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古米のタイムセール、やってます

作者: 城太郎

 駅前から少し離れた住宅街の一角に、地味な装いの個人商店がある。米田商店――店主である米田隆夫(よねだ たかお)が一人で経営している、小さな店だ。そんな店の中央に、ひときわ輝きを放っている商品があった。


 ブランド米、『れいわぼし』。値段は5キロ――2500円。知人に強引に売りつけられた、少々割高な米だ。当然、売れ行きは芳しくなく、倉庫に在庫が積みあがっていく毎日である。しかし、今日はいつもと少し様子が違っていた。


 2025年11月1日。


 店の前を、50歳くらいの男が通りかかる。ちらりと米袋の山に視線を向けた後、急に足を止め、そして、二度見した。


「米5キロが……2500円だってぇ!?」


 男は素っ頓狂な声を上げながら、米田に詰め寄った。


「おい、兄ちゃん。この値段は間違ってないのかい?」

「ええ」


 米田はゆっくりと頷く。男は、信じられないという表情で、米田と値札を何度も見比べている。


「い、いやいや。5200円の間違いじゃないのか?」

「いえ、2500円で間違いありません」

「そんな馬鹿な……」


男は米袋を一つ手に取り、裏側をまじまじと見つめた。


「精米日は……2005年…………2005年!?」


 男はあまりの衝撃に言葉も出ず、ぷるぷると身体を震わせている。そして、ついに我慢の限界を迎え、大声で叫んだ。


「これじゃあ、古米どころか……古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米じゃねーか!」


 男の叫び声が、静かな住宅街にこだました。





 米田は昨日まで、「2005年」の世界の住人だった。それが、どういうわけか、目を覚ますと「2025年」の世界にタイムスリップしてきていた。何が何だか、さっぱり分からない。しかし、何もしないわけにもいかず、とりあえずいつも通り店を開けてみたら、この有様である。


 叫び声を上げた男は、結局米を買っていった。米田は手の中の代金を見つめる。見覚えのない紙幣だ。正直、今に至るまで半信半疑ではあったのだが、未来の世界へ飛ばされたことは確定と見ていいようだ。


 その後も、次から次へと客が訪れた。いつの間にか、店の前には人だかりができている。その人だかりの中心にあるのはまぎれもなく、割高なはずの無名ブランド米、『れいわぼし』だ。


「安すぎる……ここまで安いと、なにか裏があるんじゃないですか?」

「うーむ……否定できませんね……」

「精米日が2005年って、本当に大丈夫なんですかね……?」


 米田としては、そんな客の反応がどうも信じられない。高い、ならまだ分かるが、安すぎる、というのは感想として不自然すぎる。二十年が経ったくらいで、そこまで急激に物価が変わるとは到底思えない。


 しかし、古い米を見て客が不安に思うのも、それはそれで当然だ。米田は、試しにその米を炊いてみることにした。炊けた米をお盆に乗せ、店の裏から持ってくる。


「試食用のご飯を持ってきました。一口、いかがですか?」


 警戒しているのか、なかなか誰も手を出さない。そんな中、輪の最前列にいた一人の男が、意を決したように試食用の米を手に取った。恐る恐るといった仕草で、ゆっくりと口に持っていき……そして、食べた。


 周囲の視線がその男に注目する。この安すぎる米が、本当に食べられるものなのか。固唾をのんで見守っている。男はゆっくりと米を咀嚼し、そして、飲み込んだ。


「これは………………普通だ!」


 張り詰めていた空気が、一気に弛緩した。何とも言えないざわめきの中、男は驚きの表情で続ける。


「パックご飯と炊きたての新米と、ちょうど中間くらいの味だ!」

「なんだそれ!」


 周囲がこらえきれずにツッコミを入れたタイミングで、米田はお盆に残った、試食用の米を差し出した。今度は皆すんなりと米を手に取り、口に運ぶ。そして、誰もがやや首を傾げながら、口々に感想をこぼす。


「まあ、確かに……」

「おいしいかって言われると、めちゃくちゃおいしいわけじゃないけど……」

「普通に食えるな……」


 無言の目線が『れいわぼし』へと注がれる。積み上げられた米袋は、ほんの十数個しかない。奪い合いになるまで、そう時間はかからなかった。


「一袋……いや、二袋くれ!」

「こっちにも、こっちにもちょうだい!」

「うおおおお! 一袋、確保だああああ!」


 売り場に積み上げられた米が、あっという間になくなっていく。一人の客が涙目で米田にすがりついた。


「もう……もう、在庫はないんですか!?」

「まだ倉庫にたっぷりありますから、安心なさってください」


 米田は客をなだめると、倉庫へと走った。倉庫の扉を開けると、米袋の山が広がっている。これまた訳の分からないことに、店の商品は2005年の状態そのままだった。急いで米を台車に積み込み、店へと運んでいく。


 運んでも運んでも、米は飛ぶように売れていった。昼を挟んでも客足が途切れることはない。さらに、米以外の商品の売れ行きも地味に好調だった。どうやら、米以外の物価も相当上がっているらしい。


 午後三時。気づけば、店の商品のほとんどが売り切れていた。店を閉めると宣言すると、周囲からは「えーっ」という声が漏れた。しかし、肝心の商品がないのだから、どうしようもない。米田は申し訳なさそうに店のシャッターを閉めた。


 店を閉めて一息つくと、目の前の売上表が目に入った。今までに見たことのない、歴史的な売上だ。夢ではなかろうかと、米田はごしごしと目をこするが、目の前の数字は変わらない。確かな成果が、そこにはあった。


 しかし、と米田は腕を組んだ。商品がもうないので、明日からはこの時代で仕入れてくるしかない。仕入れ値はどれだけ上がっているのだろうか。心配は尽きないが、米田にはどうすることもできない。不安にさいなまれながら、床に就いた。





 翌日の朝。米田は目を覚ますと、すぐに部屋のテレビをつけた。見慣れた番組だ。玄関に行き、ポストに入った新聞を手に取る。


 日付は――2005年11月2日。


 たった一日のタイムトラベルを経て、米田は元の時代へと戻ってきていた。米田は慌てて店へと向かった。そこには、空っぽの店と空っぽの倉庫、そして大量の売上金が間違いなく置かれていた。


 ホッと一息ついたところで、米田のポケットが震えた。スマホ画面に表示されている名前は、和田令人(わだ れいと)――『れいわぼし』を売りつけてきた、知人の名だ。


『もしもし、米田?』


 米田が電話に出ると、和田は声を落とし、気の毒そうに言った。


『えー、そのー……最近、どうだい、売上は?』


 和田は、この時代にしては割高な『れいわぼし』を売りつけたことを、少しは気にしていたらしい。昨日までの米田であれば、恨み言の一つも言いたいところだったが、今の米田の気分は晴れやかだった。


「ああ、面白いくらいに順調だよ」

『順調って……売れなくて困ってるんじゃないのか?』


 心配そうな和田の声を聞いて、米田は思わず笑い声を上げた。


「アハハ! それがね、きっちり全部売れたよ」

『全部!?』


 和田は叫び、そして絶句した。


 その時、米田の心の中の悪魔がささやいた。タイムスリップという奇跡がなければ、今頃は売れない米の在庫を抱えて、困り果てていたはずなのだ。少しくらい、嫌味を言ってもバチは当たらないだろう。米田はニヤリ、と笑みを浮かべた。


「なあ和田、この『れいわぼし』、この先絶対に売れるから、頑張って続けたほうがいいよ」

『そうはいってもだな……お前のとこ以外は正直売れ行き微妙なんだが、本当に、そんな日が来るかね?』

「来る来る。たぶん、きっと……二十年後くらいに?」

『え?』


 和田の間抜けな返事だけ聞いて満足し、米田は電話を切った。


「とはいえ、二十年後には物価が上がっているはずだから、それこそタイムトラベルでもしない限りは、売れないか……」


 しかし、そこまでは米田の関知するところではない。大量の売上を前に、米田は笑いが止まらなかった。


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