第16話 暗黙のルール
レンバート冒険者ギルドは、その日もいつも通りだった。
騒がしくもなく、静かすぎもしない。
ただ一つ違うのは、受付の動きだった。
「……あれ?」
ミアは掲示板を見て、眉をひそめた。
「今日、配置変わってない?」
「そうですね」
アレンも素直にうなずく。
初心者向け依頼。
中級向け依頼。
その横に、今までなかった区分が増えている。
【要現地判断】
「なにこれ」
「説明、少なめですね」
「少なめどころじゃないわよ」
ミアは紙を一枚取って、読み上げる。
【河原付近・最近誰も近づかない】
【詳細不明】
「……雑!」
「行けば分かりそうですね」
「だからそれが問題なのよ!」
受付のハロルドが、気配を察して声をかけてきた。
「……それ、今日からです」
「今日から?」
「はい。
“要現地判断”枠」
ミアは、ゆっくり振り返る。
「誰が決めたの?」
「支部長です」
「理由は?」
ハロルドは、一瞬だけ目を泳がせた。
「……説明が、要らない方がいるので」
ミアは、隣を見る。
「ねえ」
「はい」
「今、完全にあなた基準で運用されてる」
「そうなんですか?」
「そう!」
ハロルドは、小さく咳払いをした。
「もちろん、
全員に回すわけじゃありません」
「誰向けなの?」
「……主に、アレンさんと」
視線をミアに移す。
「ミアさんですね」
「私も!?」
「説明役が必要なので」
ミアは、天井を仰いだ。
「……聞いてない」
河原は、穏やかだった。
水の流れも普通。
魔物の気配もない。
「……誰も近づかない理由、分からないわね」
ミアが首をかしげる。
アレンは、しゃがみ込んで地面を見る。
「ここ、足跡が変です」
「どう変?」
「来てないんじゃなくて、
“戻っている”」
「……戻ってる?」
少し先に進むと、理由はすぐ分かった。
河原の一部が、ゆるく沈んでいる。
「ぬかるみ?」
「はい。
でも、深いですね」
ミアは、ぞっとした。
「気づかず入ったら、抜けられない」
「はい」
「……だから誰も近づかなくなったのね」
アレンは、周囲を見渡す。
「迂回路、作れそうです」
「また“ついで”?」
「はい」
小一時間ほどで、
踏み固めた安全な通路ができた。
――――――
【スキル《環境整備》の熟練度が上昇しました】
――――――
「……完了です」
ミアは、整えられた河原を見回す。
「ねえ、これ」
「はい」
「普通、依頼になる内容よ」
「そうなんですね」
「でも、依頼になる前に片付いた」
ミアは、静かに笑った。
「だから“要現地判断”なのね」
ギルドに戻ると、
支部長がカウンターに立っていた。
「どうだった?」
「危険でした」
ミアが即答する。
「ですが、もう大丈夫です」
支部長は、アレンを見る。
「……そうだろうな」
「?」
「いや、こちらの話だ」
支部長は、書類に短く書き込んだ。
【要現地判断 → 対応済】
「今後も、同様の案件は増える」
ミアが聞く。
「全部、アレンに回すんですか?」
「まさか」
支部長は、首を振った。
「だが――」
一拍置く。
「“説明が難しい案件”は、
優先的に頼む」
アレンは、少しだけ考えて言った。
「行ける範囲で、なら」
「それでいい」
支部長は、満足そうにうなずいた。
ミアは、腕を組む。
「……暗黙のルール、できたわね」
「ルールですか?」
「そう。
“困ったら、説明しないで回す”」
「楽ですね」
「ギルドはね」
ミアは、ため息混じりに笑った。
「あなたは、ますます歩かされる」
アレンは、少し考えてから言った。
「歩くの、嫌いじゃないです」
「知ってる」
こうして。
冒険者ギルドには、
口に出されないルールが生まれた。
説明が面倒な案件は、
あの二人に回す。
世界はまた少しだけ、
静かに回り始めていた。
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