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ローファンタジー

晴れ晴れ太陽日向さん、狐の嫁入り雨夜くん。~今どき許嫁とか古くないですか?~

作者: 吐 シロエ

 初めてお互いを認識したのは五歳の時だった。それはいわゆる、両家顔合わせのような形で出会ったのだと思う。これが運命だと言うのなら、私は喜んで受け入れていた。今だってその恩恵を甘んじているし、毎日とは言わないけどハッピーな日々を送れている。


 ――そう、あの時彼に出会うまでは。



◇◇◇


「ヤバいヤバいヤバい遅刻遅刻遅刻ぅ!」


 テンプレを引っ提げて階段から降りてきたのは、私こと日向愛衣ひなためいだ。黒のショートボブで高校の制服に身に包んで、スクールバックを持ち、スマホをブレザーの内ポケットに入れながら玄関へと急いでいく。


「愛衣! 朝ご飯食べないまま行っちゃうの!?」


「うん! ごめん! 行ってきまーす!」


 脱兎のごとく駆けていく私に、両親は呆れながら見送った。


 走る。とにかく走る。ただでさえ尋常ではないスピードで走っていく。この速さのまま走っていけば、五分もかからずに学校へ着くだろう。そうすれば万事解決ハッピーエンドだ。


 と。思っていたら、目前に私が見知った後ろ姿の男子高校生――雨夜瑠衣(あまやるい)が少し先に歩いて見えた。


「おはよう、瑠衣! 今朝は調子悪そうだね。血圧の数値でも低かった?」


「お、おはよう愛衣……。今日は特に俺の血圧も体調も悪いんだ。でもかと言って羽鳥に迎えを出すわけにもいかないから、自分の体に(むち)打って無理やり登校することにしたんだ」


 顔色の悪い瑠衣は耳元までの短い黒髪で、雨夜一族の証である青に近い黒い瞳をしていた。ご先祖様も真っ青の顔色でなければ、普段の整った顔もそう酷くはないはずなのに。


「じゃあ休んじゃえば良かったのに。どうしてそんな思いまでして登校するの?」


「だ、だって……。め、愛衣に会えないじゃないかっ。幼なじみで未来の奥さんを一秒だって見逃したくはないから……!」


「なっ……!?」


 突然の告白に体が止まる。遅刻という文字すら吹き飛ばしてしまいそうな衝撃は、私の心を見事に打ち抜いた。


 瑠衣の言葉は本当だ。私たちは幼なじみで、話は長くなるけれど未来のお嫁さんだっていうのも約束されたことなのだ。


「あ、ありがとう瑠衣……って嬉しいけど時間! マジで遅刻しちゃう! もうこうなったら最終手段だっ!」


「え? えぇっ!?」


 瑠衣の驚きを無視して、私は彼をお姫様抱っこする。そして体勢を整えて通学路を蹴り上げた。その飛距離は十メートルに達している。

 なぜここまでの力が引き出されるのかは分からない。ただ幼い頃から、超越的な身体能力を私は持っているのだ。


 でも、それに理由をつけるとするならば。それは瑠衣を守るために身についたのだと、私は思う。



 HRホームルーム直前に教室へ着いた。私と瑠衣は同じクラスだから、なんら問題は無い。

 すると、やってきた担任が


「おっ、今日も仲良く登校か? 良いよなぁ未来の夫婦だもんな、お前ら!」


 茶化す担任に、周りのクラスメイト達もはやし立てたり拍手したりなんかして私達を祭り上げた。


「はい。ありがとうございます、先生」


「め、愛衣〜……」


「瑠衣、こういう時は周りに合わせるの。瑠衣も何かアクションして」


「そ、そんな事言われても……って、うわ!?」


 驚く瑠衣を無視して、私は瑠衣との恋人つなぎを皆に見せつけていた。瑠衣は耳まで真っ赤になっちゃって、何も言えないでいる。そんな私達が面白いのか、クラスメイト達は一気に湧き上がった。

 こうなるのも無理はない。再三言うけれど、私達は将来本当の夫婦になる。それは今付き合っているから、という意味ではなく、家の方針だ。


 同じ年に産まれたから。赤ん坊の頃から一緒だから。五歳の時には両家顔合わせをして、私と瑠衣が『約束』したから……など。理由は多岐に渡る。その中で一番有益なのは、雨夜一族が雨の神様に見初められたから、という理由(わけ)。何でも瑠衣のご先祖様は、神様の嫁入りをして血を分けていったらしい。そして瑠衣を含む子孫は婿入り、または嫁入りをして相手の家系を持ち前の財産で支えていったんだとか。


 ただ、婿(もしくは嫁)入りをする家はどこでもいいっていうわけじゃない。ちゃんとした条件があるのだ。その条件を満たしているのが私の日向家。だから瑠衣と一緒にいられる。だから瑠衣と添い遂げることが出来る。

 騒ぎが落ち着くまで、私は朗らかな気持ちで瑠衣の手を握っていた。



◇◇◇


 放課後になった。瑠衣以外のクラスメイトは部活や遊びに精を出すために教室を後にしている。だが、そんな私達にも放課後にしなくちゃいけない活動がある。そう、それは――。


「トレンド同好会! 今日も行こうよ、瑠衣!」


「う、うん。行く……けど」


「けど?」


「あんまり人が多いところはやめてほしいな。持ち直したけど、結構しんどくて」


 口元に手を当てる瑠衣はまだ少し顔色が悪いように見えた。けれどそんな瑠衣は平常運転なので、私は彼の手を引いて目当てのカフェを目指すことにした。


「いらっしゃいませー」


 ドアを開け、店員さんに案内されて二人用の席に座った。このカフェはオシャレなわりに客が少なく、いわゆる穴場スポットと呼ばれている。まずたどり着く人が少ないので、人の声に過敏な瑠衣でも安心できる場所なのだ。


「えっと、うーん……どうしよう」


 私が店内のジャズに耳を傾けていると、うなった瑠衣の声が聞こえてきた。大方どんなメニューを頼むか迷っているのだろう。というか絶対にそうだ。


「まーたメニューに迷ってるの? いつものタルト系にすればいいじゃない」


「そっ、そういうわけにもいかないんだよ、俺だって。えーっと、じゃあイチゴのショートケーキとコーヒーで」


「オッケー。じゃあ私はっと……この金平糖パフェにしようかなぁ。新メニューにして大人気だって。あ、ドリンクはオレンジジュースね」


「……お子様」


「そういう瑠衣は背伸びしすぎなんじゃない? 特に高校生になってからは見るにも耐えないというか」


「そっ、そこまで酷くないだろっ。俺だって頑張ってるんだからっ」


「あ、語尾が荒くなった。瑠衣のそういうところ、私好きだよ」


「なっ……!?」

「えへへっ、朝のお返しー」


「も、もう! 本気で怒っちゃうからなっ」


「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」


 瑠衣をからかっていると、店員さんがやって来て注文を聞いてきた。


「金平糖パフェとオレンジジュースで」


「いっ、い、イチゴのショートケーキとコーヒーを」


 瑠衣が若干恥ずかしそうにしていたのは年頃のせいか、性格のせいか。多分両方だろう。


「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」


 ようやく待望のスイーツ達が机を彩った。私達は食べるよりも先にスマホを手に持って、撮影会を始める。

 そう。これこそがトレンド同好会の活動。様々な場所やお店といった美味しいもの、綺麗なもの、エモいものをスマホで撮ってアルバムにまとめる――。れっきとした活動会だ。


 私にとっては、今どきの若者がやるようなそれとは違うと思っている。まぁ実際はトレンド同好会を名目にした、瑠衣との思い出作りなのだけど。


「いただきます」

「いただきます」


 律儀に手を合わせてスイーツをお互い口に運ぶ。その瞬間から、なんとも言えない幸福感と美味しさでいっぱいになった。


「うわ〜美味しい! 金平糖パフェ、めっちゃ美味しい!」


「コーヒーも絶品だよ」


「スイーツより先にコーヒーなんか飲んじゃって〜。まーた背伸びしようとしてる〜」


「い、いいでしょ別にっ。甘いものには苦いものが合うんだよ」


「強がっちゃって」


「ホントそういうのいいからっ」


 痴話喧嘩が落ち着いた頃、瑠衣は神妙な面持ちで口を開いた。


「……ねぇ、本当にこのままでいいの? トレンド同好会のこと。愛衣ほどの人気者なら、この同好会を部活にグレードアップすることだって出来るんだよ?」


「ううん、瑠衣とだけがいいの。だって、私たち未来のお嫁さんと旦那さんじゃん。今しかない思い出作りもあると思うんだ、きっと」


「……。うん、そうだね。俺も、そう思うよ」


 パフェの最後の一口を口に入れたところで、少し寂しい空気が流れた。けれどそんなのはどうだっていい。瑠衣と一緒なら、多少空気が悪くなったっていくらでも耐えられる。


「ねぇ、次はどこに行く? この前愛衣がオススメしてたパン屋さんに行こうか。…………愛衣? 大丈夫?」


「――見えた」


「えっ?」


()()()よ。雨が降る。それも数分もしないうちにね。あーあ、傘持ってくるの忘れちゃったなぁ」


「だ、大丈夫だよ、愛衣。俺の折り畳み傘あるから。……もしかして、加護の『透視』? 俺のは全く別のタイプだから、愛衣の加護が羨ましいよ」


 加護というのは私達二人が生まれついた時から身についている不思議な能力の事だ。それも目に加護を授かったものだから、中二病に思われるかもしれない。しかし、現実離れしたそれは何故か私達にもうずっと染み付いているのだ。


 私の『透視』の能力は物理的な距離はもちろん、相手の心を読み取ることも出来る。透視の能力を最大限に使うと、明日の天気や相手の行動までも読むことが出来ちゃったりするのだ。


 まぁ、明日の天気なんてスマホで調べたら一発なんだけど。現代社会には劣るところも少なからずあるなぁ。


「そういう瑠衣は他人に言うことを聞かせる『崇拝』の加護持ってるじゃん。いくら雨夜一族と言ったって、チートにもほどがあるんだからっ」


「……俺の場合は対象の人物が視界に入った場合だけだよ。それに負担も大きいし、下手に使ったらぶっ倒れちゃう」


「それは私が悪かった。ごめんね。瑠衣の負担を考えないまま言っちゃって」


「ぜ、全然いいよ。俺は気にしてないから」


 ほどなくして飲み物もスイーツも食べ終わった私と瑠衣は、カフェを後にする。瑠衣があらかじめ持っていた折り畳み傘にお邪魔して、瑠衣の隣を歩く。雨粒が傘にぶつかって、雨特有のメロディーを奏でていた。


「ねぇ、瑠衣」


「うん?」


「瑠衣のご先祖様は雨の神様に見初められたんでしょ? 今雨が降っているけど、瑠衣は何か感じ取ったりしないの?」


「うーん、そうだなぁ。そう言われてもなぁ……」


 考え込む瑠衣の青い瞳が一瞬揺れ動く。その瞬間、世界がスローモーションになった気がして私は不思議な感覚を覚えた。

 なんだろう、この感覚。凄く不思議。それでいて少し心地いい。


 例えて言うのなら、雨の神様に見守られているような感じ。


「あ、そうだ」


 瑠衣の言葉で我に返る。そして、私は雨が止まった幻が見えた。


「うん。今ね、凄くご先祖様の体温を肌で感じられるんだ。俺を包み込むように、雨の大御神(おおみかみ)(さま)が俺を守ってくれている、ような気がするんだ。確証はないけれど――」


 えへへ、と笑う瑠衣に私も微笑みを返した。大丈夫。私にもそれが伝わっているよ。


「私もそう思うよ。……うん、私も今この時間がずっと続けばいいなって思ってる」


「どうしたの、急に」


「心から思ってることを言っただけっ。たまには未来のお嫁さんっぽいことを言ってみたかったの」


「そっか。じゃあ俺も未来の旦那らしくしないとね」


 婿だけど、と付け足して瑠衣は珍しく私をエスコートした。私と自分の腕を組んだのだ。


「えっ、瑠衣!?」


「愛衣」


『こっち向いて』


 瑠衣の瞳が蒼く光る。『崇拝』の加護だ。私は何も出来ずに瑠衣の顔を見つめた。すると――。


 瑠衣は、私の唇に淡いキスをする。


「これからは俺が愛衣と添い遂げられるように頑張るよ。だって、俺と愛衣は未来の夫婦なんだから」


 その日のことを、私は――一生忘れることはないだろう。

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