一章 ~フィリシア・フィリウス~ (9)
俺たちは広場を出るとフィリの家へと向かった。フィリの案内で向かうため自然と俺は彼女の少し後ろを歩くことになる。フィリの母親に会いに行くと言ったときの表情や、今目の前にある彼女の少し元気のない背中を見るに、あまり母親には会いたくないようだ。
しばらく歩くと住宅街に入った。各家の窓からは明かりが漏れ、かすかに家族の会話が聞こえてくる。そんな住宅街から少し離れた丘の上に、一軒明かりの消えたままの家が建っていた。
「着いたよ、お母さんがいるかはわからないけど。」
たしかに外からでは中に人がいる気配は感じられない。フィリは少し用心しながら、そっと家のドアを開ける。そこには膝をついてうなだれたままの女性がいた。女性はドアが開いたことに気づくと、はっと顔を上げた。
「フィリ!!無事だったのね、良かった!本当に良かった!」
女性はフィリを抱きしめ彼女の帰りを泣いて喜んでいる。この人がフィリの母親なのだろう。感動の再開といった感じだが、フィリの様子はあまり芳しくない。
「ただいま、お母さん。」
フィリは母親に対してそう一言だけ返した。やがてフィリの母親の涙が落ち着くと、彼女はやっと俺の存在に気づいたようだ。
「えっと…フィリ、この子は?」
「彼はカルロ、私のことをアイツから守ってくれたの。」
「そうなのね、本当にありがとう。感謝してもしきれないわ。」
「いえ、俺は俺のために彼女を助けただけですから。それよりも、俺はあなたに確認したいことがあるんですよ。」
もう夜なので俺は早めに本題に入る。
「確認したいこと…ですか?」
母親はもちろん、フィリも俺が何を言い出すのか気にしているようだ。そんなフィリの腕を掴むと俺は彼女の服の袖を捲った。
「ちょっとカルロ、どういうつもり!」
服に隠されていた彼女の腕には複数の痣ができていた。それを見て母親は少し苦い顔をしている。
「これはあなたがつけた傷…ですよね?」
「それは…」
この痣は、広場でフィリがプロイドに腕を掴まれてるときに見えたもので、最初はプロイドにつけられたものだと思っていたが、彼女の話を聞いてそれは間違いだと気づいた。では誰がこの痣をつけたのか、そんなのは一人しかいない。
「アンタは旦那が出ていってから五年間、ずっと娘に暴力をふるい続けてきたんだな。」
俺の言葉を聞いて、二人はうつむく。
「たしかに、そう…だけど、でも私はただフィリのために、フィリのことを愛しているから!ただ…それだけで。」
この人の言っていることに嘘はないのだろう。本当に娘のことを愛していて、大事に思っている、でも暴力で愛情表現をしてしまう。だから質が悪い。彼女に悪気はない、でもだからといって許されることではない。この人がフィリの人生を奪ってきたことに変わりはないからだ。
「フィリは父親の浮気で離婚したと言っていたが、それも実際はアンタの暴力に耐えられなくなっただけなんじゃないか?」
「違う!そんなことない!あれはあの人が…私のせいじゃ…」
フィリの母親は膝から崩れ頭を抱えて首を振る。母親がフィリに攻撃的になったのは父親が出ていってからだ。ならそれまでは父親がその攻撃の対象だった可能性は高い。まあそんな母親の元に娘を置いていった父親もどうかと思うが。
「まあ浮気は本当にしていたかもしれないけど、だとしても原因はアンタに…」
「もうやめて!!」
俺の言葉をフィリがさえぎる。彼女は悲しげな顔で今にも泣き出しそうだ。
「カルロ、もういいから。」
そう言うとフィリは俺の手を外し袖を直した。そして母親の方に向き直す。
「お母さん、私この街を出ていくから。カルロと一緒に旅をして、私は新しい人生を進むって決めたから。」
「フィリ、そんな…待ってよ。」
母親の制止を待つことなくフィリはこの場を去ろうとする。が、まだ彼女にはここでやってもらうことがある。
「待てフィリ、まだダメだ。」
俺はこちらを振り返るフィリに近づくと彼女の手に杖を持たせる。
「今からお前に魔法の使い方を教えてやる。」




