第32話 分かったつもりの街
フレイアからさらに南、ミルドという小さな街。
ここにも、噂は届いていた。
「整えなくても、うまくいくらしい」
「正解は一つじゃないんだってさ」
「判断を残すのが大事なんだろ?」
集会所では、そんな言葉が飛び交っていた。
――だが。
誰も、
**“なぜそう判断したのか”**を説明できていなかった。
「じゃあ、うちは何もしないでいいな」
街の代表が、軽く言った。
「触らないのが正解なんだろ?」
商人も、うなずく。
「無理に整えなくていい」
狩人も、腕を組む。
「獣道はそのまま」
話は、あっさりまとまった。
あまりにも、あっさり。
数日後。
街道で、小さな事故が起きた。
「……あれ?」
荷車が、傾いて止まっている。
「前から、
ここ危なかったよな?」
「でも、触らない方がいいって……」
誰も、動かなかった。
結果、
通行が滞る。
ミアとアレンが呼ばれたのは、その翌日だった。
「……状況、聞いた?」
「はい」
「“何もしない”を選んだらしいわ」
現場に着くと、
確かに手つかずだった。
「……ここは」
アレンが、地面を見る。
「触らない方がいい場所と、
触らないといけない場所が、混ざっています」
ミアは、ため息をついた。
「つまり?」
「判断を省いた」
街の代表が、慌てて言う。
「だが、
“正解は一つじゃない”って……」
アレンは、静かに首を振った。
「それは」
一拍置く。
「考え続ける、という意味です」
誰も、すぐには返事ができなかった。
アレンは、最低限の杭を打った。
「ここは、危ない」
「ここは、触らなくていい」
それだけ。
大掛かりな整備は、しない。
「……全部やらないんですね」
代表が、恐る恐る聞く。
「はい」
「でも、何もしないわけでもない」
「はい」
ミアは、内心で思う。
(やっぱり、
この人は“線を引くだけ”)
夕方。
街の人たちが、集まって話し合っていた。
「じゃあ、
ここだけ直す?」
「ここは残す?」
「……考えないとだな」
その様子を、アレンは遠くから見ていた。
「……どうですか?」
ミアが聞く。
「動き始めました」
「正解?」
「分かりません」
それでいい。
レンバートに戻ると、
ギルドの簡易指針に、また一文が増えた。
“何もしない”も、判断の結果である
ただし、判断は省かない
短いが、重かった。
一方。
別の街の宿で、
ガルドは話を聞いていた。
「……触らなかったら、失敗?」
「はい」
「だが、
少し手を入れたら回り始めたと」
ガルドは、静かに息を吐く。
「……同じ言葉を聞いても」
エリスが、低く言う。
「理解の深さが、違う」
ガルドは、拳を握った。
その“深さ”を、
自分たちはまだ持っていない。
ミアが宿で言った。
「ねえ、アレン」
「はい」
「もう、あなたのやり方」
「……はい」
「誤解される段階に来たわね」
アレンは、少しだけ笑った。
「それでも、
歩きます」
誤解されても、
名前が出なくても。
考える人が、一人でも増えるなら。
それで、十分だった。
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