第34話 名前が、必要になった
夜の宿。
ガルドたちは、珍しく全員が黙っていた。
酒は減っているが、
笑い声はない。
「……なあ」
沈黙を破ったのは、ブラムだった。
「そろそろさ」
「……何だ」
ガルドが、低く答える。
「名前、知らないとまずくないか」
その言葉に、
誰もすぐには否定しなかった。
エリスが、ゆっくり口を開く。
「今まで、
“あの人”で通じてた」
「通じてたのが、異常だったな」
ブラムが苦笑する。
「皆、分かってるつもりで」
リーナが、膝の上で手を握った。
「……でも」
「?」
「追いつきたい、って思ってる時点で」
一拍置く。
「もう、同じ場所じゃない」
ガルドは、黙ったまま杯を回す。
否定できない。
「聞くか」
ガルドが、ようやく言った。
「誰に?」
「ギルドだ」
エリスが、即答する。
「噂の出どころは、
だいたいそこ」
ガルドは、短くうなずいた。
「……行く」
翌日。
別の街の冒険者ギルド。
受付の前で、ガルドは一瞬だけ躊躇した。
「……相談だ」
「はい」
受付職員が、顔を上げる。
「最近」
言葉を選ぶ。
「“現地判断”がうまい冒険者がいると聞いた」
職員は、少し考えた。
「……名前は?」
ガルドは、正直に答えた。
「知らない」
一瞬、間があった。
だが、職員は笑わなかった。
「それでしたら」
静かに言う。
「何人か、心当たりはあります」
ガルドの眉が、動く。
「一人じゃない?」
「はい」
「……?」
「今は、
“考え方”が広がっていますから」
ガルドは、息を吐いた。
(もう、一人じゃない)
それが、
安心でもあり、
追いつけない証明でもあった。
「ただ」
職員は、続ける。
「元になった人物は、います」
ガルドは、顔を上げる。
「誰だ」
「……ご存じないなら」
一拍置く。
「無理に探さない方がいいかもしれません」
「なぜだ」
職員は、困ったように言った。
「その人」
「?」
「名前で呼ばれるのを、好まないので」
ガルドは、無言でうなずいた。
――分かる気がした。
その夜。
宿に戻ったガルドは、静かに言った。
「名前は、分からなかった」
「……そう」
エリスが、目を伏せる。
「でも」
ガルドは、続ける。
「追うべき“何か”は、はっきりした」
ブラムが、苦笑する。
「人じゃないな」
「ああ」
ガルドは、前を見据えた。
「考え方だ」
それが、
一番遠くて、
一番近い目標だった。
同じ頃。
レンバートの宿で、
ミアが言った。
「最近ね」
「はい」
「あなたの名前、
聞かれるようになった」
アレンは、少しだけ眉を動かす。
「……困りますね」
「でしょうね」
ミアは、肩をすくめる。
「でも、安心して」
「?」
「答え、出してない人の名前は」
一拍置く。
「広まりにくい」
アレンは、ほっとしたように息を吐いた。
「それなら」
「?」
「歩けます」
「……結局そこ」
ミアは、笑った。
だが、内心では分かっていた。
名前がなくても、
もう無視できないところまで、
彼は世界に影響を与えている。
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