復讐者-5 『波潤』
長らくお待たせしました。
続きです。
振り返った視線の先には、羊のようなねじ曲がった双角を生やした人型の魔物が、いた。
その姿は、聖書に登場する悪魔を彷彿させた。
「フム。女。それも極上だな」
目は赤色。
血管が浮いている。
筋肉質な身体。
ドス黒い線が血管のように全身を浮き出て脈打っていた。
肌色は赤みが買った赤銅色。
巨大な角を生やした白い白髪。
腰下には黒い袴を履き、巨大な野太刀が帯刀していた。
「・・・邪魔だ」
悪魔がそう呟いた瞬間、私の左横を何かが通り抜け、背後で何かが拉げた音が聞こえた。
恐る恐る後ろを振り返ると、私を羽虫のように打ち落とし食べようとしたサイクロプスの頭部だけが岩場にめり込んでいた。
「・・・う、嘘でしょ」
今、何をした?
まさか、あの野太刀の能力————
「野太刀?あのような輩、我が愛刀で斬る価値もないわ」
「え・・・」
目の前の悪魔が不愉快そうに零した言葉に、私は思わず口を塞ぐ。
信じられない現象に、思わず言葉に出したのだろうか?
「言葉に出してなどいない。ただ、心を読んだだけだ」
悪魔は今日の天気でも答えるかのように、信じられない言葉を口にする。
心を読んだですって。
その態度と能力に恐怖する私の背後でミノタウロスが巨体を縮こませて命乞いを行う。
「は、『波潤』様!!お許しください!!俺は此処がアンタの縄張りだと知らなくて――――」
「だろうな。ついこの間、引っ越したのだ。前いた一帯には我以外、誰もいなくなってしまった」
「で、でしたら――ぐぎゃ」
ミノタウロスの泣き顔に風穴が空き、そのまま絶命する。
「故に降りてきたのだ。餌を求めてな」
悪魔———もとい波潤が絶命したサイクロプスとミノタウロスを嘲笑する。
「な、何をしたのですか?」
「ん?何、只殴っただけだ」
『丁度こんな風に』とばかりに、波潤が左拳を握りしめ、正拳突きを放つと、何かが千切れた音がした。
ベチャという音を立て、何かが前方に落ち、波潤がそれを嬉しそうな表情で拾い上げる。
「ふむ。匂いからして旨そうだ」
それは人の手のようだった。
では?一体、誰の手なのか?
妙に見覚えがある。
分かりたくない。知りたくない。
理解できない事態に混乱しながら、確認する想いで何故かスッと軽くなった右腕を見る。
正確には右腕のあった場所を……
「い、いや」
顔を引き攣らせながら、なんで腕がないの?
どうして血が吹き出してるの?
答えは分かり切っているのに、脳が、心が、理解することを拒んでいるのだろう。
しかし、そんな現実逃避いつまでも続くわけがない。
私の脳が夢から覚めろでも言っているかのように、痛みをもって現実を教える。
「いやぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!」
私の絶叫が辺り一帯に木霊する。
「いい声だ。うまい食事だけでなく、歌までサービスしてくれるとは感謝するぞ」
なくなった右肩を押さえながら叫ぶ私の絶叫をまるでコーラスでも聞いているかのように笑みを浮かべる波潤。
「光栄に思えよ。女。この冥界の主である『波潤』を数百年ぶりに喜ばせたのだからな」
私の右腕を手羽先のように齧る波潤に、私は言い寄れない恐怖を覚える。
に、逃げないと。
私は夥しい量の血が流れる右肩を押さえながら、必死にその場から逃げようとした瞬間
私の視界がグルっと周り、私の髪を何かが掴む。
視線の先で、腰から上の胴体を失い、崩れ落ちる私の体があった。
「泥鰌の踊り食いならぬ美少女の踊り食いだ。一度やってみたかったのだ」
背後から波潤の下卑た声が届き、辛うじて意識を保っていた私はそのまま波潤の口の中に放り込まれた。




