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Tatsachenbericht

「カラーリップおすすめ。このカラーリップとかどう? ドラッグストアでよく売っているよ」


 こりもせず月杏は夏保に化粧品をすすめている。


 月杏はうっすらとしたピンクのチークと薄いピンクのリップで、昨日よりも儚さを意識したメイクをしている。それでおとなしく見えるのに、夏保にはぐいぐい攻める。


「いや私は別にリップとかつけなくていいから。ていうか小那愛、今日はあまりメイクしていなんだ。珍しい」


 夏保はうんざりしたような顔で、小那愛の方を見る。


「今日はちょっとねぼうしかけて、メイクあんまりできなくて」


 小那愛は少し小さめの声で、言い訳するように話す。


 今日小那愛は色のついていない日焼け止めに無色のパウダーをはたいただけて、チークは塗っていない。それにあわせてリップは透明だし、アイシャドウは淡いベージュで、マスカラもいつもよりも塗る量が少ない。


 そう今日小那愛はいつもよりもメイクに手をかけられていない。


「さなっちって遅刻をしてもメイクに手をかけるってイメージなのに、一体どうしたの?」


 月杏は心配しているように、小那愛を見る。


 小那愛はメイクが好きで、学校の勉強よりも頑張っている。そこで小那愛がメイクに手をかけていないってことが、月杏にとっては信じられない。


「そうだね。小那愛は毎日色々なメイクをしているから、何かあったのか不安になる」


 メイクに詳しくない夏保も違和感を持つほど、今日の小那愛のメイクはひどいらしい。


「実は私雪木市に引っ越しすることになって。銀花女子高校ってところに入ることにもなった」


「バレンタインも終わった今なのに、急に引っ越しの話? ちょっと意外」


 月杏が驚いたように、小那愛を見る。


「雪木市って知ってる。従姉が住んでいる姫海村の隣だから。雪木市って確かかろうじて東京からも通えるはずだよ。だからうちの高等部に通えない?」


 夏保が落ちついて、気をつかって小那愛に聞く。


「それも駄目みたい。勝手に父は私を別の学校にいれる手続きをしたの。今言っただけで、引っ越しの準備は以前からしてたみたい」


 小那愛はゆっくりと首を横に振り、早口で答える。


「でも高校に入るとか転校するとかの時には、入試が必要だよ」


「そうそう。親が子供を勝手に高校へはいれられないよ」


 夏保と月杏が信じられなさそうな顔をして、小那愛を見る。


 夏保は高等部に内部進学が決まっているとはいえ高校受験のことを知っていて、月杏は高校受験をした。そんな2人にとって、無受験で外部の高校へ行くという選択肢はありえなかった。


「そこら辺私もよく分からない。でも行く高校は決まっているって、父は言ってた」


 高校受験のことは詳しくなくし内部進学するつもりだった小那愛は首をかしげる。この3人の中で唯一小那愛だけが受験のことを理解していない。


「なんかうさんくさい」


「内部進学はともかくとして、それ以外の場合高校は受験しないと駄目だって。仮に無試験の高校があったとして、そもそも本人の知らないうちに高校が決まっていることは、何があってもありえないでしょう」


 夏保と月杏は小那愛の父親が言っていることを信じていないみたい。当然のことながら無受験で高校進学、しかもバレンタインデーが終わった今に本人が知らないうちに決まっていたってことは、普通はありえないので当たり前だ。


「2人がそういうのなら、そうなのかな? どいうい事情があるにせよ、4月から私は東京にいないことになっている。だからもう『リュビ』でお手伝いをすることもお気に入りのお店で買い物することもできない」


 小那愛は落ち込んだように、暗い声で話す。


 小那愛にとって今の日常は大切だ。メイクをして、学校で月杏や夏保と話して、放課後や休みの日で『リュビ』でお手伝いしたり雑誌に載っているお店で買い物したり。その日常がかけがえのないほど大事。 


 その日常がなくなるのだから、小那愛にとって嫌なことでしかない。


「おまけに4月から行く学校、メイク禁止なんだって。学校にはメイクしていきたいのに。ノーメイクだなんて、ありえない」


 小那愛達が今通っている学校は、メイクOK。でもガッツリメイクをしているのは小那愛と月杏だけで、それ以外の生徒はほとんどメイクをしていない。そこでメイクをできなくてもそこまで困ることはないんじゃないか、と思う人もいるだろう。


「学校でのメイクは禁止の学校が多いから仕方ないよ。モデル仲間だって登校するときはノーメイクだって高校生はいるし」


 月杏がなぐさめるよう、落ちついて話す。


「ノーメイクで登校する人が多いのは分かっている。それにメイクをしっかりするよりも、ノーメイクの方が制服にあっているのも分かっている。それでも私はメイクをして登校したい」


 色つきリップで唇を彩りたいし、アイシャドウで目を可愛くした。そう小那愛は考えているので、いつもメイクをしている。なんならノーメイクという選択肢が、小那愛にはない。 


 そこでノーメイクで登校しなくちゃいけないことが小那愛にとって一番嫌なことかもしれない。メイクは小那愛の生きがいなんだ。


「じゃあメイク以外にやりたいこと増やすとか? 私バスケットボール部に入っているけど、人数がかなり足りなくて。もしよかったら一度見学に来る? 男子の部員イケメンだし」


 夏保は落ち込む小那愛に提案する。


 この3人の中で夏保だけが部活動に入っていて、毎日じゃないけどゆるゆる活動している。


「そうする」


 かなり落ち込んでいる小那愛は、夏保の提案に乗ることとした。


 決してイケメンが目当てではない。異性愛者である小那愛はイケメンが嫌いではないが、それよりも自分の未来に悲観していたから。


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