魔導書と初めての魔法
「んがー……ふぁ~あ……。よく寝たような、寝てないような……」
焚き火の残り火がパチパチと静かにはぜる音で目覚めた、廃墟での二日目の朝。昨日の逃走劇の疲れはまだ残ってるけど、それでも屋根(一部だけど)のある場所で眠れたのは大きい。隣ではシホさんが、すでに起きて周囲の警戒と朝食の準備(!)をしてくれていた。なんてデキるお姉さんなんだ……!
「おはよう、マイコちゃん。昨日は大変だったけど、少しは休めたかい?」
「おはようございます、シホさん! はい、おかげさまで……。あの、何かお手伝いできることありますか?」
「んー、じゃあ、そこの水筒に水を汲んできてくれるかい? スラぽんが安全だって言ってた泉が、この廃墟の裏手にあるんだ」
「はい、喜んで!」
スラぽんと一緒に泉へ向かう。清らかな水が湧き出る泉は、この荒廃した世界では貴重なオアシスみたいに見えた。
《水質は極めて良好。飲用、および生活用水として問題なし。ただし、水辺には毒を持つ可能性のあるカエル型生物が生息している。注意しろ》
「毒ガエル!? さすがファンタジー異世界、油断も隙もないわね……」
水を汲んで戻ると、シホさんが焚き火で何かを焼いていた。香ばしい匂いが食欲をそそる。
「これは、昨日の残りの肉と、近くで見つけた食べられる木の実だよ。大したもんじゃないけどね」
いやいや、シホさん、あなたがいれば食いっぱぐれることはなさそうです!
腹ごしらえを済ませた後、私はおもむろにリュックからあの魔導書を取り出した。
「よし……やるか!」
「お、なんだいマイコちゃん、勉強熱心だねぇ」
シホさんが興味深そうにこちらを見る。
《マイコ、まずはその魔導書に意識を集中させてみろ。何かを感じるかもしれない》
スラぽんのアドバイスに従い、私は魔導書の古びた革表紙にそっと手を置き、目を閉じて意識を集中する。
最初は何も感じなかったけど……しばらく続けていると、手のひらからじんわりと温かい何かが魔導書に吸い込まれていくような、そして逆に、魔導書から微かなエネルギーが私の中に流れ込んでくるような、不思議な感覚があった。
「……なんか、温かい……?」
目を開けると、魔導書の表紙に刻まれた古代文字が、昨日よりも少しだけハッキリと、そして淡く発光しているように見えた!
「これって……!」
《よし、いい兆候だ。その調子で、最初のページを開いてみろ。そして、読もうと強く意識するんだ》
私はゴクリと唾を飲み込み、魔導書の最初のページをめくった。そこには、ミミズが這ったような、相変わらず意味不明な文字が並んでいる。
(読める、読める、読める……!)
心の中で念じながら、必死に文字を睨みつける。すると――
「あ……!?」
信じられないことに、いくつかの文字が、まるで翻訳アプリが起動したみたいに、私の知っている言葉(日本語っぽい何か)にフワッと変換されて見えたのだ! 全部じゃないけど、単語の切れ端みたいな感じで!
《素晴らしいぞ、マイコ! それが君の“適性”だ! 私のデータベースにある古代言語の知識と照合すれば、さらに解読が進むはずだ!》
スラぽんが興奮気味に言う。やった! 私にも何か特別な力が……ってこと!?
それからしばらく、私とスラぽんは魔導書の解読に没頭した。シホさんは、そんな私たちを微笑ましそうに見守りながら、武器の手入れをしたり、周囲の偵察をしてくれたり。
そして、数時間後。
「……『灯り(ライト)』……『小さな火を灯す』……『初歩の癒やし(ヒール)』……?」
ついに、いくつかの簡単な魔法と思われる記述を、私たちは解読することに成功したのだ!
うおおお! これが魔法! 私も魔法使いになれるの!?
《どれも初歩的な生活魔法か、ごく低位の治癒魔法だな。だが、今の我々にとっては非常に有用だ。特に『灯り』と『火起こし』は、夜間の活動や野営の質を格段に向上させるだろう》
「うんうん! これで焚き火も楽になるし、夜も少しは安心できるかも!」
「へぇ、マイコちゃん、魔法が使えるようになるのかい? そりゃ頼もしいねぇ!」
シホさんも嬉しそうだ。
《ただし、魔法の使用には“魔力”を消費する。今のマイコの魔力量では、そう何度も使えるわけではないだろう。無駄遣いは禁物だ》
「うっ……やっぱり、そんなに甘くないのね……」
RPGみたいにMPゲージがあるのかな、私にも。
その日の午後、私たちは新たな拠点候補地を目指して、再び移動を開始した。
「赤い爪団」の連中も怖いし、いつまでもこの廃墟にいるわけにはいかない。
道中、私は早速、習得した(かもしれない)魔法の練習を試みた。
「えいっ! 『灯り(ライト)』!」
手のひらに意識を集中して呪文(っぽい単語)を唱えると……ポワッ。
私の手のひらが、ほんのり、本当にほんのりだけど、淡く光った!
「おおっ! すごいじゃないか、マイコちゃん!」
シホさんが手を叩いて褒めてくれる。嬉しい!
《……まあ、ホタルよりは明るいかな、といったところだな》
スラぽんの辛口コメントはスルーで!
調子に乗って、今度は『小さな火を灯す』に挑戦!
枯れ葉を集めて、そこに手をかざし……「燃えろーっ!」
……シーン。
あれ? おかしいな……。もう一回! 「燃えろってばー!」
……やっぱり何も起こらない。
《マイコ、イメージが足りない。魔力を炎の形に変換し、対象に注ぎ込むイメージだ。もっと具体的に》
「う、うん……」
スラぽんのダメ出しを受け、私は顔を真っ赤にしながら再挑戦。今度は、指先に小さな火種が生まれるのを強くイメージして……!
ボワッ!!
「わわわっ!?」
突然、私の指先から予想以上の勢いで炎が上がり、集めた枯れ葉が一瞬で燃え上がった! っていうか、ちょっと焦げ臭いんですけど!?
「おっとっと! やるじゃないか、マイコちゃん! ちょっと火力が強すぎたみたいだけどね!」
シホさんが慌てて火を消してくれた。あぶなー。
《……まあ、焚き火には困らなさそうだな。ただし、山火事を起こさないように注意したまえ》
スラぽん、あんたってやつは……!
そんなこんなで、私は魔法の練習(と失敗)を繰り返しながら、新しい仲間たちとの旅を続けた。
時には、小さな牙ネズミの群れに遭遇することもあったけど、シホさんが鉄パイプで蹴散らし、私が威嚇のつもりで放った『灯り(ライト)』(目くらまし程度の効果はあった、はず!)で援護し、スラぽんが安全な退路をナビゲートする、という見事な(?)連携プレイで乗り切った。
そして、日が西に大きく傾き始めた頃。
私たちは、鬱蒼とした森を抜けた先に、それを見つけた。
「あれは……」
シホさんが息をのむ。
そこにあったのは、苔むした石壁に囲まれた、比較的小さな、しかしどこか神秘的な雰囲気を漂わせる……古い円形の遺跡だった。中央には、大きな枯れ木が一本そびえ立ち、周囲にはいくつかの崩れかけた小塔のようなものも見える。
《……ここだ。私の広域スキャンで最も安全かつ、長期的な拠点構築に適していると判断された場所。内部に清浄な水源の反応もある》
スラぽんが静かに告げる。
「すごい……なんだか、秘密基地みたい……」
私は、その不思議な光景に目を奪われた。
ここが、私たちの新しい拠点になるかもしれない場所……。
でも、こんな魅力的な場所、もしかしたら先客がいるかもしれないし、何かヤバいものが眠っている可能性も……。
期待と不安が入り混じる中、私たちはゆっくりと、その古の遺跡へと足を踏み入れた。