第18話 少しだけ話が盛られる
レンバートの街は、今日も平和だった。
平和すぎて、
逆に雑談が増えている。
「聞いたか?」
宿の食堂で、冒険者の一人が声を潜めた。
「何を?」
「最近、依頼が楽になってる理由」
「またその話か」
だが、声は弾んでいる。
「どうもな……
“何でも直す冒険者”がいるらしい」
向かいの男が、眉をひそめる。
「直す?」
「道も、水路も、畑も」
「……便利屋じゃねえか」
「いや、それが」
語り手は、少し溜めてから言った。
「魔物が出そうな場所を、
“出る前に”直すらしい」
「は?」
「噂だぞ。
噂だけど」
笑いが起きる。
「さすがに盛りすぎだろ」
「だよな」
誰も本気にはしていない。
――この時点では。
同じ頃。
ギルドのカウンターで、ミアは書類を見ていた。
「……ねえ、ハロルド」
「はい?」
「最近、変な噂聞かない?」
ハロルドは、視線を逸らす。
「……どれです?」
「複数あるの?」
「ええ」
ミアは、嫌な予感しかしなかった。
「一つ目」
「“歩いた場所が安全になる人”」
「もう一つ」
「“依頼を受ける前に終わる人”」
「……最後」
ハロルドは、小さく息を吸った。
「“地形に好かれてる冒険者”」
ミアは、額を押さえた。
「……誰よ、それ言い出したの」
「分かりません。
自然発生です」
「最悪」
ミアは、ちらりと隣を見る。
アレンは、掲示板を眺めていた。
「アレン」
「はい」
「最近、変な噂が立ってる」
「そうなんですか?」
「うん。
あなたに関する」
「……困りますね」
口ではそう言うが、
顔はまったく困っていない。
「どんな噂ですか?」
ミアは、一つずつ挙げた。
「歩いた場所が安全になる」
「はい」
「依頼が始まる前に終わる」
「……そういうことも、ありますね」
「地形に好かれてる」
「?」
ここで初めて、首をかしげた。
「それは、よく分かりません」
「私もよ!」
その日の午後。
ギルドに、見慣れない人物が現れた。
服装は冒険者。
だが、装備がやけに整っている。
「レンバート支部は、ここか」
ハロルドが応対する。
「はい。ご用件は?」
「……“例の冒険者”に会いたくてな」
ミアの肩が、ぴくりと動いた。
「どの“例”ですか?」
わざとらしく聞く。
男は、少し考えてから言った。
「地形を味方につけるっていう」
ミアは、ゆっくり振り返った。
「……それ、誰から聞いたの?」
「別の街だ」
男は肩をすくめる。
「半分は冗談、
半分は本気だが」
視線が、アレンに向く。
「君か?」
「はい」
即答。
男は、一瞬だけ言葉を失った。
「……随分、普通だな」
「よく言われます」
ミアは、頭を抱えた。
(ああ、もう完全に外に漏れてる)
ギルドの外。
ミアは、腕を組んで歩きながら言う。
「ねえ、アレン」
「はい」
「噂ってね、
止めようとすると増えるの」
「そうなんですか」
「そう」
一拍置いて、続ける。
「だから、方針変更」
「?」
「気にしない」
「それでいいんですか?」
「いいの」
ミアは、苦笑した。
「だってあなた、
噂を訂正するほど喋らないでしょ」
「はい」
「なら、勝手に盛らせるしかない」
アレンは、空を見上げた。
「……歩きにくくなりそうですね」
「そうね」
ミアは肩をすくめる。
「でも――」
少しだけ、声を柔らかくする。
「今まで通り歩けばいい」
噂は、少しずつ歪みながら広がっていく。
だが、当人は今日も変わらない。
静かに歩き、
ついでに世界を整えていく。
それが、
一番困るし、一番助かる存在だということを、
誰もまだ正しく言葉にできていなかった。
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