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Schockierende Tatsachen

「チョコレートケーキですね。かしこまりました」


 学校でのナチュラルメイクとは違い、口紅がほんのりとしたピンク色になっている小那愛。服も制服ではなく、淡いブルーのニットに白いふわふわのスカートという愛らしい格好になっている。それもあってか、今の小那愛は中学生というよりも高校生に見える。


「マロンケーキといちごムースケーキですね。かしこまりました」


 お手伝いということもあってか、小那愛はひたすらお客の注文を聞いていく。商品を扱うことはせず、もっぱら話すだけだ。


 それでも小那愛はかわいいから人気がある。恐らく小那愛のことが好きな常連さんもいるはずだ。


「もうそろそろ下がって良いよ」


 そうお店の人に言われるまで、ひたすら小那愛は接客を続けていた。


「梶井さん、今日もお手伝いにきたのですか?」


 お手伝いが終わって、バックヤードに下がる小那愛に話しかけたのは安芸都露(あき とろ)だ。


 都露は目の下にくっきりとしたくまがあり、暗めの茶髪を1つぐくりにしているおとなしい男子。ある温泉町で暮らしているが、東京の通信制高校に通っているので『リュビ』の2階で生活していることが多い。


「そうです。高等部に進むことが決まっていて受験しないので、時間がありますから」


「時間に余裕があるのは良いことです。僕はこれから推しのVチューバーを見るので失礼します」


 都露はさっさとその場を離れていき、小那愛は1人で取り残される。目の下にくまをつくっていること、こういう風に行動が自由なことがあり、小那愛は都露に恋をすることはない。一応小那愛が一番気楽に接している男子は都露なのだけど、こればっかりはしかたない。


 そこで小那愛は今お気に入りのケープ風のコートを着て、帰宅することにした。太陽が落ちるのが早い今、できることなら小那愛は早く帰りたいみたいで、少し小走りになっている。


 バレンタインが終わったとはいえ春はまだ遠く、外は寒さから解放されない。お手伝いしているとはいえケーキを食べることができない小那愛は空腹も、それもあって早く帰ろうとする。


「ただいま。帰ってきたよ」


 小那愛は無事に家へ着いた。コートと同じ淡いピンクのロングブーツをそっと脱ぎ、小那愛はリビングへと入る。


「もうすぐ夕ご飯よ。お父さんも帰ってきているから、早く準備してきてね」


 台所で立っている女性が小那愛に声をかける。この女性は小那愛の母親だろう。ただし小那愛よりも服装やメイクはかなり地味だ。


「はーい」


 小那愛は不満そうに答える。小那愛は父親と仲があまりよくないので、できることだけ一緒にいたくないのだ。


 そこでのろのろと手を洗い、ゆっくりと部屋で着替える。さっきまでと違って黒のニットに茶色のロングスカートという地味なファッションで、口紅を落として透明リップを塗る。


 これじゃあ小那愛は父親の前ではおしゃれをしないようにしているみたいだ。


「おそかったわ。早く手伝って」


 ダイニングや台所で小那愛は母親の手伝いをする。母親と小那愛が忙しそうに動いている間、父親は黙ってテレビを見ている。


 これはこの家のいつもの光景であり、決して何も変わっていることはない。ただ父親は仕事で家にいないことも多いので、毎日あるわけではない。


 豚汁と野菜いため。それからお皿やコップが食卓に並んで、食事が始まる。


 食事の間、母親と父親の話し声、そしてテレビから聞こえる声しかない。基本的に小那愛は父親と話さないのでこうなる。


「来月から雪木市で喫茶店を始めることになったから、引っ越すことになった。店の名前は『グリュック』で、ドイツ語だ。日本語にすると幸せになる」


「えっなんで」


 そこで食事が終わってから、父親の発言に反応した小那愛はいつもとは違う。


「仕事、仕事で家にいないことが多く、家族で過ごす時間が少なかった。そこで雪木市にある喫茶店で働くことによって、家族の時間を増やしたい」


 父親が言ったことを聞き、小那愛は固まる。


 父親が雪木市の出身である事を小那愛は知っていた。そのうえ父親に連れられて、小那愛も雪木市に行ったことがある。


 ただ来月から雪木市で住む、それは完全に予想外だった。


「来月から私は高校生になるよ。中高一貫校に通っているから、高等部に進むのが決まっているの。それじゃあ私は寮に入るってこと?」


 そこで落ちついて、一番大切なことを聞く小那愛。


 小那愛は来月から高等部に進むとずっと思っていたので、他の学校へ行くという選択肢はない。そこで寮にはいるのかと思った。


「雪木市にある銀花女子高校に入学できるから安心しなさい。あとその学校はメイク禁止だから、化粧とかするんじゃないぞ」


 高校が勝手に決められていたこと、しかも入る予定になっている高校がメイク禁止である事に絶句する小那愛。


 小那愛はメイクが好きだ。そこで1日のほとんどを過ごす学校でメイクができないなんて信じられない。


「あなたが言うのでしたらきっと成功するわ。喫茶店一緒に頑張りましょうね」


 母親は笑顔で、迷わずに答える。母親は『倫理』についてよく分からない団体で学んでいるからか、基本的には父親の言いなりである。少なくとも母親が父親に反対することはない。


 世の中高校は子供が自分で選ぶとか。高校生になりそうな娘がいるのに親はチャレンジなんてしないとか、反論したいことはいっぱいある。


 でも小那愛は何も言えない。


 学校で友達と話して、放課後や休日に『リュビ』でお手伝い。そんな何気ない日常があっさり失われてしまう。


 その事実を小那愛は受け止めたくなかった。でも事実として雪木市に引っ越すこと、それが今ある。それが例え小那愛にとって嫌なことでも、あるんだ。

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