思わぬ集まり
「思わぬ集まりだな」
イヴァンが口火を切った。
「まさか2人がまだ繋がっていたとは…あいつらも計算外だろうな」
「あいつらってあの4人か」
「テロワ様、シェアラ、ロザンにサエドラ」
「我々はついこないだ知ったんだ」
「じゃあこれはご存知かい?4人のターゲットがまさにお2人さんだってこと」
「…やはりそうか」
「どういうこと?」
「俺を暗殺してテロワを王位継承者に。そして…その犯人をリレイナにする」
「話が早いな」
「な、なんでそうなるの?ユリアスの命が狙われてるってこと?」
「君の命もね」
「リレイナ、君ほど暗殺犯に適した人間はいないんだ。散々シェアラをイジメた挙げ句フラれた元婚約者。君ならそれくらいのことはしかねない、皆、納得さ」
「くそっ、何が納得だ」
ユリアスが小さく呟いた。
(バカみたい……悪役令嬢気取って…きっちり利用されるなんて…ダサいな、私。自業自得。でも…)
「ユリアスの命を狙うなんて許せない!」
「ふっ、なんか面白いな、あんたら」
2人の顔を交互に見ながらイヴァンが1人笑った。
「イヴァン、教えてくれないか?何が起きてる」
「ああ。これは俺の父から聞いた話だ。
ある時、父が言ったんだ。『おかしなことが起こっている』と」
「そもそもの発端はシェアラの父親パルドニーツェ侯爵だった。
パルドニーツェ商会と我が父のビンソラッソ商会は繊維を扱う同業者だ。
父は繊維業者を取り仕切る長をしている。
パルドニーツェ商会の規模は業界では中の下だった。
なのにある時、パルドニーツェ商会に大きな金が入った。そして急に事業が拡大した。
父達同業者は訝しんだ。そんなこと普通あり得ない。
そこで調べてみると、パルドニーツェ侯爵は王室の名をかざして金や仕事を引っ張っていたらしい。もちろん大声では言わないが」
「王室の?我々のってことか?」
「ああ。君たちのお墨付きってやつだ」
「そんなものはない。ありえない」
「わかってるさ。しかもそれは君たちが婚約解消するもっともっと前だ。そして父にその話を聞いた頃からシェアラが君の周りをウロウロし始めた」
「つまり、最初からリレイナと別れることが前提。自分の娘がユリアスと…いや、テロワになるのか…婚約することを前提にした動きだ」
「ふざけたことを」
「でもそんな前提でお金が借りられるものなの?」
「だからおかしいのさ。それで父達はあらゆる手段を使って調べた。すると、なんと王室からの念書が存在したんだ」
「偽物だ!」
「いや、本物だ。だから金も引っ張れたし、当然仕事も取りやすい」
「もしかしてテロワ様?」
「今となっては俺もそう確信している。でも当初はわからなかった。
君達の仲は明らかにおかしくなっていたし、君はリレイナよりシェアラと一緒にいることが多くなった」
「それでお前は俺と距離を置くようになったのか」
「ああ。全てにおいてやり方が汚すぎだろ」
「たしかにな。聞いてるだけで反吐が出るよ」
「父や同業者にとっては反吐が出るどころの騒ぎじゃない。パルドニーツェ商会に仕事を取られ事業が傾いたところもある。完全に業界の力関係が変わってきたんだ」
「なんてこと…」
「そこへついに婚約破棄のあの舞踏会だ。我が業界でのパルドニーツェ侯爵の地位が固まったと言っても過言じゃない出来事だったんだよ」
「リレイナ?レイニー、どうしたんだ?」
リレイナは知らず涙を流していた。
涙が止まらない。
悪役令嬢に転生して浮かれていた、婚約破棄を楽しんでいた。そのせいで多くの人々の生活や仕事に大きな影響を与えていたなんて考えもしなかった。
仕事が傾く人が出るなんて…なのに自分は笑っていた。
何よりシェアラへの態度でつけこまれる隙きを作ったのは自分だ。
(なんてバカなの!)
「ごめんなさい…私…私のせいだわ」
「レイニー、君のせいじゃない。俺がバカだったんだ。
君に……振り向いてほしくて…ヤキモチを焼いてほしくてシェアラを利用した。
俺が彼らをつけあがらせたんだ。
俺の過ちだ。俺の咎だ」
ユリアスは泣きじゃくるリレイナの肩を抱いた。
互いに自身の愚かさを叩きつけられた若き2人は身体を寄せ合うことで互いの傷を慰め、そしてその痛みを心に刻んだ。
「君はどこで気づいたんだ?テロワのことに」
「父だ。いや、正確には同業でケザリア商会というのがあるんだが、そこの人間が異国で妙な事を聞いたらしいんだ」
「妙なこと?」
「ああ。『オサラマンディ王国の王位継承者はテロワ王子』」
「なんてこと…」
「それでその者が身分を隠して聞いてみたらしい。『ユリアス王太子の間違いだろ』て。そうしたら相手がこう言ったらしい。『ほんとさ。俺はオサラマンディ王国のパルドニーツェ侯爵から直に聞いたんだ。侯爵が間違うことはないだろう』て」
「パルドニーツェめ…」
「それから俺は学園でテロワを見張り始めた。案の定、シェアラと何度も密会していた」
「しかし、あいつだけでそんなに頭が回るのか…パルドニーツェ侯爵がいたとしても…」
「そこだ。パルドニーツェ侯爵も、申し訳ないがたいしたキレ者ではない。商売だって決して上手くはない。先祖が残したものを食い潰してる状態だったらしい」
「じゃあ…」
「だから見張っていたのさ」
「ロザンか!ロザンの父親は陛下の側近の1人だ」
「らしいな。そこまで上の話になると俺も知ることはできない。ただ、偶然にしては出来すぎだろ。しかもロザンとテロワの仲など聞いたこともなかった。しかしあいつらがああやって集まるのはあの日が初めてじゃない。何度目かだ。十分繋がりはある」
「サエドラは?」
「彼の父親は王宮の執務室にいる」
「そう。つまり、テロワ、ロザンの父親、サエドラの父親が手を組めば王室の念書は作れる。
ヤツらの失敗は俺の父の力を甘くみたことさ。バレないと高を括っていたんだ」
「で、話は元に戻る。婚約解消をした今、いよいよあいつらは動くはずだ。
実はそろそろ俺から2人に声をかけようと思っていたところだったんだ。まさかそっちから声がかかるとは思いもしなかった」
「いいか、気をつけろ。罠を仕掛けてくるぞ。
ユリアス、お前はとにかく常に解毒剤を持っとけ。そして護衛を増やせ。学園でもだ。いつ、どうやって仕掛けてくるかわからないからな」
「………解毒剤は可能にしても…護衛は難しいな。テロワに気づかれる。どうせなら気づかれたくない」
「どうして?気づかせなきゃ!止めさせないとあなたの命が!」
「いや、リレイナ、それでは一時的に蓋をするだけになってしまう。そしていつかまた同じことになる。どうせなら罠に嵌ったフリをしてヤツらの尻尾を掴まないと」
「尻尾を掴めなかったらどうするの?」
「俺の父や同業者達も出来るだけヤツらに不利な証拠を集めるよう努力している」
「例の王室からの念書を金貸しから貰い受けられるならいくらでも協力しよう」
「それは有り難い。そこを崩すのが本丸だからな。父に伝えよう」
「ちょっと待ってて」
リレイナがユリアスの腕からスルリと立ち上がると部屋を出て行った。
「なぁ…お前、本当に婚約破棄したのか?」
「…してるわけないだろ」
ユリアスがニヤリと笑った。