兆し
「どういうことだ?」
ユリアスは『空中庭園』の壁にリレイナを押しやると、壁についた両手で彼女の身体を挟み動けなくさせた。
「…………」
「…………」
「謝らないわよ」
「謝ってほしいわけじゃない」
「じゃあなによ、やめてよ」
「イヤだ」
「は?」
「水色のドレスのこと、なぜもっと前に教えてくれなかったんだ?俺が君に水色のドレスを着てほしいと頼んだ時に」
「………」
「それでケンカになったよね?ちゃんと話してくれたら良かったんじゃないか?」
「言いたくなかったのよ。口にしたくなかったの。気分の良い話ではないわ…たとえそれが伝統であっても」
「君はいつも言葉が足りないんだよな。だからケンカになるし、皆にも誤解されるんだ」
「どうして私が皆に理解してもらおうとしなければいけないの?」
「上に立つ者だから?」
「じゃあそれはもう私じゃないわ。シェアラにでもじっくりお教えになることね。さ、離れて」
「いや、まだだ。肝心なことを聞いていない」
「なによ」
「君は…どうして教えてくれなかったんだい?ドレスを着ない代わりに水色の下着をつけていたことを」
「!!!!!聞いたの?!」
ユリアスがニヤリと笑った
「なんで教えてくれなかったの?もっと早く聞いていれば…」
「ちょっと近い近い近い!やめてよ!」
「レイニーはほんと素直じゃないよな…もしかして今日も…」
「ちょっと!ほんとにやめてよ!なんなのよ!
あーーーーーー!!!あれ!あっ!ほら!あなたの弟さんよ!」
リレイナが顔で示した方向を見下ろすと、たしかに弟のテロワがいる。
背の高い草花が生い茂った中に身を隠しているつもりなのだろうが、ユリアスとリレイナの位置からは全て丸見えだった。
「アイツ、何をしてるんだ?」
「見てればわかるわ。テロワ様はあそこがお気に入りの場所なのよ」
「お気に入りの場所?……って……………は???あいつ!まさか!」
「…………」
「ウソだろ、あいつ、学園で何てことを!!木の実、今日は木の実はないのか?」
「ぶっ!ないわ。ぶつける気?」
「当たり前だ!学園であんな破廉恥な!あいつは王子だぞ!」
「まぁ王子殿下にも性欲はあるってことで」
「相手は誰だ?」
「知らない。毎回違う子っぽいけど。今日は誰だろ」
「なんてことだ…む、無理矢理ではないのだろうか」
「さぁ、違うんじゃない?」
「なぜだ?」
「だってほら、女のコが彼の首に手を回してるように見えない?無理矢理だったらそんなことしないんじゃない?」
「そ、そうなのか?」
「知らないわよ、私に聞かないで」
「君は…その…経験があるんじゃ…」
「はあ?私達そういうことした?」
「してない」
「なら、経験ないに決まってるじゃない」
「……でも噂では…」
「噂?……はあぁ…いい?私は悪役令嬢なの。意地悪はするけど尻軽女ではないの!一緒にしないで!」
「悪役?」
「あなたは誰が言い出したかもわからない噂と私のどっちを信用するの?どっちを信用すべきなの?そういうところよ!」
「…………たしかに。君だ。誰より君を信じるべきだ」
そう言うとユリアスはまっすぐリレイナを見つめてきた。
「!!!そ、わかったなら今度からはちゃんとシェアラを信用してさしあげるのね」
リレイナは急いで目線を外した。
「終わったみたいよ」
「相手は誰だ」
「さぁ、特に興味もな…………え?」
立ち上がったテロワの腕に笑顔で絡みつくのは、誰でもないシェアラその人だった。
「噂をすればなんとやら?」
「……………」
「まぁいいじゃない、兄弟だし、まあ、ね、そういうこともあるんじゃない、世の中には」
「君はないだろ」
「…でもほら、女のコにも性欲はあるわ。そうよ!性欲だわ!あなたも今まで以上にがんばってあげれば」
「ない」
「は?」
「彼女とはそういうことはない」
「あっ、あっ、そうなのね、あっ、だからよ!だからシェアラはテロワ様と遊んじゃっただけよ。あなたがちゃんと満足させてあげられれば解決だわ!良かったわね」
「………」
「………そんなショック受けなくても」
「ショックなど何ひとつ受けてない。元々彼女に対してそんな気持ちは一切ない」
「はぁああ?何よそれ」
「それより見ろよ」
テロワと腕を組むシェアラ。そこにもう1人加わっている。
「あれは…あなたといつも一緒にいる…」
「ロザンだ」
「……あなたはテロワ様とシェアラの仲を知っていたの?」
「いや。知り合いだったことすら知らなかった」
「でもロザンは知ってたのね。それをあなたには言わなかった。……そういう関係だから言えなかっただけ?」
「いや、もう1人来たぞ」
「……サエドラ?え?サエドラ?どういう組み合わせ?」
「何かあるな。俺は4人が繋がってるなんて全く知らないぞ」
「見て、ユリアス!あそこ!」
「ん?」
「右!もっと右の!ハナミズキのところ!誰かいるわ」
「ほんとだ。あれは誰だ?んー見えない。誰だ」
「わからない。でもあれは彼らの様子を伺ってるわね」
「ああ。少なくともあいつらの仲間ではなさそうだ」
4人は話終わると、それぞれバラバラに校舎へ戻って行った。
そして木の陰で彼らを見ていた青年もそこから離れて歩き出した。
「あれは…イヴァンだ」
「イヴァン。よくあなたと一緒にいる?」
「いや。それが最近…数ヶ月前くらいからかな、彼は全く俺と話をしなくなった。目も合わさない」
「何か考えがありそうね」
「ああ。アイツら4人にも」
「イヴァンに聞きたいところね」
「あとで聞いてみるか」
「ダメよ!あなたを避けているってことは何か理由があるのよ。きっと学園で声をかけても無駄だわ」
「でもテロワがいる王宮に呼ぶわけにはいかない」
「………」
「………」
「私の家は?」
「あ?」
「そうよ!私の家に集まるならバレないわ」
「君の家に行く理由が…」
「そんなの適当でいいじゃない。昔やった宝石を返してもらいに行ってくる、とか」
「はああ?ふざけるな、俺はそんな小さい男じゃない!」
「例えば、でしょ」
「それでも、そんなバカな理由…そんな小さい男と思われて…」
「だから、例えばでしょ!あなたがそんな小さい男じゃないことくらい私が一番知ってるわよ!
そうと決まったら私が彼に近づいてみるわ」
リレイナはそう言うと、校舎に戻っていった。
「『私が一番知ってる』か…」