第7話:地下のヒミツ
「……で、スラぽん。その“奇妙で強力なエネルギー反応”ってやつ、具体的にどうヤバそうなの?」
拠点(と呼ぶにはまだおこがましいけど)にした遺跡での最初の夜が明け、私たちは朝食をとりながら、早速スラぽんが感知した謎のエネルギーについて話し合っていた。シホさんが焼いてくれた香ばしい干し肉も、なんだか落ち着いて味わえない。
《現時点では断定できない。だが、自然発生的な魔力の流れとは明らかに異質なパターンだ。何らかの人工物か、あるいは強力な魔力を持つ存在が封じられている可能性が高い》
スラぽんの言葉に、私とシホさんはゴクリと唾を飲む。封じられてるものって、大体ろくなもんじゃないのがお約束だよね!?
「場所は、あのデカい枯れ木の真下あたり、だったよな?」
シホさんが確認する。
《その通り。地下深くに反応がある》
「よし、決まりだね。見て見ぬフリは性に合わない。それに、万が一ヤバいもんだったら、この家を安心して使えないからな!」
シホさんの目には、好奇心と冒険者の光が宿っている。いや、この人、根っからのそういうタイプだ!
「えええ!? 行くんですか、今から!?」
私は思わず声を上げる。もっとこう、拠点の周りを固めて、装備を整えてから……とかじゃないの!?
《マイコ、恐怖心は理解できる。だが、未知の脅威を放置しておく方が危険だ。それに、もしそれが制御可能なエネルギー源だった場合、私たちの拠点にとって大きなプラスになる可能性もある》
スラぽんまで乗り気なんですけど!
こうなったら、私に拒否権はない。だって、このパーティで一番のヘタレだもの!
「うぅ……わ、わかりましたよ……行きます、行けばいいんでしょ!」
半ばヤケクソで頷くと、シホさんが「それでこそマイコちゃんだ!」と私の背中をバシッと叩いた。痛いけど、ちょっと嬉しい。
私たちは、遺跡の中央にそびえる巨大な枯れ木へと向かった。
枯れ木の根元は、太い木の根が複雑に絡み合い、まるで自然の迷路のようだ。
「この辺りのはずだけど……入り口らしきものは見当たらないねぇ」
シホさんが木の根をかき分けながら言う。
《待て。この枯れ木、表面の古代文字……魔導書の文字と照合すると、一部が“封印”や“道”といった意味の言葉に対応するぞ。そして、この部分の魔力の流れが不自然だ》
スラぽんが、枯れ木の一部分を指し示した(スライムボディの一部をにゅっと伸ばして)。そこには、特に目立った特徴はないように見えるけど……。
私が魔導書を取り出し、スラぽんが示した部分の文字と見比べてみる。確かに、似たような記号がある。
(もしかして……)
私はおそるおそる、魔導書を持ったまま、その枯れ木の表面に手を触れた。そして、昨日覚えたばかりの、ほんの少しだけコントロールできるようになった自分の魔力を、そっと流し込んでみる。
すると―――ゴゴゴゴゴ……!
地面が微かに振動し、枯れ木の根元の一部が、まるで隠し扉のようにゆっくりと内側へと沈み込んでいった!
「うわっ! 開いた!?」
「やるじゃないか、マイコちゃん! あんたとその魔導書、やっぱりこの遺跡と何か関係がありそうだね!」
シホさんが興奮気味に言う。
目の前には、地下へと続く、暗く長い石の階段が現れていた。ひんやりとした空気が、下から吹き上げてくる。
「……RPGのダンジョン入り口って、大体こんな感じよね……」
思わず呟くと、スラぽんが《フラグを立てるのはやめたまえ》と冷静にツッコんできた。
私たちは、シホさんが用意してくれた松明と、私の『灯り(ライト)』魔法(昨日よりは少し明るくなった!)を頼りに、慎重に石段を下りていった。
地下は、想像以上に広大な空間が広がっていた。壁にはやはり古代文字が刻まれ、所々には奇妙な機械の残骸のようなものや、壊れた石像なんかも転がっている。まるで、古代文明の地下神殿か、秘密の実験施設みたいだ。
《マイコ、前方注意。複数の小型魔物の反応あり!》
スラぽんの警告と同時に、暗闇からカサカサという音と共に、手のひらサイズのクモ型魔物がワラワラと現れた! しかも、なんか毒々しい緑色してるんですけど!
「ひぃぃぃ! クモ! 無理無理無理!」
私は思わず叫び声を上げそうになる。
「落ち着きな、マイコちゃん! こいつらは大したことない!」
シホさんが鉄パイプを振り回し、クモ型魔物を次々と叩き潰していく! さすが!
私も、ただ怖がっているだけじゃダメだ!
「えいっ! 『守りの結界、簡易版』!」
魔導書の記述を思い出し、必死に魔力を練り上げる! すると、私の身体の周りに、シャボン玉みたいな半透明の光の膜が一瞬だけ現れて……すぐにパチンと弾けた。
「だ、ダメだ……まだうまくできない……!」
《マイコ、焦るな! 集中して、守りたいイメージを明確に!》
スラぽんの声に励まされ、私はもう一度挑戦する! シホさんが戦ってくれている間に!
「守る……みんなを……この光で……!」
パァァァッ!
今度は、さっきよりもしっかりとした光の膜が、私とシホさん、そしてスラぽんの周囲を包み込んだ! クモ型魔物が数匹、その光の膜にぶつかって、ビリビリッと痺れたように動きを止める!
「やった! 効いてる!?」
《効果範囲は狭いが、確かに防御効果を発揮しているぞ!》
その隙に、シホさんが残りのクモ型魔物を一掃してくれた。
「すごいじゃないか、マイコちゃん! 初めての魔法でこれだけできれば上出来だよ!」
シホさんに褒められて、ちょっと照れくさい。でも、初めて自分の魔法が役に立った実感が湧いてきて、すごく嬉しかった!
その後も私たちは、いくつかの簡単な罠(スラぽんが事前に察知してくれたけど!)や、スライム(本物!しかも色がヤバい!)の群れを避けたりしながら、地下空間の奥へと進んでいった。
そして、ついに私たちは、そのエネルギーの源と思われる場所にたどり着いた。
そこは、ひときわ広大なドーム状の空間だった。そして、その中央には――
「な……にあれ……」
巨大な、本当に巨大な、青白く輝く水晶が、まるで心臓のようにゆっくりと脈動しながら浮遊していたのだ。
その水晶からは、ビリビリと肌を刺すような強烈な魔力が放出されている。これが、スラぽんが感知したエネルギーの正体……!
水晶の周囲には、やはり古代文字がびっしりと刻まれた石碑がいくつも立ち並び、まるでそれを封印しているかのようだ。
《間違いない……これが、この遺跡の核となるエネルギー源。そして、恐らくは何らかの理由で“封印”されている存在だ》
スラぽんが、緊張した面持ち(スライムだけど!)で分析する。
私が持っている魔導書が、その水晶の光に呼応するように、ひとりでにページをパラパラとめくり始めた! そして、あるページでピタリと止まる。そこには、あの水晶とよく似た図形と、びっしりと書き込まれた古代文字が……!
「スラぽん、これ……!」
《……読めるぞ、マイコ! このページの文字、君の魔力と魔導書の力、そしてこの水晶のエネルギーが共鳴して、鮮明に読み取れる!》
そこには、こう書かれていた。
『古の力の源泉、星の涙。封印を解く者、大いなる恩恵と、大いなる厄災を招くべし――』
「星の涙……? 恩恵と……厄災……?」
一体どういうことなの!? この水晶は、私たちにとって希望になるの? それとも、触れてはいけないパンドラの箱……?
私たちの目の前で、青白い水晶は、まるで何かを語りかけるように、一層強く、そして妖しく輝き始めた――。