第19話 それ、依頼にできますか?
レンバート冒険者ギルドの昼は、珍しく慌ただしかった。
受付のハロルドが、何度も奥とカウンターを往復している。
書類の束を抱え、額にはうっすら汗。
「……何かあったんですか?」
ミアが声をかけると、ハロルドは一瞬だけ逡巡し、
小声で答えた。
「実は……他の支部から連絡が」
「他支部?」
アレンも首をかしげる。
「はい。
隣街のグラン支部です」
ミアは、嫌な予感しかしなかった。
(ついに来た)
応接用の小部屋には、見慣れない男が座っていた。
ギルド職員の制服。
だが、レンバートのものではない。
「初めまして。
グラン支部の副支部長、ロイドです」
丁寧な挨拶だった。
「こちらは、レンバートの冒険者、ミアです」
「アレンです」
ロイドは、二人を交互に見て、少しだけ首を傾げた。
「……噂と、随分印象が違いますね」
ミアが即座に反応する。
「どんな噂ですか?」
「え?」
「ど・ん・な・噂・ですか?」
圧が強い。
ロイドは、軽く咳払いをした。
「ええと……
“説明しにくい問題が、行っただけで片付く冒険者”」
「……だいぶ正確ね」
ミアは、ため息をついた。
「で、用件は?」
ロイドは姿勢を正す。
「率直に言います」
一拍置いて、続けた。
「依頼にできない案件を、見てもらえないか」
アレンは、きょとんとした。
「依頼に、できない?」
「はい」
ロイドは、書類を差し出す。
【港湾区・原因不明の作業停滞】
【被害なし/事故なし/ただし進まない】
「……それ、何が問題なんですか?」
ミアが聞く。
「港の荷揚げが、なぜか遅い。
人もいる、道具もある、
でも効率が落ちている」
「事故は?」
「ありません」
「魔物は?」
「いません」
「じゃあ――」
ミアは言葉を切る。
「誰も困ってないけど、全体が困ってるやつね」
ロイドは、深くうなずいた。
「その通りです」
アレンは、少し考えてから言った。
「……見に行くだけなら」
ミアが、横から即座に釘を刺す。
「ちょっと待って」
「?」
「それ、他支部案件よ?」
「はい」
「しかも正式依頼じゃない」
「はい」
「移動時間もかかる」
「……歩けますね」
ミアは、天井を仰いだ。
「そこじゃない!」
だが、ロイドの表情は明るくなっていた。
「ありがとうございます。
それで十分です」
「十分?」
「はい。
“原因が分かれば”」
一瞬、沈黙。
ミアは、ゆっくりとロイドを見る。
「……それ、原因が分からない前提で来てるわね?」
「正直に言うと」
ロイドは、困ったように笑った。
「こちらでは、もう手詰まりです」
港湾区は、人で溢れていた。
荷車、木箱、縄、掛け声。
確かに、止まってはいない。
だが――どこか、噛み合っていない。
「……ああ、なるほど」
港に入って数分で、アレンが呟いた。
ミアが即座に振り向く。
「もう?」
「はい」
「何が?」
「導線が、悪いです」
「……それだけ?」
「積む人と、運ぶ人と、下ろす人が、
微妙に交差しています」
ロイドが目を丸くする。
「そんな単純な……」
「単純です」
アレンは、港全体を見渡す。
「ここを少しずらして、
荷車を一列にすれば」
ミアは、嫌な予感しかしなかった。
「……あなた、まさか」
「少し、動かしますね」
「聞いてない!」
だが、止める前に、
アレンは近くの作業員に声をかけていた。
「すみません。
一度、こちらに集めてもらえますか」
数分後。
港の流れは、目に見えて変わった。
「……速い」
ロイドが、思わず呟く。
誰も能力が上がったわけではない。
ただ、無駄が消えただけ。
「……依頼に、できますか?」
ロイドが、ぽつりと言う。
ミアは、即答した。
「無理」
「ですよね……」
アレンは、首をかしげる。
「でも、終わりました」
ロイドは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。
これは……何と呼べば?」
ミアは、少し考えてから言った。
「……相談案件」
「相談、ですか」
「ええ。
依頼未満、雑用以上」
アレンは、空を見上げた。
「歩く場所、増えましたね」
ミアは、肩をすくめる。
「ついに、支部越えたわね」
こうして。
“依頼にできない相談”は、
正式に他支部を越えて流れ始めた。
それが、
後にギルド全体を悩ませることになるとは、
この時はまだ、誰も知らない。
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