第8話:星の涙と守りの魔法
「……恩恵と、厄災、ねぇ……」
目の前で妖しく、そして美しく脈動する巨大な水晶――「星の涙」。魔導書に書かれていた思わせぶりな言葉が、私の頭の中でぐるぐると回っていた。こんなスゴそうなもの、下手に手を出したら絶対ヤバいことになるって、私のゲーマーとしての勘がビンビンに警告してるんですけど!
「どうする、マイコちゃん? こいつ、なんだかすごいパワーを秘めてそうだけど……」
シホさんが、さすがに少し緊張した面持ちで私に尋ねる。
《現状、この“星の涙”のエネルギー特性は未知数だ。下手に刺激すれば、大規模な魔力暴走を引き起こす可能性も否定できない。封印を解くのは論外として、ひとまずは現状維持、そして情報収集に努めるべきだろう》
スラぽんも、いつになく慎重な意見だ。
「うん……私もそう思う。今すぐどうこうできるものじゃなさそうだし、まずは私たちの足元を固めるのが先だよね」
謎の超パワーアイテムに後ろ髪を引かれつつも、私たちはひとまずこの「星の涙」はそっとしておくことにして、地下から撤退することにした。いつか、もっと私たちが強くなって、この世界のことを色々知ったら、またここに来ればいいんだ。
地上に戻ると、太陽の光がやけに眩しく感じた。やっぱり、ジメジメした地下より、お日様の下がいいよね!
拠点にした遺跡の我が家(仮)は、幸い私たちが留守にしている間も、特に異常はなかったみたい。
「ふぅ、ひとまずは安心だね。でも、あの『赤い爪団』とかいう連中が、またいつ嗅ぎつけてくるか分からない。やっぱり、この場所の守りを固めないと!」
シホさんが腕を組んで言う。その通りだ!
そこで、私の出番ってわけですよ!
「シホさん、スラぽん! 私、あの魔導書にあった『守りの結界』の魔法、試してみたい!」
「おお、いいねぇ、マイコちゃん! それができれば、安心して眠れるってもんだ!」
《“星の涙”のエネルギーに触れたことで、君の魔力も活性化しているようだ。魔導書の記述の理解も深まっているはず。試してみる価値はあるだろう》
私は魔導書を開き、『守りの結界(簡易版)』のページを食い入るように見つめる。そこには、遺跡の構造図みたいなものと、エネルギーの流れを示す線、そしていくつかの古代文字が描かれていた。
「えっと……この遺跡の“力の流れ”を利用して、魔力を循環させ、防御壁を形成する……みたいな感じ?」
《その通りだ、マイコ。この遺跡自体が、一種の増幅器の役割を果たすのかもしれない。まずは、遺跡の中心……あの枯れ木の周辺に、君の魔力を意識的に展開してみろ》
スラぽんの指示に従い、私は枯れ木の前に立ち、両手を広げて目を閉じた。
(イメージは……この遺跡全体を、優しく包み込む、暖かくて強い光のドーム……!)
魔力を練り上げ、それをゆっくりと外に放出していく。昨日覚えた『灯り』や『火起こし』とは比べ物にならないくらい、大量の魔力が必要な感じがする。額に汗が滲み、呼吸が少しずつ荒くなっていく。
「う、うぅぅ……なんか、出てけ……私の魔力……!」
歯を食いしばって耐えていると、足元から、そして周囲の石壁から、微かな光の粒子が立ち上り始めた! それらが、私の魔力と共鳴するように、ゆっくりと遺跡全体を覆い始める――!
パチパチ……ピリリ……!
シャボン玉が膨らむみたいに、半透明の光のドームが、私たちの拠点である円形の遺跡をすっぽりと包み込んだ!
「で、できた……!? これが、『守りの結界』……!」
私は、あまりの疲労感にその場にへたり込みそうになるのを、シホさんが慌てて支えてくれた。
「すごいじゃないか、マイコちゃん! 見ろよ、あの光の壁を!」
シホさんが指差す先には、確かに淡いながらも、確かな存在感を放つ光のドームが形成されていた。
《……半径約50メートル。強度はそれほど高くないが、小型の魔物や、悪意ある者の侵入をある程度は防げるだろう。素晴らしいぞ、マイコ!》
スラぽんも、心なしか声が弾んでいる。
やった! やったよ! 私の魔法で、私たちの家を守る結界ができたんだ!
疲れたけど、それ以上に、大きな達成感と喜びが胸いっぱいに広がった。
これで、少しは安心して眠れるかな?
「よし! これで第一段階はクリアだね!」
シホさんが私の肩を叩く。
「次は、食料と水の安定確保だな。この遺跡の中の泉だけじゃ、いずれ心許なくなるだろうし」
《周辺地域の探索が必要になる。安全な狩場、採集可能な植物、そして他の生存者の痕跡も探すべきだ。この結界があれば、探索に出ている間の拠点の安全性も多少は担保される》
スラぽんが今後の行動方針をまとめる。
「うん! 明日からは、本格的に外の探索だね!」
私も元気よく頷く。
魔導書の解読も進めたいし、新しい魔法も覚えたい。そして、いつかはあの「星の涙」の謎も解き明かしたい。やりたいことがいっぱいだ!
私たちの拠点生活は、まだ始まったばかり。色々な問題もあるだろうけど、シホさんとスラぽんがいれば、きっと乗り越えられる!
そんな風に、ちょっと前向きな気分で盛り上がっていた、その時だった。
「……ん?」
一番最初に見張りをしていた小塔の上にいたシホさんが、ふと遠くの空を指差した。
「マイコちゃん、スラぽん、あれを見な!」
私たちも慌ててシホさんの元へ駆け上がり、彼女が指差す方向を見る。
そこには―――
森の向こう、西の空に、細く長く、黒い煙が一本、まっすぐに立ち上っているのが見えた。
「狼煙……?」
私が呟く。
《……間違いない。あれは人工的な狼煙だ。この近くに、私たち以外の生存者がいる可能性が極めて高い》
狼煙。それは、助けを求める合図か、それとも……新たな脅威の始まりを告げるものか。
私たちの視線は、静かに立ち上るその一本の煙に、釘付けになった――。