逃げる少女
タッタッタッタッタッタッタッタッ。
私は無我夢中で逃げている。あの男に捕まれば私は売られてしまう。
私の両親は私が九歳のときに離婚した。理由は父親の浮気、父は私たちを捨てて家を出ていった。離婚後母は憔悴していたが、それでも私を育てるために水商売をして養ってくれた。母は情緒不安定になり私に攻撃的になることもしばしばあったが、母の気持ちを考えれば私は耐えられた。
それから四年が経ち私が十三歳の頃、母は一人の男を家に連れてきた。男の名はプロイドといい、母はこの男と共に暮らしたいと考えているようだった。男は細身ではあるが背が高く、私は少し怖かったが母が久しぶりに幸せそうにしている姿を見て嬉しくもあった。
しかし二人の仲が深まるにつれてプロイドの本性が明らかになってきた。彼はギャンブル好きで借金をしており、母からお金を搾取するようになった。さらには母に暴力を振るうようにもなり、彼に痛めつけられる母を見て私はいつも恐怖を感じていた。
プロイドに怯えながらの生活が一年近く続いたこの日、いつものように彼が家に来ると一目散に私を探し、私の腕を強く掴んできた。今まで彼の暴力が私に飛び火することはなかったが、これから私も母と同じ目にあうのだろうか。しかし彼は私を殴るのではなく外に連れだそうとした。
慌てて母が、「どこに連れて行く気ですか?」と聞くとプロイドは、「こいつを売れば借金が返せるんだよ。」と答えた。母は当然反対したが、彼に睨まれただけで何も反抗できなくなってしまったようだ。私は彼に腕を引かれながら、「お母さん!」ともう片方の腕を母に向けて伸ばしたが、うなだれたままの母はこちらを見ることもしなかった。
これから私は売られるの?いったいどこに?
このまま連れて行かれる訳にはいかない私はプロイドの脛を蹴り、力が緩んだ隙に彼の手を振りほどいて逃げ出した。私はまだ何もしてない、何もできてない。このままあの男の都合で私の人生を棒に振りたくない。私は必死に走り街の広場まで逃げてきた。後ろを振り返ると彼はもう追ってきてはないようだ。振りきれたと思い前を向くと、目の前にはプロイドが立っていた。彼の右手には杖が握られており、おそらく魔法を使って先回りしたのだろう。また逃げ出そうとする私の腕を彼は素早く掴む。
「何逃げてんだ。」
そう言うと彼は杖をしまい、バチンっと私の顔を叩いた。近くにいた人たちは音でこちらに気づくも、誰も私を助けようとはしてくれなかった。私は助けを呼ぼうとするが恐怖で声が出せない。母もずっとこんな気持ちだったのだろう。この男に何も反抗することができないまま私は絶望し涙を流した。追い撃ちをかけるように、プロイドはもう一度私を叩こうと右腕を振り上げる。私はぎゅっと目をつむり、心の中で叫んだ。助けて!助けて!誰か助けて!
ガッという音がして目を開けると、そこには私と同い年くらいの男の子がいた。彼は左手でプロイドの振り下ろした右腕をおさえていて、右手には杖を握っている。
「何だお前?」
そう問うプロイドの腹に彼は容赦なく膝蹴りを食らわす。その後その場にうずくまるプロイドを蹴り飛ばすとこちらを振り向いた。
「逃げるぞ。」
彼は呆然としている私を抱え上げて走りだした。この出会いが私の人生を一変させる。