勇者に捨てられた町娘
息抜きです。
軽ーく、お願いします。
「ミッシェル」
「...兄さん」
街の門で一人佇む私にマンフ兄さんがやって来る。
仕事の帰りなのか、身体は泥にまみれ手に鍬を握っていた。
「まだアレックスを?」
「...ええ」
三年前、勇者との神託を受けたアレックス。
彼は王命により魔王討伐の旅に出発した。
私は町のみんなとアレックスを見送ったのだ。
『行ってくるよミッシェル』
『無理しないでね』
寂しかった。
行かないでとは言えなかった。
勇者が魔王を倒さなくてはならないのは神が決めた運命なのだから。
それから二年、私はアレックスの帰りを待ち続けていた。
手紙も来ない。
こちらから出そうにもアレックスの居場所は分からない。
ただ待つだけの日々...
「アイツは何してるんだ、魔王は一年前に倒した筈なのに」
「きっと忙しいのよ」
「だとしてもだ、報告の手紙くらい寄越しても良いだろ」
兄さんは怒りを滲ませる。
確かにそう思うけど...
「親父や町の奴等もすっかり諦めちまってる。
アイツ等悔しくないのか?」
「そうよね」
私達のお父さんはこの町の町長をしている。
町の人達も戻って来ないアレックスに何も言おうとしない。
国から出た魔王討伐の報償金に、みんなダンマリを決め込んでいるのだ。
その金を使い、街道が整備され、今まで素通りだった商人も頻繁に来るようになった。
宿や食堂も作られ、寂れていた町は賑やかになったのだ。
「あの金はミッシェルが受けとるべき物の筈なのに...畜生」
「仕方ないわよ私は彼の奥さんじゃなかったから」
「お前はアレックスの恋人だったじゃないか!」
確かにそう...いやそうだったと言うべきだ。
結婚する約束なんて所詮は口約束たったし、お金は町の為に使われている。
それで町が栄えたのだから異議を唱える事は許されないだろう。
「帰るぞ」
「はい」
私達は自宅へと向かう。
町の外れにある小さな小屋が私達の家。
腫れ物扱いの私達兄妹、アレックスが旅立って1年後それまで住んでいた親の家を追い出されこの小屋に移り住んだ。
お父さんから僅かな土地を与えられ、これからは自分達で稼ぐ様に言われた。
結局は農業で生計を立てるしか生きる術が無かった。
粗末な小屋での暮らし。
本当ならここに兄の子も居るのだ。
その子は一歳で今は両親に預けている。
私達の稼ぎでは充分に食べさせてあげられないので、止むを得なかった。
いつか引き取って自由な暮らしをさせてあげたいのだが。
「行ってきます」
「頼むぞ」
畑で取れた農作物を町で開く露店市で売りに行く。
地面に直接籠を並べ、取れたばかりの野菜を並べた。
この町に住む人達は買ってくれないが、他の町から商売で来ている人は買ってくれる。
彼等は自炊して、旅費を節約しているのだ。
しかし農作業に不慣れな私達が作った野菜は本職の農家が作った物と比べ、実も小さく色も良くない。
これでは売れないので安くするしかなかった。
「ありがとうございました」
夕方になり、全ての野菜が売れてホッとする。
今日は随分と人の数が多い、何があったのか、祭りではないだろうけど。
「何かあったんですか?随分と人が多いみたいですけど」
最後の野菜をお客に渡しながら聞いてみた。
「みんな目的は同じだぜ」
「同じ?」
なんだ目的って、この町に何かあるのか?
「勇者様とカリーナ姫の結婚が決まったからな、この町で名産品を買ってるんだ」
「あ...え?結婚ですか?」
私の耳に衝撃的な言葉が入って来る。
アレックスが結婚する、しかも相手はカリーナ姫って...
「勇者アレックス様の人気は王都じゃ凄いからな。
その故郷の品ってだけで人気が出る、そりゃ商人も飛び付くぜ」
言葉が出ない私を他所に商人が続ける。
聖女カリーナの事はもちろん知っていた。
第二王女にして美しい容姿、魔王討伐にも参加し、隊員達に見せた慈悲深い行いは世界中で称賛されていた。
その場から動く事が出来ない。
気づけば露店市は終わり、私は一人座っていた。
「ふざけやがって!」
家に帰ると同じように町の酒場で行商人からアレックスの結婚を知った兄さんが激しく怒鳴っていた。
聞いたところによるとアレックスとカリーナ姫は来月王都で結婚式を挙げるという。
町の人はみんな知っているのに私達は全く知らなかったなんて。
「...お父さん...そんなに私の事が邪魔なの?」
「ミッシェル王都に行くぞ」
「...何しに?」
「こんなふざけた話があるか、ミッシェルを馬鹿にするのも程があるじゃないか!!」
「...でも」
無かった物にされている、アレックスとの思い出や結婚の約束を全部...
荒れ狂う兄さん、もう止めようが無かった。
「アレックスの正体を国王に訴えるんだ!
カリーナ姫を助けに行くぞ!!」
「...そんな無理よ」
王都に行ったところで相手にされない。
たかが町娘の言う事なんか誰が信じるというの?
「お前は本当にそれで良いのか、子供が可哀想と思わないのか!」
「う...」
兄さんの言葉に胸が締め付けられる。
本当なら兄さんは父さんの跡を継ぎ町長になる筈だった。
でも私の結婚を諦める様に言った父さんに逆らい、家を追い出されたのだ。
本当なら親子でもっと良い暮らしが出来た筈なのに...
「分かった」
「そうか分かってくれたか!!」
決意を固める。
もう迷わない、アレックスと話を付けよう。
私達は実家に忍び込み、置いてあった現金を持ち出した。
この金だって本当なら私が受け取っていたに違いない。
お父さんのしてる事は町長として間違ってないが、親としておかしい。
娘にこんな苦労を掛けるなんて。
もう後には退けない。
町の人達に知られないよう私達は深夜に町を出た。
「着いた...」
「ああ」
約1ヶ月後、ようやく着いた王都。
なんて華やかで美しいんだろう、本当なら私がここでアレックスと幸せに暮らしていた筈だ...
結婚式は既に終わっていた。
残念だが仕方ない、何しろ初めての旅で時間が掛かってしまった。
本当なら大衆の前で真実を暴きたかった。
宿を取った後、王宮に出向き門を護る衛兵に手紙を渡した。
衛兵は理解出来て無かった様だが、
『アレックスの正体をカリーナ姫にお知らせしたい』
兄さんが必死で訴え、なんとか受け取って貰えた。
「これで大丈夫だ」
「ありがとう...兄さん」
やはり兄さんは頼りになる。
ずっと私を支えてくれたもんね。
「あれ?」
翌朝兄さんの姿が見えない、昨日の夜少し出掛けて来ると言っていたが...
「貴女がミッシェルで宜しいのかな?」
「そうですがあなた達は?」
宿の部屋の扉が開く、外に居たのは数人の男性達だった。
「王宮の者です、カリーナ姫がお会いになると」
「ありがとうございます」
兵士達に頭を下げる。
上手く行ったんだ、兄さんが居ないのは残念だけど。
「ここでお待ちを」
「分かりました」
王宮の門を潜り、小さな部屋に案内される。
高鳴る胸を抑え、部屋にあった椅子に座った。
私がアレックスの恋人だった事を証明する物は無い。
だが町の人達からの証言があれば...
「久し振りだな」
「あ...アレックス」
そこに現れたのはアレックスだった。
身体は一回り大きくなり、眼光も鋭く、まるで別人の様に逞しくなった恋人...
「手紙は読んだ」
「...そうですか」
淡々とアレックスから掛けられる言葉。
冷たい視線、どうやら揉み消すつもりなのか...
「馬鹿者!!」
「お...お父さん?」
部屋に響く怒鳴り声はお父さんだった。
どうしてここに?
「お前はどこまで恥を掻かせるつもりか!!」
「あ?その?」
なんで居るの?
「お前達が金を盗んで町を逃げ出したからだ。
まさか行商人の馬車に潜んで町を出るなんて。
早馬で馬車を乗り継いで駆け付けたんだ!!」
「...う」
仕方ないではないか、ずっと町から見張られて出る方法がこれしか無かったんだから。
「申し訳ないアレックス!
こんなバカ会いたくも無かっただろうに!!」
「ひ、酷い...」
なんて酷い事を、恋人の帰りを待ちわびていた娘にそんな言葉を言うなんて。
「そうですね、会わずに済ませたかったです」
「ち、ちょっと!!」
そんな...アレックスは私の事なんかどうでも良かったの?
「終わった?」
「いや」
「カリーナ様...申し訳ない」
部屋の扉が再び開き、一人の女性が中に入って来た。
「...美しい」
なんて綺麗な人だろう。
気品が漂うその瞳に思わず溜め息が出る。
この方は...
「カリーナそっちは終わったか?」
「ええ、真正のクズだったわ」
「カ...カリーナ?」
カリーナって、まさかカリーナ姫なの?
「本当に...何と言って言いか」
お父さんは項垂れてしまった。
一体何の事?クズって誰の話を?
「貴女がミッシェル?」
「は...はい」
カリーナ姫に名前を呼ばれ身体が固まる。
どうしたんだろう、頭がボーっとしてきた。
「質問に答えなさい」
「...はい」
なんで?口が勝手に動く。
「貴女はアレックスの恋人だった」
「...そうです」
その通りだ、少なくともそのつもりだった。
「貴女は以前からアレックスを裏切り、義理の兄であるマンフと肉体関係を結んでいた」
「な...」
なんで?そんな事を認める訳に行かない!
「...はい」
ど...どうして?なぜ私の口から勝手に言葉が?
「ミッシェル無駄だ...カリーナの力には逆らえんぞ」
何だ力って?
「真実の調べ...聖女に与えられし力よ。
魔族であっても私に従う、貴女は真実しか口に出来ない」
『...嘘!イヤだお父さん助けて!!』
叫ぼうとするが、声にならない。
身体すら全く動かないのだ。
「ミッシェル...お前が妻の連れ子のマンフとしてしまった事は全部アレックスに話してある。
それでもアレックスは私を許してくれたんだ」
「おじさんには世話になりましたから、孤児の俺を昔から我が子の様に」
「あ...あ...」
なんでお父さん言っちゃうの?
そんな事したら計画が台無しじゃない!!
「さあミッシェル、全部話しなさい」
イヤよ!絶対に話すもんか!!
「...アレックスは昔から頭が良く、才に溢れてました...勇者を神託されたアレックスを、私とマンフは利用してやろうと考えました」
「...ああ」
お父さん項垂れてないで止めさせて!
「アレックス...に言い寄って結婚の約束をし、私は待つ振りを...ずっとマンフと過ごしながら」
「成る程な」
「はい、気づいた私はミッシェルをマンフから離しましたが、既にコイツは...」
ダメ!これ以上は!!
「...マンフの子供を身籠ってしまい...私は打ち明けました...お父さんは子供を引き取り...マンフの子供を預けて」
「よくもまあ、町の人からもそりゃ見捨てられるわ」
「畜生!なにが聖女だ!なんて性悪な!!」
...あ。
「素晴らしいわ。魔族以下、清々しい程のクズね」
「なんで...声になったの?」
「そんな操作私には雑作も無いこと」
ダメ....心を無にするのよ...
「マンフは全部吐いたか?」
「ええ金目当てでした。
それより、私に情欲の目まで向けたからついでに処分しました」
「はあ?」
処分ってまさか?
「ミッシェル、お前の愛しいマンフは昨日娼館で捕まえた。
アイツらしいな、昔から俺を見下していたが、バカのままだ」
マンフが娼館に?何を考えてるの?
「安心しなさい、殺しはしてない。
でも男としては一生使い物にならないけど」
「殺してくれて構わないのに」
お父さんが呟く...もう終わりか...
「ミッシェル」
「...アレックス」
アレックスが私に近づく。
懐かしいその瞳に息を呑む、何を言うんだ?
「お前の裏切りを知った時は驚いたよ...怪しいなんて全く思わなかった。
凄いよな、勇者すら欺くなんて」
「う...」
顔をそむけるしか出来ない、アレックスの眼力に堪えられないよ。
「カリーナが居なかったら俺は死んでいた。彼女の献身的な助けが無かったら」
「あの時は酷かったわ、無茶を繰り返すんだから」
一体何を見せつけられているの?
「最後の質問だ」
「最後?」
「納得出来る答えなら解放してやる」
「そんな...良いのか?」
お父さんがすがる目でアレックスを見る。
やっぱり私の事が心配なのね。
「カリーナ頼む」
「分かった」
カリーナが再び私の前に立つ。
どんな質問でも答えるしかない、アレックスはきっと助けてくれるわよ。
「ミッシェル、誰かを一度でも愛した事がありますか?」
「な...」
そんな...答えなんか...
「...いいえ、誰...も愛した事なんか...マンフも...家族も...子供すら...私が愛してるのは私だけ...幸せな私だけ...」
意識を失った。
「ミッシェル」
「...兄さん」
街の門で一人佇む私にマンフ兄さんがやって来た。
私は今日もアレックスを待っている。
きっとアレックスは帰って来る、だってアイツは私の事が大好きなんだから...
気づけば70歳を過ぎていた。
ミッシェルとマンフは記憶操作されてます。
ありがとうございました。