水色のドレス
「キャアーーーー!!」
そこには水色のドレスを真っ赤に染めたシェアラと、空のグラスを手に彼女を冷たく見つめるリレイナがいた。
「リレイナ様!ひどいですわ!」
彼女の取り巻きが騒ぎだす。
それを嘲笑うかのようにリレイナが何事かをシェアラの耳元で囁いた。
そして彼女は薄ら笑いを浮かべながら扉へ向かった。
(今日のぶっかけワインはなかなか上手だったわね…)
「リレイナ!!」
後ろからユリアスの声が聞こえたが、もちろん彼女は立ち止まるどころか振り返ることすらしなかった。
(あー久々の『ザ・悪役令嬢』だわ……でもなんだか前より興奮しない…ヘンなの…)
ーーーーーーー
「何があったんだ?」
大袈裟に泣き続けるシェアラを休憩部屋でソファに座らせ尋ねた。
「わ…私が…ユリアス様のお好きな水色のドレスを…着たことが…リレイナ様は…許せなかったのでしょう。
リレイナ様は……もうユリアス様の婚約者でもなんでもないのに」
その言葉に不意にユリアスの心はざわついた。
「先日、…ド、ドレスの話を友人としていたら…リレイナ様が通られて…『水色のドレスなど着るべきではありません』と。」
「それで今日あんなことを…でも、なぜ私がリレイナ様の言うとおりにしないといけないのですか?ヒドいですわ」
「私の方がユリアス様のお近くにいるから怒っていらっしゃるのですわ」
今度は少し苛ついた。
「リレイナ様に最後に何と言われたと思いますか?
『そんなに水色が着たいなら下着を水色にされたらいかがですか?私はそうしておりました』って!なんて下品なんでしょう!」
コンッコンッ
「お着替えを持って参りました」
舞踏会に仕えていた侍女がドレスを持ってきた。
「ああ。では私は外に出よう」
「助かった…」
部屋の扉を後ろ手に閉めると彼は思わず声をもらした。
彼は俯きニヤけた顔を隠した。
「レイニーが水色の下着を…」
「ユリアス様!見て下さい!とても素敵なドレスですわ!」
「……それは……」
「緊急用に用意されているドレスだそうです!」
鮮やかな真紅の布地に、所狭しと咲き乱れる金色の薔薇の刺繍。華やかで上品で…
「こんな最高級のドレス、初めて着ますわ!でも…私とても似合っていますよね?まるで私の為のドレスのようですわ」
シェアラは先程までの涙の訴えなどなかったかのようにしゃべり続け、興奮を抑えきれない様子で1人会場へ戻っていった。
「あのドレスは…」
「これを、と渡されました」
「そうか…」
(あれはレイニーのドレスだ。自分に似合ってる?バカらしい。あのドレスを着たレイニーの美しさは息をするのも忘れるほどだった)
彼は「とても素敵だよ」と言った自分の言葉に、そのドレスと同じくらい頬を紅く染めていたリレイナを思い出していた。
「シェアラ様ったらすっかり浮かれてらっしゃるわ」
「水色のドレスを着ていたってほんと?」
「ええ、私も見たわ。目を疑ったわ」
「それじゃあ、リレイナ様が助けてさしあげたようなものね」
ホールの入口あたりで集まっている令嬢達の声が耳に飛び込んできた。
「すまない」
ユリアスが声をかけると令嬢達は飛び上がるほどに驚いた。
「も、申し訳ありませんっ!」
「いや、いいんだ、違うんだ」
「決してシェアラ様のことを…」
「いや、彼女のことはいいんだ…どうでも。それより水色のドレスは着てはいけないのかい?」
彼女らは互いに顔を見合わせ遠慮がちに教えてくれた。
「不文律?」
「はい。そうでなければいけないというわけではありません。でも伝統的に皆様守っていることです」
「水色や薄い色のドレスは…」
「はい。侯爵家以上の令嬢は着ません」
「それらの色は男爵家やあまりお力が強くない公爵家のご令嬢方のお色です」
「蔑んでいるわけではありません。ただやはり色や、色の濃さは直接ドレスの価値となります」
「それを着られるか否か。そのせいで舞踏会の度にイヤな思いをされる。それならいっそ最初から色分けをしていれば、その中でそれぞれ楽しむことができます」
「そもそも家柄は互いにわかっているのですから、その方がお互い気楽です」
「例え不文律でも、それは高位の者になればなるほど守られるべきと教えられました」
「高位の者がそれを破ることは、そうでない方々に肩身の狭い思いをさせてしまいます」
「殿下に……お近いシェアラ様が水色を着てしまったら、次から彼らは水色も着られなくなってしまいます」
彼女らに礼を言ってユリアスはその場を離れた。