失せもの探し
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、今までになくしてしまったもの、何がある?
ああ、いや。ひっかけ問題とかじゃないよ。深く考える必要はないんだ。
ただ、確かに持っていたのに、故意か偶然かを問わず、手放してしまったものはないかなあと思ってさ。
僕はあるよ。小学校のころは特に多くてさ、鉛筆や消しゴムといった文房具が被害に遭っていた。誰かに貸したものだったら、あたりのつけようもあるんだけどね。
けれど、そういうことなしに。自分が持っているはずのものが消えて、見つけることができない。そんな経験はなかったかい?
幸か不幸か、僕はそれを経験してしまった側らしくてね。おかしなことにも出くわした。
そのときの話、聞いてみないかい?
文房具が消え始めたのは、小学校5年生の秋を迎えてからだった。
僕の持っていた筆箱は、ファスナーで開封する、片手に乗せられるほどのガラスレザー。
なんでもひとつにまとめたい僕は、赤ペン、ボールペン、定規にホチキス、スティックのりと、よく使うものは全部その筆箱に突っ込んでいた。
そのわりに、キャップとかは使わない派だったから、これらの道具も長くもまれているうちに、芯をこすりつけられて黒ずんでいく。
当初こそ、僕にものを借りる人がいたけれど、その惨状を知ってか知らずか、次第に数を減らしていったよ。
――まあ、自分が使う分には気にしないし。防犯になってくれるなら、それに越したことはないか。
そう考えた矢先に、ものがなくなり始めたんだ。
最初は使い古して、短くなった鉛筆たち。普段はたまたま目につかない限り、筆箱の奥で寝かされているメンツだ。だから気がつくのが遅くなっちゃった。
授業終わりに、机の上に置いていた筆箱をうっかり落としちゃってさ。それで中身をぶちまけたとき、はじめて気づいたんだ。
机の近くから廊下。移動する教室のあたりまで調べるけれど見つからない。
知らない人が見たら、落とし物よりゴミに思えても仕方ない小兵だ。処分されても無理ないかと、そのときはあきらめていた。
それから頻繁に、筆箱の中身は確かめるようにしたけれど、被害はなくならなかった。
短いものからどんどん犯人の毒牙へかかっていき、ついに筆箱の中身を二分していた15センチ定規が姿を消してしまう。
こいつには、自分の名前を書いたシールを貼っている。それがどこの落とし物にもいかず、いきなり捨てられることなど、あるものか。
けれど、思い当たる場所を廻り、席の近くのクラスメートに尋ねても、かんばしい結果を得ることはできない。
放課後も校舎をめぐり、それでも手がかりを見つけられず肩を落とす僕は、ふと見上げた廊下の窓。その先の枝に吊り下がるものを目にして、「おや?」と思ったんだ。
すでに葉もほとんど落ちきってしまった樹の一本。
窓へ向かって突き出された枝の先に、ひもをかけて吊られているのは画板だったんだ。
粘土板としても使えそうな、横長の長方形。ベージュ色の背中を見せながら、ときおり風に揺られて、左右に軽くふらついていく。
なにより僕がおかしく思ったのは、ここが校舎の4階だということだ。
ここまで背が高い樹は、窓に面する裏庭にも数えるほどしか生えていない。そして幹からこの枝の先端まで数メートルはあるが、枝は人の指先ほどしかない、頼りないものだ。
木を登って誰かが仕掛けたとは、考えづらい。もしそうしたなら、画板を引っかける前にぽっきりと枝が逝くだろう。
かといって、いま僕が見ている窓側からも、3メートル近く間が空いている。手を伸ばして届かせるには、ちょっと遠い。
放り投げればいけるだろうけれど……そんなうまくできるだろうか?
先生に伝えて、回収をしてもらう。
背中側はそうでもなかったけれど、ひっくり返してみると、板の表面には様々な色が飛び散っている。
多くがポスターカラーと思しきものだけど、ひっかき傷のように、何度も色鉛筆でこすった痕もあった。
バインダー部分には、小さな紙切れが挟まっている。そのふちは、挟まれている側に比べるとギザギザしていて、明らかに誰かが破り去っていた。
紙そのものも、最近は見る機会が減ってきたわら半紙。授業で使われる画用紙とは材質が異なっている。外部の誰かがいじったものという線が、有力だった。
いまのところ、目立った害はない。今度同じことがあれば警戒を厳しくしようと、そのときは話がおさまった。
それから一か月ほどして。
僕たちの学年をあげての、写生会があった。学校周りには落ち葉狩りに向いた山がいくつかあって、そこで絵を描き上げるのが高学年の恒例行事だったんだよ。
絵はさほど得意ではないけれど、誰かと似たような景色を題材にするのは、どこかつまらない。
そう考えて、どんどん山の奥へ歩いていく僕は、ふと木の根っこに足を取られてしまう。
転びはしなかった。横たわる何枚ものもみじたちをクッションに踏みとどまったけれど、ふと左足へやけに湿った感触が。
左のスニーカーが脱げていたんだ。下に履いていたソックスの裏がしみ込んだ水、くっついた土に、黒くにじんでいる。
けんけんしながら、僕はあたりを見回る。葉がたまって作る、小さな山も蹴散らしたけれど、中からは何も出てこない。
そもそも、スニーカーがあたりを転がったような音は聞いていなかった。穴に落ち込んだのかもしれないけれど、まだそのようなものは見つけていない。
――いったい、どこへ?
うつむき気味に、なおも靴を求めてさまよう僕の頭に、やがてゴチンとぶつかってくるものがあった。
痛む箇所をさすりながら見上げた僕が見たのは、あのときのベージュ色の画板だ。
はっきり覚えていたわけじゃないけれど、ぶつかった勢いのまま、ときおりこちらへ見せる裏側は、文字通りに色々な汚れを浮かべている。
やはり枝へひもかけながら吊り下がっているも、僕の視線はすぐ、それと一緒にひっかけてある、自らのスニーカーへ引き付けられた。
履いていたときとは違い、片側のひもを思い切り伸ばされた不格好な姿。そのままひもを枝に巻かれ、足の裏側を天へ向けながらぶらついている。
あの画板の目と鼻の先に。ときどき、その身をぶつけながらね。
周囲に人の姿はない。「誰だか知らないけれど、勝手な真似をしてくれちゃって」と、スニーカーの戒めを解いたところで。
気づいたら、僕はクラスのみんなに囲まれていた。
厳密にはクラスのみんなは、僕の視界に入る限り、あちらこちらを見やりながら僕の名前を呼んでいる。そのうちの一人が、ようやく僕に気がついた、という体だ。
僕としたら、突然現れたみんなの姿は面食らうものだったけれど、みんなにとっての僕の姿はそれ以上だったらしい。
僕はこの数十分間、行方が知れなくなっていたそうなんだ。
僕が奥へ向かって、しばらくしても帰ってこないのを心配し、先生が様子を見に来たところ、どうしても見つからない。
やがてこのあたりに、僕のものだった筆記用具が落ちていて、クラス総動員で探してくれていた最中だったのだとか。
ただこの場所は目立つし、他の人も何度か探し、踏み入ったポイント。それがどうしてこのタイミングで出てこられたのか。どのように姿を隠していたのか。
集まり出したみんなの質問に、どう説明したものか迷っていると、不意に「コン」と僕のつむじを叩くものがある。
ひとつだけじゃない。周りの何人かの頭、肩、腕などにも、上から降ってきてはね落ちていく。
それらはあの、失くしていた文房具たちだった。ついにはあのとき探していた定規と、先ほど枝にぶら下がっていたスニーカーまで現れる。
戸惑う僕らの前へもうひとつだけ、姿を見せたものがある。
これまでのものと違い、ひらりひらりと波に揺られるような動きで降り立ったそれは、一枚のわら半紙。その上の一部分は、不自然に破られていた。
クレヨンのみで描かれたそれは、輪郭を決めることなく、それぞれの色をあてがったタッチだ。同じ色で塗る部分にムラあり、凹凸アリ。別の色の領分にさえはみ出しているのもしばしば。
それでも読み取れたのは、背景の黄や赤色の塗りが、明らかにここから見た山の景色であること。
それに挟まれる中央に描かれたのが、いまここに散らばる文房具たちと、不自然に宙へ浮いたスニーカー。そしてカメラ目線で手を伸ばしたままの、僕らしき少年の姿だったのさ。