第2話:目指せ我が家!
「ふぅ、ふぅ……ちょ、ちょっと待ってくだしゃい……シホさーん、足早すぎですってぇ……」
「ん? ああ、悪い悪い! つい昔のクセでね!」
シホさんは悪びれもせずにカラッと笑って、私の数メートル先で足を止めた。いやいや、昔のクセってどんなクセよ!? 競歩の選手でもやってたんですか!? こちとら、数日前まで自室警備員(ただしポテチとソシャゲ常備)だったんだから、体力ゲージはとっくにレッドゾーンだっての!
肩で息をする私とは対照的に、シホさんは額にうっすら汗を浮かべてるだけ。さすが、この世紀末ワールドで生き抜いてるだけあるわ……。ちなみに、私の肩(というには微妙な位置)に浮いているスラぽんは、特に疲れた様子もなく、ぷるぷるとご機嫌に揺れている。いいよね、君は浮いてるだけで。
《マイコ、心拍数上昇中。適度な休憩を推奨する。ついでに、その情けない顔もどうにかしたまえ。これでは私の高性能AIとしての評価にも関わる》
「うっさいわね! 誰のせいだと……!」
スラぽんの的確すぎる(そして余計な一言が多い)ツッコミに反論しようとしたけど、息が続かなかった。ちくしょう。
そんな私たちを、シホさんは面白そうに見ている。
「ハハハ! なかなか賑やかなお供だねぇ、マイコちゃんは。そいつ、本当に元は……ええと、すまーとふぉん? とやらなのかい?」
「そ、そうなんです……信じられないですけど。私もまだ半分くらい夢なんじゃないかって……」
「夢にしちゃあ、腹も減るし、喉も渇くし、こうして汗もかくだろ?」
シホさんはそう言って、自分の汗を拭った服の襟元をパタパタと煽いだ。お、おお……目のやり場に困るというか、なんというか、ごちそうさまです(?)。
そんなこんなで、私たちはスラぽんのナビゲートに従って、半壊したアスファルト(みたいな何か)の道なき道を進んでいた。目的地は、スラぽん曰く「比較的安全で、拠点化に適した建造物群」。正直、今の私には「屋根があって壁がある場所」ならどこでも天国に思える。
道中、シホさんは色々なことを教えてくれた。
「ほら、マイコちゃん。あのキノコは見た目が派手だけど、食べると三日三晩踊り狂う羽目になるから絶対ダメだぞ」とか、「あっちの草は、干して燃やすと虫除けになるんだ。夜には重宝するよ」とか。
うわー、リアルサバイバル知識! 学校の授業より百倍タメになるんですけど!
時々、ガサガサッと茂みから小動物みたいな魔物(見た目はデカいネズミに牙が生えた感じ!)が飛び出してくることもあったけど、そういうのは大体シホさんが鉄パイプの一撃で「ピチューン!」って感じに黙らせてくれた。強い、マジ強い。
スラぽんも負けちゃいない。
《前方30メートル、地面に亀裂。深さ約2メートル。迂回を推奨》とか、《その水たまり、強酸性の汚染反応あり。飲用不可。触れるのも危険だ》とか、的確なアラートで私たちを危険から守ってくれる。まさに万能ナビ! 元スマホの面目躍如ってやつね!
「それにしても、スラぽんって本当に便利だねぇ。一家に一台欲しいくらいだよ」
シホさんが感心しきりに言う。
《残念ながら、私はマイコ専用だ。それに、このぷるぷるボディの維持には、それなりにコストがかかるんでね》
と、スラぽんがどこか得意げに答える。コストって、私の生体エネルギー(魔力?)のこと言ってるのかしら、このぷるぷるめ。
そんなこんなで数時間。太陽(らしき光源)が空の真ん中よりちょっと西に傾いた頃、ついにスラぽんが言っていた「建造物群」が、私たちの視界に入ってきた!
「おおっ! あれか!?」
シホさんが声を上げる。
遠くに見えるのは、いくつかの建物が寄り集まっているエリアだった。ショッピングモール……って言うには小さいけど、昔はそれなりに賑わってそうな商店街の跡地、みたいな感じ? いくつかの建物は壁が崩れてたり、屋根が抜け落ちてたりするけど、中にはまだしっかり形を保ってそうなものもある。
「どう? スラぽん。あれなら、今夜のお宿にはなりそう?」
《外観からの判断では、有望だ。特に中央付近にある、三階建ての石造りの建物……あれは比較的損傷が少ないように見える。まずはあそこを調査してみよう》
期待に胸を膨らませて(あと、お腹もペコペコで)、私たちはその建造物群へと足を踏み入れた。
中はやっぱり荒れ果てていたけど、不思議と魔物の気配は少ない。スラぽん曰く、「大型の捕食者が寄り付きにくい構造なのかもしれない」とのこと。それってつまり、私たちみたいな弱肉(?)には好都合ってこと!?
そして、スラぽんが目星をつけていた三階建ての建物に到着。元は……なんだろう? 小さな役場か、あるいはギルドの支部みたいな感じ? 入口の重そうな木製の扉(一部破損)をギギギと押し開けて、中へと進む。
中は薄暗くて、カビとホコリの匂いが充満していた。でも、雨風はしっかりしのげそうだし、壁も厚くて頑丈そうだ。
「ここ……いいかもしれない!」
思わず声が弾む。シホさんも、「ああ、こりゃあ掘り出し物かもしれないねぇ!」と満足げだ。
私たちは手分けして、建物の中を探索することにした。もちろん、スラぽんのセンサーフル活用で!
一階は広いホールみたいになってて、カウンターとか壊れた長椅子とかが散乱してる。二階は小さな個室がいくつかあって、三階は……お、屋上に出られるみたい! 見晴らしもそこそこ良さそう。
《二階の南向きの角部屋……比較的窓も残っていて、密閉性も高そうだ。居住空間として改修するなら、あそこがベストだろう》
スラぽんのお墨付きも出た!
私たちは早速、その部屋の掃除に取り掛かる。ホコリがすごいし、クモの巣だらけだし、謎のシミもあるけど……でも、自分たちの手で安全な寝床を作れるって思ったら、なんだかワクワクしてきた!
シホさんはテキパキと大きなゴミを運び出し、私はボロ布を見つけてきて床や壁を拭く。スラぽんは……うん、浮いてるだけだけど、時々「そこの梁、少しヒビが入ってるから寄りかかるな」とか「その床板の下、空洞になってる可能性があるから強く踏むな」とか、的確なアドバイスをくれる。指示厨だけど有能!
一時間ほど掃除と簡単な片付けをしたら、部屋は見違えるように……とは言わないけど、まあ、人が住めるレベルにはなった!
「ふぅーっ! なんとか形になったね!」
汗だくになった私は、その場にへたり込む。シホさんも額の汗を拭い、「ああ、いい汗かいた!」と笑顔だ。その笑顔が眩しい……!
その時、ふと私は思った。
(ここ……私たちの、最初の“家”になるのかな……。もっと、安心して……もっと、快適に……)
そんなことを強く心の中で願った瞬間だった。
パチッ。
部屋の隅で、小さな、本当に小さな火花のような光が見えた気がした。そして、ほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど、部屋の空気が暖かくなったような……?
《ん? マイコ、今何かしたか? 君の周辺から、微弱なエネルギー変動を感知したぞ》
スラぽんが不思議そうに私を見る。
「え? ううん、何も……?」
気のせいかな? でも、なんだか、この部屋が少しだけ私たちを歓迎してくれてるような、そんな不思議な感覚があった。これが、私のユニークスキル『拠点進化』の……最初の兆候? まだよくわからないけど。
日が暮れる前に、私たちはささやかな「新居祝い」をすることにした。
シホさんがリュックから取り出したのは、干し肉と、硬いパン、そして小さな水筒に入った果実酒(!)だった。
「こんなものしかないけどね。でも、仲間と飲む酒は美味いもんだよ!」
うわーん、シホさん、マジ女神!
私たちは、掃除した部屋の床に直接座り込み、干し肉を齧り、パンを分け合い、そしてシホさんがくれた果実酒を一口ずつ飲んだ。アルコールなんて久しぶり……っていうか、この世界に来て初めてだ。甘酸っぱくて、ちょっと強くて、でも、すっごく美味しかった。
「なあ、マイコちゃん、スラぽん。これから、どうするんだい?」
食事が一段落したところで、シホさんが切り出した。
「まずは、この場所をちゃんと安全な拠点にしたいです。食料とか、水とかも、安定して手に入れられるようにしないと……」
「そうだな。そのためには、この周辺の地理や資源をもっと詳しく調査する必要がある。当面は、この建物をベースキャンプにして、少しずつ行動範囲を広げていくのが現実的だろう」
スラぽんも同意する。
そうだ、私たちのサバイバルは、まだ始まったばかり。でも、一人(と一匹)で荒野をさまよっていた数日前とは、全然違う。頼りになる仲間がいて、安心して眠れる(かもしれない)場所がある。それだけで、こんなにも心が軽くなるなんて。
その夜、私は久しぶりに、獣の遠吠えや不気味な物音に怯えることなく、眠りについた。
隣ではシホさんが豪快な寝息をかいていて、私の頭上ではスラぽんが淡い光を放ちながら静かに浮遊している。
(ここが、私たちの……最初の村、みたいなものになるのかな……)
そんなことを考えながら、意識が遠のいていく。
希望と、ほんの少しの不安を抱えて。私たちの新しい生活が、このホコリっぽいけど、なぜか少しだけ暖かい部屋から始まるんだ――。
……と、思ったんだけど。
遠くで、何か……金属が擦れるような、嫌な音が聞こえたような……?
気のせい、だよね……? ね?