第1話 モブと冷姫
『俺のようなヤツでも青春はしたい』
だがそんなことは夢のまた夢にすぎなかった。なぜなら俺は冴えない陰キャ、そうモブだからだ。
一度クラスに根付いた噂や印象は簡単に取り払うことはできない。
そんなことを齢十五歳で知ってしまった俺はどれだけ恵まれない人生を送っているのだろうか?
しかしそんな人生ともおさらばだ。
なぜなら──
★★★
鷹司学園。
ここは都市部の中心に位置する私立校だ。
生徒は自分の夢を果たすため、日々自己研鑽に励んでいる。
そしてそれと同じくらい、生徒は三年しかない高校生ライフを謳歌している。
そんな自主性を尊重する学び舎に向かい、並木道を歩く生徒達。
友人やクラスメイトと他愛のない話をしながら賑やかに校舎に向かって足を進める彼らの中に、一際人目を集める少女がいた。
まるで日焼けという概念が通用しないほどに透き通った白い肌に、純真無垢な空色の瞳。
ハーフサイドテールにされた、魅力的な白色の髪。
そして美人な母親譲りの整った容姿。
そんな稀有な容姿に加え、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという理想的なスタイル。
身長が周りと比べ低いところは、それはそれで可愛らしいと密かに思われている。
そんな彼女の名は、伊織唯。
入学してまだ二ヶ月。それなのに学年の壁を越えて唯に思いを寄せる男子は多々いる。
しかし誰一人として唯に思いを伝えることは出来ていない。
それには唯が周りから密かに呼ばれている《《あだ名》》があるからだ。
そのあだ名は冷姫。
思いを伝えるべく、唯を引き止めた男が過去にいた。しかし唯はその男のことを見向きもせず、ごめんなさい。アナタに興味はないわ、と言って立ち去ったのである。
それが唯が冷姫と呼ばれるようになったきっかけだ。
教室でもみんな離れて唯のことを観察するだけで話そうとはしない。
だから唯はクラスから孤立していたのである。
★★★
今日も相変わらず何も無い一日だった、と彼は帰路を歩きながら心の中で呟いた。
目が隠れるほどに長い前髪。
スラッとした体型、かつて美少年と呼ばれた父親譲りの整った容姿。
手入れしたら案外モテそうだが、妙に感の悪さが邪魔をしてモテるどころか周りからはモブ呼ばわり。
そんな彼の名は近衛琉生。
国内で高い権力を持つ祖父を持つ琉生であったが、学校内での立ち位置は下の下。入学式当日の自己紹介で失敗してしまい、学校生活に疲弊していた。
モブの琉生であっても、青春をしたい、そんなことは健全な高校生なので毎日思っている。
「俺が青春出来るのはきっと来世だろうな……」
そう口ずさんだ琉生は、人生の歯車が少しづつ形を変えていっていることに気づくことはなかった。
ちょうどマンション等が立ち並ぶ住宅地に差し掛かった時、たまたま通りかかった公園から少女のむせび泣く声が聞こえた。
そよ風にかき消されそうなほどに小さいその声は、地獄耳である琉生にしか聞こえないだろう。
普段他人の泣いている所に水を差すことのない琉生だったが、少女の姿を見た途端そこへ放置しておくことができなくなった。
なぜなら公園で泣いていた少女とは、琉生の隣の席の伊織唯だったからだ。
隣の席と言っても話したことはほとんどないが、このまま何もせずに立ち去ったら後味が悪いものになってしまう、と思った琉生は唯の元まで歩いていった。
唯は目の前に琉生が立っても、少しも気づくことなく俯いている。
琉生はポケットから使用してないハンカチを取り出して唯に差し出した。
「……雲行きが怪しい、ここにいると雨に濡れて風邪を引くぞ。 このハンカチ使ってないからやるよ」
これが琉生の最大限の慰めだった。
実は琉生は高校だけではなく中学でも失敗していたのだ。だから人を慰めた経験などないのでこんなにも変な慰めになってしまったのだ。
唯は顔をあげてハンカチと琉生の顔を見てハンカチ……?き、気持ち悪い、と言ってふんと目を逸らした。
しかし琉生は諦めが悪いようで、全くその場を離れようとしない。
「な、何よ……! わ、分かったわ、ハンカチはありがたく頂戴するから、アナタはさっさと帰って!」
そう言って目の前にあったハンカチを手に取り、完全にそっぽを向いてしまった。
やる事をやって颯爽とその場を立ち去った琉生だったが、今この瞬間人生が百八十度がらりと変わったのだ。
★★★
翌日、琉生はいつもより遅く家を出た。理由は隣の席の女の子に顔を見せるのが恥ずかしいから。
いつもと変わらず賑わっている廊下を、独りトボトボと足を進めると自分の教室が見えてきた。
扉の窓からチラリと教室の1番後ろの窓際の席を見ると、いつも通り教科書とノートを開いて勉強をしている唯の姿が見えた。
ゆっくりと扉を開くと、誰が入ってきたのか、と一瞬教室中の視線が集まるが、入ってきたのが琉生だと分かると各々止めた手を動かしたり、途切れた会話を再開した。
心のどこかで何かいいことがあるのでは、と思っていた琉生であったが、結局何も起こらなかったという現実に肩を落とした。
異変に気づいたのは三限目の数学が終わった頃。
先程から隣からちらちらと視線を感じる。
隣にいる人といえば伊織唯ただ一人だが、誰にも興味を持たない唯がモブと言われる琉生に視線を送るとは思わない。
事実を確かめるべく隣を見ると、二人の間で視線がぶつかった。
「──!」
唯は直ぐに視線を逸らして、外の方へ顔を向けた。その耳がほんのりと赤く染っているのは、気のせいなのだろうか?
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