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第二十四話 決着

 小春は、室井へと顔を向ける。


「ユキも幻想だと言っていたけれど、わたしはやっぱり、神さまは存在すると思うの。でもその恩恵を受けられるのは、彼の恵みを幸福と思える者だけ」


 わたしの神さま。


 心のなかに自然とうかんできたその言葉に、小春ははにかんだ。

 今まで、何度となく思ってきたことだ。それくらい、由希斗から与えられるものに、幸せを感じていたということなのだろう。

 確かめるように由希斗へと視線をやると、彼は軽くうなずいた。


「ユキのことを認められないあなたは、この街では生きられない。だから……」


 小春は絵里奈の手を引き、彼女を連れて由希斗のそばへ戻った。不安そうになりゆきを見守る絵里奈にひとつ微笑みかけて離し、由希斗の手を取る。


 由希斗の霊力の制御は、彼に触れていなくてもできる。だが触れていたほうが、よりやりやすい。

 繊細な術を使うときは、彼と手を重ねることが多かった。だから慣れているはずなのに、今、彼と手を重ね合わせ、由希斗の指先が少し丸まって軽く握られると、彼の肌の湿り気や、温度が生々しく感じられて、少し緊張した。


 ひとつ深呼吸して気を落ち着かせる。霊力とともに、視線を室井へと向けた。


『あなたはわたしやユキのこと、この街であなたがしようとしたこと、あの野良神と出会ったことや言われたこと、すべて忘れてしまうの。そうしてこの街を出て、もう二度と戻らない』


 小春の声を聞き始めたとたん、うつろな表情になった室井は、小春が言葉を切り、術を終えると、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。


「健太くん!」


 絵里奈が彼を呼び、彼のもとへ行ってもいいか尋ねるように小春を見る。小春は、視線で彼女を引き留めた。


「記憶を大きく整理するために、少し眠っただけ。目を覚ましたら、今日のことも、わたしたちのことも、多くを忘れているわ。はじめから、無かったこととして」

「そんな……」

「彼にとっては、そのほうが幸せでしょう。わたしとユキ以外のこと、絵里奈ちゃんや、家族や友人、この街で生まれ育ったことは、きちんと憶えているわ」


 絵里奈は小春たちと室井のあいだで、視線を何度か行き来させた。そして、小春のもとに留められた自分を見下ろし、諦めたように半端に笑った。


「もう、この街の人じゃなくなったんだね、健太くん。トウキョウに行ったときは、有名になって、この街に戻ってくるって言ってたけど」

「そうね」


 由希斗と重ねたままだった手に、少し強めの力が加わり、小春は軽く首をかしげて由希斗を見上げた。


「三年前、小春ははっきり断ったのに、未練がましく僕から奪おうなんて、初めから無理なことだもの」

「そういえば結局、小春ちゃんと剣崎くんは、付き合ってるの?」


 絵里奈の無邪気な問いに、小春と由希斗は顔を見合わせた。それから、由希斗が繋いだままの手で小春を引き寄せ、嬉しそうに言う。


「小春は、僕のお嫁さん」

「そういう契約なの。わたし、生まれたのはもう何百年も前で、死にかけたところをユキが助けてくれたのよ。わたしを助けるために、ユキはわたしを彼の眷属――神嫁にしたのよ」


 小春が補足を入れると、絵里奈は酢を飲んだかのような、妙な顔をした。小春から由希斗へ、その視線が移る。


「今のって、剣崎くんの惚気だと思うんだけどな」

「え?」

「そうだよ。僕、小春は僕のお嫁さんだって、ずっと言いたかったの」

「……ユキ。今、そういう場合ではなかったでしょう」


 小春がお小言を言っても、由希斗は「ふふふ」と機嫌よさげに笑うばかりだ。

 そんな小春と由希斗を見て、絵里奈が「すごく仲が良いんだね」と、少し呆れている。

 夕陽が山の向こうへ沈みかけ、空がだんだんと浅い紫色へ、そこから濃紺へと色を変えてゆく。周囲がやや暗くなったのを感じ、小春はもう一度気を引き締めた。


「絵里奈ちゃん、ご家族が心配しているわ。早く帰らないと」

「あっ、そうだよね。……怒られるかなあ」

「大丈夫だと思うわ」


 言いながら、小春は由希斗をうかがい見る。家に帰す前に、絵里奈の記憶も消さなければならない。

 ところが、由希斗は首を横に振った。


「え?」


 きょとんとする小春を置いて、彼は絵里奈へ目を向ける。


「ねえ、これからも、小春と友だちでいてくれる?」

「え?」

「えっ?」


 小春と絵里奈がそれぞれ驚きの声を上げる。由希斗は柔らかな笑みをうかべ、絵里奈の答えを待っている。絵里奈は由希斗ではなく、驚いた様子の小春を見て目を丸くしていた。


「ユキ、絵里奈ちゃんも、その……わたしたちのことを、忘れてもらうのではないの?」

「小春は、嫌?」

「嫌ではないわ。でも、今までは……」

「うん。だけど、小春を変な目で見ないなら、事情を知っている友だちがいてもいいと思うんだ」


 どう? と、由希斗は絵里奈へと話を振った。絵里奈がこくこくとうなずく。


「あたし、べつに小春ちゃんを変だと思わないよ。そりゃあ、ちょっとあたしたちとは違うところがあるかもしれないけど、普通に、友だちでいようよ」


 絵里奈は由希斗から小春へ視線を移しながら言い、小春とのあいだにあった数歩を詰めて、小春の右手を両手で握った。小春は思わず自分の手を見下ろし、そこから顔を上げて、絵里奈の真剣な表情を見つける。


「あたしね、小春ちゃんと、これからも友だちでいられると思う。小春ちゃんは?」

「わたしは……」


 小春の脳裏に、今までともに過ごしては記憶を消してきたかりそめの友人たちの顔が、うかんでは消える。

 記憶を消すのは、街の人々が平穏に暮らすために、必要なことだと思っていた。かつて、隣街市がまだ小さな村で、小春が神嫁であることを隠さず村の人たちと交流していたころ、小春は奇異の目で見られ、ときには恐れられた。小春はそれを気にしてはいないけれど、普通の人にとって、自分が恐ろしいものであるとは思っている。


「ねえ小春、もし、小春が嫌な思いをすることがあれば、僕は人々の記憶を消すよ」

「そんな、そう簡単にしていいことではないでしょう」

「この街では僕が神さまだもの」

「横暴じゃない?」


 小春が咎めると、由希斗は少し悪戯っぽく目を細めて笑う。その笑みを声音にも表して、彼は言った。


「術をかけられたことに気づかなければ、この街の人々は、僕に記憶を消されたことも知らないまま、幸せに生きられるよ。だから大丈夫」

「大丈夫、って……」

「小春のことは、何があっても、僕が守るよ。だからもう一度、街の人たちと過ごしてみない? 小春は人が好きでしょう」

「わたしが?」

「だって、彼らのことを知るために、彼らときちんと交わろうとするもの。相手を知りたいって、好きだから大切にしたいんでしょう」

「……」


 由希斗は、打って変わって真剣なまなざしで小春を見下ろしていた。

 彼は、小春から人間であることを奪ってしまったと悔やんで、苦しんだ。きっと、小春が友だちと過ごせたら、というのも、ずっと思っていたことなのだろう。

 小春は、すっかり慣れてしまっていたけれど、束の間の友人たちとの別れに、そのたび寂しい思いをしていたのを思い出した。

 由希斗は、気づいていたに違いない。


「人間の友だちは、数十年しか小春と一緒にはいてくれないけれど……」

「数十年もあれば、十分だわ」


 どれほど長く生きても、時間が早く過ぎるということはない。一年は一年、十年は十年、百年は百年。数十年あれば、いったい何ができるだろう。


「みんなと過ごすのは楽しいわ。絵里奈ちゃん、これからも、どうぞよろしくお願いします」

「うん!」


 絵里奈は朗らかに笑い、改めて小春の手をぎゅっと握った。

 それを見ていた由希斗が、小春を後ろから抱き寄せる。小春はバランスを崩して、由希斗の胸に寄りかかる羽目になった。


「えっ、ちょっと、いきなりどうしたのよ、ユキ?」

「小春は、僕のお嫁さんだから」

「それが?」


 首をかしげる小春に、ぽかんとしていた絵里奈が呆れて言う。


「もしかしてやきもち? あたしに? 剣崎くんって、神さまなんだよね?」

「そうよ。神さまなんだけど、ちょっと甘えたがりで……」


 少し背を丸め、小春の前で腕を交差させて、完全に小春を閉じ込めてしまった由希斗が、小春の頭に頬を寄せてくる。ときめきや、恥ずかしさを何とか押し込めながら、小春は弁解をこころみた。


「甘えた……まあそうかもしれないけど、嫉妬深い怖い神さまの話なら、わりとよくあるよね」

「そう、ね。ユキのイメージではないけれど……」

「怒らせたら怖いでしょ?」

「ふふ……」


 絵里奈とのやり取りを聞いていた由希斗が、小春の耳元で笑う。小春にしてみれば、くすぐったくてたまらないから、せめて人前ではやめてほしい。


「僕が神さまだというのも、みんながそう思っているからにすぎないんだけれどね。神さまだと思いたくないなら、それはそれでいいよ。小春が僕のお嫁さんであることは変わらないし」

「もう、ユキ。わかったから、そんなに言わなくていいの。……こんなこと言っているけれど、ユキはちゃんとこの街を愛しているわ」

「何となくわかるよ。じゃないと、この街、こんなにいいところじゃないもん」

「……!」


 小春は、ふと息をのんだ。

 そうだ、絵里奈の言う通りだ。

 この街の幸福が、たとえ由希斗によって作られたものなのだとしても、それは由希斗がこの街を愛し、守っているからなのだ。言葉通り、彼によって、大切に『作られた』幸せが、この街に満ちている。


 それは、決して幻想なんかじゃない。


 褒められて嬉しかったのか、由希斗がぎゅう、と小春を締め上げてくる。いつもなら小春もそれなりに応えてあげられるが、ここは学校の屋上で、絵里奈もいるとなれば、そうはいかない。

 小春は由希斗の腕を軽く叩き、首をひねって彼を見上げた。


 本当は、小春だって、由希斗を抱き締めたい。


「帰りましょう、ユキ」


 沈む直前の、強い陽光を受けた由希斗の瞳がきらめく。


「うん」


 まもなく夜空が街を覆い、無数の星々が輝くのが見えるだろう。

 街はいつも通りの、平和で穏やかな夜を迎えた。


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