第12話 説明しなくていい人
レンバート冒険者ギルドの朝。
ハロルドは、カウンターの向こうで書類を整理しながら、ちらりと入口を見た。
(……来た)
アレンとミアだ。
特に急ぐ様子もなく、いつも通りの足取り。
昨日、依頼にもなっていない山道を整備してきた二人とは思えないほど、穏やかだ。
「おはようございます」
アレンが挨拶する。
「……おはようございます」
ハロルドは一拍遅れて返した。
そのまま、掲示板に向かう二人の背中を見送りながら、
彼は無意識に、今日の依頼書を手元に集めていた。
正式な依頼。
注意喚起。
調査未満。
――そして、説明が面倒なもの。
「ねえ、ミア」
掲示板の前で、ミアが首をかしげる。
「今日、なんか少なくない?」
「そうですね」
アレンは素直にうなずいた。
「でも、紙は減ってませんよ」
「内容が、ね」
ミアが一枚を指で弾く。
【旧水路付近・異臭あり】
【原因不明/対応未定】
「これ、昨日なかった」
「新しいんですね」
「新しいけど……」
ミアはちらっと受付を見る。
「説明、聞かないと分からないタイプ」
その瞬間だった。
「……それで大丈夫ですよ」
ハロルドが、カウンター越しに声をかけてきた。
二人が同時に振り返る。
「え?」
「説明、ですか?」
アレンが聞き返す。
「ええ。
たぶん、行けば分かります」
ミアが目を細めた。
「……それ、雑すぎない?」
ハロルドは少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「他の方には、ちゃんと説明します。
ただ……」
「ただ?」
「アレンさんなら、現場を見れば判断できるかな、と」
沈黙。
ミアが、ゆっくりとアレンを見る。
「……ねえ」
「はい」
「今、すごいこと言われてるって分かってる?」
「そうなんですか?」
「うん。
“説明しなくていい”って扱いだから」
アレンは、少し考えてから言った。
「楽でいいですね」
「そういう問題じゃない!」
ミアは即座にツッコんだ。
だが、ハロルドはどこか安堵した表情で、
依頼書を差し出してきた。
「お願いします。
異臭がするだけで、被害はまだありません」
「分かりました」
アレンは迷いなく受け取る。
旧水路は、街の外れにあった。
使われなくなって久しく、
入口には雑草が伸びている。
「……確かに、匂う」
ミアが鼻を押さえた。
「腐った水、かな」
アレンは、水路の縁にしゃがみ込む。
「流れが、止まってますね」
「それは見れば分かるけど……」
「奥で、詰まっています」
ミアは、言葉を失った。
「……まだ入ってないわよね?」
「音と、空気の流れで」
「便利すぎる!」
水路の中へ入ると、
倒木と瓦礫が溜まっていた。
「これですね」
アレンは淡々と、瓦礫を取り除いていく。
重そうな木も、
引っかかった石も、
特別な苦労なく。
――――――
【スキル《環境整備》の熟練度が上昇しました】
――――――
「……ねえ、アレン」
ミアがぽつりと聞く。
「これ、魔物案件だったらどうするつもりだった?」
「いなさそうでした」
「もし、いたら?」
「その時は、その時ですね」
軽い。
あまりにも軽い。
しばらくして、水がゆっくりと流れ始めた。
「……匂い、消えてきた」
「よかったです」
アレンは満足そうにうなずく。
ギルドに戻ると、
ハロルドは二人の顔を見るなり、察したように言った。
「……流れました?」
「はい」
「詰まり、原因でした?」
「はい」
「……ありがとうございます」
もはや、驚きはなかった。
ハロルドは、書類に短く書き込む。
【対応完了】
それだけ。
ミアは、その文字を見て思う。
(雑)
(でも……助かってる)
アレンは、いつも通りだった。
「他にも、ありますか?」
「……あります」
ハロルドは即答した。
「たくさん」
ミアは、深くため息をつく。
「ほらね。
もう完全に“そういう枠”よ」
「そうですか?」
「そう!」
だが、文句を言いながらも、
ミアの足取りは軽かった。
説明しなくていい人。
それは、
世界が少し雑に扱い始めた証拠だった。
そして同時に、
これ以上ない信頼の形でもあった。
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