第11話 依頼になってない困りごと
レンバート冒険者ギルドの朝は、少しだけ慌ただしかった。
掲示板の前で立ち止まる冒険者はいるが、
依頼書を剥がす者は少ない。
「……今日も地味なの多いわね」
ミアがぼやく。
「そうですか?」
「そうよ。
“注意喚起”とか“様子見”とか、“未分類”とか」
ミアは指で依頼書を弾いた。
【山道周辺・通行注意】
【原因不明・調査未満】
「これ、依頼ですらないのよ」
「じゃあ、受けられないんですか?」
「形式上はね。
報酬も設定できないし」
アレンは依頼書を眺め、少し考えた。
「……困ってはいる、ということですよね」
「まあ、そうだけど」
「行ってみるのはどうでしょう」
ミアは、ゆっくりと振り返った。
「……それ、ギルド的には“仕事”じゃないからね?」
「はい」
「報酬も、保証もない」
「分かってます」
即答だった。
ミアは、ため息をつく。
「……あなた、ほんとに冒険者の感覚ズレてる」
「そうですか?」
「そう!」
だが、否定しきれない自分がいる。
ミアは受付のハロルドに声をかけた。
「ハロルド。
この“山道注意”、詳しい話って聞ける?」
ハロルドは一瞬きょとんとした後、
周囲を確認してから声を落とした。
「……正式な依頼じゃないですよ」
「知ってる」
「ただ……」
書類をめくりながら続ける。
「商人が二組、途中で引き返してます。
魔物はいない。でも、通りにくい」
「通りにくい?」
「落石と、視界の悪さですね。
危険ではあるけど、討伐対象がない」
ミアはアレンを見る。
「どうする?」
「行けそうですね」
相変わらずの即答だった。
山道は、確かに歩きづらかった。
岩が不自然に転がり、
道の脇には崩れかけた斜面。
「……これは嫌がられるわね」
ミアが周囲を見渡す。
「魔物はいないけど、事故は起きそう」
アレンはしゃがみ込み、地面を確かめた。
「足跡が少ないですね」
「避けられてる証拠ね」
「……直せそうです」
「え?」
ミアが聞き返す間もなく、
アレンは動き出した。
不安定な石をどかし、
足場になる岩を少し並べ替える。
折れかけた木を切り、
視界を遮っていた枝を払う。
「ちょっと待って」
ミアが声をかける。
「それ、依頼じゃ――」
「はい。
でも、通りやすくなります」
作業は淡々と続いた。
――――――
【スキル《環境整備》の熟練度が上昇しました】
――――――
表示を閉じながら、アレンは言う。
「これで、大丈夫だと思います」
ミアは、整えられた山道を見回した。
「……普通に、安全になってる」
「よかったです」
「よかった、けど……」
ミアは頭を抱えた。
「これ、誰が評価するの?」
「通る人、ですかね」
「そういう問題じゃないのよ……」
帰り道。
向かいから、商人の一団がやって来た。
「お、通れるのか?」
「はい。
さっき整えました」
「助かる!
最近、みんな避けてたんだ」
商人は何度も礼を言い、
少しばかりの金貨を差し出した。
「受け取ってくれ」
「えっと……」
アレンが戸惑う。
ミアが小声で言った。
「……これは、報酬じゃなくて“お礼”」
「そうなんですね」
アレンは、素直に受け取った。
「ありがとうございます」
商人たちは、安心した様子で山道を進んでいく。
ミアはその背中を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「……ねえ、アレン」
「はい」
「あなた、依頼に向いてないわ」
「そうですか?」
「うん。
“困りごと”に向いてる」
アレンは少し考えた。
「似てませんか?」
「全然違う!」
ミアは即座に否定したが、
すぐに苦笑する。
「でも……まあ」
ギルドに戻る頃には、
受付のハロルドが目を丸くしていた。
「……もう戻ったんですか?」
「はい。
山道、通れるようになりました」
「え?」
ハロルドは一瞬固まり、
奥へ駆け込んでいく。
ミアは、アレンの横で小さくため息をついた。
「ほら。
また説明が増える」
「そうですか?」
「そう!」
だが、その声には、
どこか諦めと、少しの楽しさが混じっていた。
こうして。
依頼にもなっていない困りごとが、
いつの間にか片付いていく。
本人は、それを
“普通の一日”だと思ったまま。
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