第22話 それはもう一件じゃない
朝のレンバート冒険者ギルド。
ミアは、カウンターに積まれた紙束を見て、
無言で固まっていた。
「……ねえ、ハロルド」
「はい」
「これ、何枚?」
「七枚です」
「昨日の“明日に回します”よね?」
「はい」
「一日一件じゃなかった?」
「はい」
テンポよく肯定される。
ミアは、ゆっくりと深呼吸した。
「……説明して」
ハロルドは、申し訳なさそうに言う。
「全て“同一エリア”です」
「それ、魔法の言葉みたいに使ってない?」
「現場判断型、という意味では……」
「意味では!?」
横でアレンが、紙を覗き込む。
「見張り小屋周辺、ですね」
「そう」
ミアは指を鳴らす。
「昨日やった場所」
「でも、違う内容です」
「違わない!」
ミアは声を荒げた。
「柵、道、溝、草刈り、倉庫裏、排水、目印」
一枚ずつ読み上げる。
「これ全部、別件!」
「現場的には、つながっています」
「それを“まとめ”と言うな!」
ハロルドは、目を逸らした。
「……正直に言うと」
「何」
「一件ずつ依頼にすると、
誰も受けないので」
ミアは、言葉を失った。
「……え?」
「説明が難しい。
報酬がつけにくい。
でも放置すると、困る」
ミアは、アレンを見る。
「……聞いた?」
「はい」
「これ、もう個人の親切じゃない」
「?」
「社会インフラ」
アレンは、少し考えた。
「……歩くだけで、そこまで?」
「そこまでよ!」
現場に向かう道中。
ミアは、ずっと腕を組んだままだった。
「ねえ、アレン」
「はい」
「あなた、今まで全部“ついで”でやってきたでしょ」
「そうですね」
「でも今日のは違う」
一拍置く。
「“期待されてる”」
アレンは、足を止めた。
「期待、ですか」
「そう。
あなたが来る前提で、
誰も手を付けてない」
沈黙。
アレンは、周囲を見渡す。
確かに、
手を入れれば良くなる場所が多い。
「……それは」
言葉を探す。
「よくない、ですね」
ミアは、少しだけ驚いた。
「分かる?」
「はい」
「どうして?」
「自分が来なかったら、
そのままだから」
ミアは、ゆっくりうなずいた。
「そう」
ここが、初めての自覚だった。
見張り小屋周辺は、昨日より人が多かった。
「お、来たぞ」
「例の人だ」
小声が、確かに聞こえる。
ミアの眉が、ぴくりと動いた。
(名前も知らないくせに)
アレンは、変わらず淡々と作業を始める。
だが、今日は違った。
「ここは、今日はやりません」
ミアが、はっきり言った。
周囲が、ざわつく。
「え?」
「でも、ここも危なくて……」
「分かってます」
ミアは、きっぱり言う。
「でも、今日は“一件”」
アレンを見る。
「ね?」
アレンは、少し考えてから言った。
「……はい」
その一言で、
いくつかの視線が困惑に変わる。
だが、誰も文句は言わなかった。
“やってもらえない”という選択肢が、
初めて現れたからだ。
帰り道。
ミアは、少し疲れた声で言った。
「……嫌われたかも」
「そうですか?」
「うん」
「それなら」
アレンは、穏やかに言う。
「たまには、いいですね」
ミアは、足を止めた。
「……あなた、分かって言ってる?」
「はい」
少しだけ、笑う。
「全部やるより、
続く方がいいです」
ミアは、しばらく黙っていた。
そして、ふっと笑う。
「……成長してるの、
自覚ないでしょ」
「そうかもしれません」
ギルドに戻ると、
ハロルドが不安そうに聞いた。
「……どうでした?」
「一件、だけ」
ミアは強調した。
「ちゃんと、一件」
ハロルドは、安堵したように息を吐く。
「……助かります」
「困るでしょ?」
「はい」
それが、正直な答えだった。
この日。
初めて、
主人公が“全部はやらない”という選択をした。
世界は、少しだけ不便になった。
――だが、その方が健全だった。
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