歩かなくていい場所が増えます」
「……そこが基準なのね」
ミアは、苦笑した。
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同じ頃。
別の街のギルドで、
ガルドは報告書を眺めていた。
「……仮判断、か」
「便利そうだろ?」
職員が言う。
「だが」
ガルドは、紙を置いた。
「それを使いこなすには、
覚悟がいる」
“間違える前提で決める”。
それは、
彼らが一番避けてきた選択だった。
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レンバートの夜は、今日も静かだ。
誰も正解を持っていない。
だが、誰も立ち止まらなくなった。
名前のない基準は、
制度になり、
考え方になり、
やがて当たり前になる。
アレンは、今日も歩かなかった。
それでも世界は、
一歩だけ前に進んでいた。
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