おたぴぽっ☆彡:二番じゃダメなんですか?
山里小学校の裏山には、いつも子どもたちの歓声が響いていた。初夏の陽気に誘われて、昆虫採集に夢中になる男の子たちの元気な声だ。
「よっしゃあ!ミヤマクワガタ捕まえた!一番かっこいいぜ!」
「俺のカブトムシのが強いから!一番強いのはカブトムシだってば!」
木の上や茂みの中から次々と聞こえてくる勝ち誇った声。でも、そんな声を聞きながら、ひとり黙々と下生えの中を探し回っていた少年がいた。
水沢健一、小学五年生。
彼は友達の声をよそに、熱心に何かを探していた。「二番目」を。
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「健一くん、また変わったものを集めてるね」
担任の川島先生は職員室の窓から、校庭の隅にしゃがみこんで何かを観察している健一の姿を見つけた。
「あの子、一体何をしているんでしょう?」と隣の若い女性教師が尋ねた。
「ああ、水沢くんね。彼はね、『二番目の昆虫』を探してるんだよ」
「二番目?」
「そう。一番大きくないけど二番目に大きい虫とか、一番美しくないけど二番目に美しい虫とか」
「へえ、なんだかユニークね」
川島先生は微笑んだ。「彼なりの哲学があるらしくてね。『みんなが一番ばかり見てると、素敵な二番目を見逃してるって思うんだ』って」
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「健一、また何か変なの見つけたの?」
教室で給食の準備をしていると、クラスメイトの山田が声をかけてきた。健一は黙って自分のノートを開いた。そこには丁寧な字で記録が綴られていた。
『二番目に丈夫なハネを持つ虫:モンシロチョウ(ハネのしなやかさと耐久性のバランスが二番目に優れている)』
『二番目に複雑な巣を作る虫:アシナガバチ(構造の複雑さと実用性のバランスが二番目)』
「へー、こんなの分かるの?」山田は感心したような、あきれたような顔をした。
「ちゃんと観察してればわかるよ」健一は静かに答えた。「みんなは一番しか見ないけど、二番目ってすごく大事なんだ」
「なんで?一番がすべてじゃん」
健一は少し考えてから言った。「でもさ、世界中の虫が全部一番を目指したらどうなると思う?」
山田は首を傾げた。
「競争ばかりになって、みんな同じになっちゃう。でも二番目には、いろんな『二番目の理由』があるんだ。それが面白いんだよ」
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夏休みが始まって間もない土曜日、健一は図書館に行った。昆虫図鑑を何冊も広げて、メモを取っている。
「あら、水沢くん。また研究?」
司書の森本さんが声をかけた。彼女はいつも健一の変わった興味を応援してくれる。
「はい。二番目に長い距離を移動する昆虫について調べています」
「二番目に長い距離?一番じゃなくて?」
「一番はオオカバマダラチョウで有名だから、みんな知ってます。でも二番目はあまり知られてないんです」
森本さんは微笑んだ。「なるほどね。それで、二番目は何かしら?」
「まだ調査中です」健一は真剣な顔で答えた。「でも、たぶんアサギマダラだと思います。日本からでも台湾まで飛ぶことがあるんです」
「へえ、知らなかったわ」
「でしょう?」健一の顔が少し明るくなった。「二番目って、知らないだけですごいことがたくさんあるんです」
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夏の終わり、健一はとても興奮していた。裏山で特別な発見をしたのだ。
「お母さん!見て見て!」
夕食の準備をしていた母親に、健一は小さな虫かごを見せた。中には美しい青緑色の小さなハナムグリがいた。
「きれいね。これは何かしら?」
「コアオハナムグリ!二番目に美しいハナムグリなんだ!」
健一の母親は思わず笑みがこぼれた。「いつも二番目ね。どうして健一はそんなに二番目が好きなの?」
健一は少し考えてから答えた。
「だって、一番ってすごく大変でね。みんなが狙ってて、いつも戦わなきゃいけない。でも二番目は...もっと自由だと思うんだ。一番じゃなくても、それぞれのすごさがある」
母親は健一の頭を優しく撫でた。「なるほどね。健一は物事をよく考えるわね」
「それにね」健一は続けた。「二番目を知ることで、世界がもっと広く見えるんだ。一番だけじゃなくて、二番、三番...って見ていくと、いろんな発見があるよ」
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秋の学校祭。健一のクラスは「昆虫博物館」を出展することになった。
「健一くん、君の『二番目の昆虫』コレクションも展示してみない?」と川島先生が提案した。
「えっ、でも...みんな笑うかも」
「そんなことないわよ」と隣の席の佐藤さくらが言った。「私、健一くんの研究、面白いと思う。ユニークだもん」
クラスメイトたちも次々と賛同した。
「そうだよ、健一の視点って新鮮だもん」
「俺も二番目の昆虫、見てみたい」
健一は少し照れながらも、嬉しそうにうなずいた。
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学校祭当日、健一の「二番目の昆虫たち」コーナーは意外な人気を集めていた。
「二番目に強い顎を持つ虫:ノコギリクワガタ」
「二番目に速く飛ぶ虫:アブ(時速約40km)」
「二番目に長生きする虫:女王アリ(最長約20年)」
それぞれに健一の観察メモと、丁寧に描かれたイラストが添えられている。
「へえ、こんなことまで調べてるんだ」
「二番目って、確かに知らないことばかり」
「一番より二番のほうが、なんか親しみやすいかも」
人々の感想を聞きながら、健一の胸は誇らしさでいっぱいになった。
展示の前では、下級生の女の子が健一に質問していた。
「ねえ、どうして虫の女王に興味があるの?王様じゃなくて」
健一は少し考えてから答えた。
「女王の方が実は強いんだ。昆虫の世界では、多くの種類で女王が一番大事な役割をしているんだよ。例えばハチやアリの世界は、女王を中心に回っている」
「へえ、そうなんだ!」女の子の目が輝いた。
「うん。だから僕は、虫キングよりも虫クイーンに興味があるんだ」
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学校祭が終わってから、健一のもとには思いがけない来客があった。地元の小さな自然史博物館の学芸員だ。
「素晴らしい視点ですね、水沢くん。一番ばかりを追いかけるのではなく、二番目の持つ意義に目を向けるというのは、実は生物学でもとても重要な考え方なんですよ」
健一は目を丸くした。
「本当ですか?」
「ええ。生態系では、必ずしも一番強いものだけが生き残るわけではありません。さまざまな生物がそれぞれの役割、それぞれの『位置』を持っている。それが多様性として生態系を豊かにしているんです」
学芸員は健一のノートに目を通した。
「よかったら、この夏から始まる子ども自然観察クラブに参加しませんか?健一くんのような観察眼を持つ子は貴重です」
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その夜、健一は窓辺に座り、空を見上げていた。二番目に明るい星を探しているようだった。
「健一、おやすみの時間よ」母親が声をかけた。
「うん、もうすぐ」健一は空から目を離さず答えた。「お母さん、僕ね、将来は昆虫学者になりたいな」
「そう、素敵ね」
「でもね」健一は続けた。「一番有名な学者じゃなくてもいい。二番目でも、三番目でも。僕にしか見えない世界を見つけられたら、それでいいんだ」
母親は健一の横に座り、一緒に星空を見上げた。
「知ってる?」健一が言った。「月は夜空で二番目に明るいんだよ。一番は太陽。でも、月の方が僕は好きだな」
「どうして?」
健一はしばらく考えてから答えた。
「だって、太陽は眩しすぎて直接見られないけど、月は近くで見られるから。二番目って、そういうところがいいんだ。遠すぎず、近すぎず...ちょうどいい距離にあるんだよ」
健一の横顔を見ながら、母親は静かに微笑んだ。彼女の息子は、確かに他の子とは少し違う。けれど、その独自の視点こそが、彼の素晴らしさなのだと感じていた。
「健一」
「なに?」
「二番じゃダメなんかじゃないわよね。二番だからこそ見える世界があるもの」
健一は満足そうにうなずいた。窓の外では、二番目に明るい天体である月が、静かに夜空を照らしていた。
(おわり)