第15話 偶然じゃない
宿の食堂は、夕方にしては静かだった。
冒険者たちが思い思いに食事をしている。
騒ぎもなく、愚痴も少ない。
「……やっぱり」
ミアはスプーンを置いて、ぽつりと呟いた。
「静かすぎる」
「そうですか?」
向かいに座るアレンは、いつも通りだった。
「平和でいいと思います」
「それがね、問題なの」
ミアは指を組み、真剣な顔になる。
「三日前は山道。
昨日は水路。
今日は草原」
「はい」
「全部、別の場所。
別の問題。
別の人たち」
ミアは一つずつ指を折る。
「なのに、結果は同じ」
「……楽になった?」
「そう!」
勢いよく言ってから、声を抑えた。
「それ、全部“たまたま”で済むと思う?」
アレンは少し考える。
「続くと、偶然とは言いにくいですね」
「やっと来た!」
ミアは思わず身を乗り出した。
「あなたが動いた場所だけ、
後から全部“静か”になってる」
「静か、ですか」
「事故も、トラブルも、依頼も減る」
ミアは深く息を吸う。
「ねえ、アレン。
これ、もう確定」
「何がですか?」
「あなた、
“問題解決”じゃなくて――」
言葉を探し、はっきり言った。
「“問題発生そのもの”を減らしてる」
アレンは、少し目を見開いた。
「……そんなこと、できますか?」
「できてる!」
即答だった。
ミアは苦笑する。
「本人が一番、自覚ないんだから」
翌日。
二人はギルドへ向かっていた。
「今日はどうする?」
ミアが聞く。
「困ってる場所があれば」
「……だよね」
掲示板の前に立つと、
目立つ依頼は少ない。
代わりに、端の方に紙が増えていた。
【未整理】
【対応不要?】
【様子見】
「ねえ」
ミアが低い声で言う。
「これ、前はなかった」
「増えましたね」
「増えたのよ。
“問題にならなかった問題”が」
受付のハロルドが、視線を逸らしながら声をかけてくる。
「……アレンさん、ミアさん」
「はい?」
「その……
今日は、どれにします?」
“受ける”ではなく、“選ぶ”。
ミアは、はっきり聞こえるように言った。
「ねえ、ハロルド」
「はい」
「ギルド、もう分かってるでしょ?」
ハロルドは、一瞬だけ黙った。
「……正確には、
“分かり始めている”です」
「何を?」
「アレンさんが行くと、
後始末まで終わることを」
ミアは、アレンを見る。
「ね」
アレンは、少し困ったように笑った。
「やりすぎでしょうか」
「いいえ」
ミアは即答した。
「むしろ、助かりすぎ」
ハロルドが、そっと言う。
「正直に言うと……」
声を落とす。
「依頼を作る前に、
片付くケースが増えています」
ミアは、ゆっくり息を吐いた。
「……完全に、偶然じゃない」
それを聞いたアレンは、少し考えてから言った。
「じゃあ」
「?」
「行ってみて、
何もなければ、それでいいですね」
ミアは、一瞬固まり――
「……あなた、
ほんとに便利すぎる」
そう言って、笑った。
ギルドを出ると、
空はよく晴れていた。
「ねえ、アレン」
「はい」
「これから先」
ミアは、前を見たまま言う。
「あなたが動くたびに、
世界が少し楽になる」
「それは、いいことですね」
「うん」
ミアは、肩をすくめた。
「だから決めた」
「何をですか?」
「私は、あなたの横にいる」
アレンは、少し驚いた顔をした。
「前から、そうですが」
「前より、覚悟したって意味」
ミアは、にやりと笑う。
「この人、世界の基準を壊してるって」
アレンは空を見上げた。
「……壊してるなら、直した方がいいですね」
「違う違う」
ミアは即座に否定する。
「壊してるんじゃない」
一拍置いて、続けた。
「更新してるの」
アレンは、その言葉の意味を深く考えなかった。
ただ、歩き出す。
その一歩一歩が、
今日もどこかの“問題”を
生まれる前に消していくとも知らずに。
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