表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

序章 神さまの花嫁

 ……! ……は、る……! 小春……!


 誰かが、自分を呼んでいる。

 柔らかくて、とても心地のいい、大好きな声。

 父さまかしら。それとも、母さま? それとも……。


「お願い……君は、まだ……」


 どうしてそんなに悲しそうなの。何があったの?


 問いかけようとしても、声が出なかった。

 唇と喉、それから体のどこも、少しも動かない。何も見えなくて、目が開いているのか、閉じているのかさえわからない深い闇の中。


 ただ、自分を呼ぶ声だけが聞こえていた。

 なぜだろうか、と考えかけて、鮮やかな血飛沫が脳裏をよぎっていった。

 倒れ伏す父と母、それを見て硬直した自分を貫いた痛み。

 そうだった。


(わたし、もうすぐ死ぬの……)


 痛みも、苦しいところもなく、不思議なほど心が穏やかだった。

 自分を抱いているらしい腕の温かさを感じる。


「小春……!」


 悲痛な声の持ち主は、相変わらず小春を呼んでいた。

 ふと、頭が冴えてゆく感覚があった。


 もうすぐ死ぬのだと思った。それで、血を失って冷えゆく体にひどく凍えながら、でも、父や母のもとに行くのだと思って、消えゆく意識を闇に任せた。


 それは今よりも前のことで、もう二度と目覚めないはずだった。


「……どう、して……?」

「小春!」


 闇に閉ざされていた視界がひらけ、眩しさとともに、目の前の情景が流れ込んでくる。


 見上げたすぐそこに、小春の敬愛する神さまがいた。

 彼は小春を腕に抱き、悲痛な面もちで小春を見下ろしている。

 桃色の目に涙をためて、今にもその可愛らしい色が滴り落ちてしまいそう。

 ぼんやり思ったとき、神さまは小春の意識が戻ってきたことに気づいたらしく、はっとして震える息を吐いた。


「小春……!」


 小春の頬に、温かい涙の雫が落ちる。ひとつふたつ、自分のものではない涙が頬を伝い、流れ落ちていった。


「死、ぬ……んだ、って……思った……のに……」

「君だけでも助けたかった。僕の勝手な気持ちを、君は許してくれる?」

「あなたが、わたしを……助けた、の……?」

「こうするしかほかになかった。僕は君を……」


 神さまは泣きながら、彼の涙が濡らした小春の頬を撫でていた。まだ冷たい小春の肌に、彼の温度は熱いほどだった。

 その温もりのみなもとである彼の霊力が、自分の体をめぐるのを感じる。神さまは泣いているし、小春もあまり気力はなくて、彼を問いただすことはしなかったが、何が起こったのか、うっすらとわかってきた。


 彼は、小春が生きることを願ってくれた。

 とても嬉しかった。

 家族を失った悲しみや、襲い来た敵への憎しみを越えて、彼の思いがあれば、生きてゆけると思った。



 この日、小春は彼の花嫁になった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最高に面白かったです! [一言] これからも追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!!!
2023/07/09 22:34 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ